128話:竜か蛇か
大地神の大陸で、俺は結局エリアボスたちの熱視線にさらされていた。
俺の言い訳の何が悪かったらこうなるんだ?
チェルヴァはほっそりとした背をしならせるように俺を下から見上げる。
「エルフをどうなさるおつもりでしょう? わたくし小神といえど、エルフを統べる者。お命じいただければ必ずや我が神のお役に立ちますわ」
どうするつもりもないんだけどな。
こっちのエルフとおなじかどうかっていうちょっとした好奇心だし。
いや、いっそその程度の興味なんだから、チェルヴァに先に行ってもらって後から合流もいいか?
「うむ、そうだな。エルフのほうはチェルヴァに任せてもいいかもしれない」
すごい熱心に言うから、特に何をしてもらうとも決めずに応じる。
するとスタファが胸を押し上げるように脇を閉めて俺に身を近づけた。
「巨人であるならば私が全て捻り潰してごらんに…………!」
「待て待て!」
そういう激しいの困るんだよ!
プレイヤー老人だけどいるらしいのに、目立って討伐とかになったら困るだろ。
他に元気で若いプレイヤーが参入するかもしれないし。
「巨人は確認程度でいいのだ。それに向こうに気づかれてもいけない」
公国の時みたいに山ふき飛ばしてプレイヤーに自然破壊とか言われても困るんだ。
それにヴェノスは帝国にいて、チェルヴァまで外れるとなると王国の彭娘押しつける先がなくなってしまう。
「スタファは王国に専心せよ。せっかく手を入れたのだから見届けるように。彭娘一人では手に余ろう。場合によってはスタファ自身が出てもいい」
「は、はい。そのとおりでございますね。私が、王国に…………えぇ、神の名代たる司祭、このスタファにお任せください」
スタファは豊かな胸を押さえて高らかに請け負ってくれた。
「神よ、エルフを女神に任せるのならば、ドワーフは小さな将軍に任せられますか?」
ネフが布の向こうでなんか笑って聞いてくる。
「いや、そこは帝国でのレジスタンスの様子を見なければなんとも言えん。それに本人の意思も確認しないとな」
っていうかさっきからなんだ、このやる気?
情報収集に自ら出たいのか?
あ、もしかしてここで暇してたとかか?
ゲームだった十年、思えば大地神の大陸のNPCはずっと待機状態だったんだ。
本人たちの意識としては長い間封印されていたという解釈らしいが、その間もずっと俺の復活を目指して活動していたと記憶している。
それを今もなおこの土地に縛り付け続けるのは、少し申し訳ない。
「ふむ、ネフは興味のある国はあるのか?」
「某が? そうですね…………希望と信仰の絶えた共和国など」
「あそこか?」
いいところじゃないとわかってる口調だが、もしかして宣教師として苦境に臨むのか?
昔の宣教師ってそう言えば帰れない可能性のある旅に出る職だ。
そしてその先の国で神の威光を広めるという独善的だが献身的な布教活動を行う。
俺はネフを見た。
「布教できると思っているのか?」
「神が望まれるなら」
俺はどうでもいいけどやる気ならまぁ、いいか。
「ではそのように。ふむ、そろそろ帝国のほうへ戻ろう。彭娘には焦ったり、無理をしたりしないように言っておくといい」
すごい文章の圧だったし、なんかやらかしそうだ。
こういっておけば誰か彭娘を冷静にさせておいてくれないかな。
「神よ、海上砦周辺に人間がおりますがあれはどのように?」
「あぁ、それはイブに任せてある。大丈夫だ」
俺はこれ以上突っ込まれる恐れから、スタファに答えつつすぐさま転移を行った。
暗転の後に風景が変わる。
周囲を確かめれば、そこは壁紙の張られた宿の一室だった。
「うん? グランディオン?」
いるはずの赤ずきんがいない。
室外に出ると激しい声が聞こえる。
どうやら一階でカトルが騒いでいるようだ。
「どうした?」
「あ、トーマスさん! 調合に集中してはる言うてもも少しはよ出てきてほしかったわ」
何故かいきなり俺が文句を言われた。
調合って、俺がいないことの言い訳か?
生産系ジョブないし、調合とかできないんだけどな。
そしてグランディオンの困り顔はいいとして、ヴェノスまで困った様子はどうした?
「何があった、ヴェノス?」
「それが、そちらの窓から見えるでしょうか?」
ヴェノスが指す窓は開いていて、通りが見える。
そして通りの向こうの建物の陰にこちらを窺う人影があった。
ただ人影に毛髪はなく、全体的に滑らかな肌は鮮やかな色がついており人間ではない。
手には鉤爪、足元には足より長い尻尾。
二足で立つ姿は蜥蜴に似ていたが、俺はそれらが蜥蜴と呼ばれないことを知っていた。
「あれは、スネー…………うん?」
「しぃぃぃいいい!? トーマスさん、あんたもですか!?」
カトルに怒られた。
けれど窓から見えるのはスネークマンで、ゲームにもいたエネミーでありNPCである種族だ。
「あれは竜人です。竜の島に住むお人らで、竜人って言うんです。スネークマンだとか蛇人間だとか言うととんだ悪口にしかならしませんよ?」
カトルが力説し、周囲の商人の部下たちも頷いてる。
「違う者なのか?」
俺はヴェノスに確認を取るが答えに迷うようだ。
「いえ、同じだとは思うのですが、どうやらこちらでは種族をそのまま呼ぶと侮辱に当たるそうで?」
ヴェノスもわからないようで語尾が怪しい。
「カトルどの、我々の住む場所には外見的特徴の同じスネークマンという種族が住んでいる。スネークマンたちはそう呼んでも侮辱とは取らず怒ることもない」
「いやいやいや、あきませんて。そう呼んで竜人に大層な怨み買った貴族が族滅されてますから。大陸の西側に人間居ない理由の一つとも言われてる恐ろしい人たちなんですよ」
あの外見から別種とは思えないし、しかも怨み深いのはスネークマンや上位互換のリザードマンにもある性質だ。
それを考えるとカトルの慌てようはもしや?
「ヴェノス、竜人にスネークマンと呼びかけたのか?」
「はい。途端に威嚇音を発して誇りを傷つけられたと騒ぎ、暴力行為に及んだので撃退いたしました」
それで宿の外に見張りがつけられたのか。
これでは連れのカトルにまで害が及びかねないな。
「それはいただけない。ヴェノス、争うだけが解決ではないのだ。ふぅ、お前ならわかっていると思っていたが」
「も、申し訳ありません」
しょげるヴェノスに、俺は状況の悪さを上げる。
「同じ種族であれば怨み深さはわかっているだろう? カトルどの、ヴェノスと一緒にいるのを見られたのは誰でしょう? その方々は警戒を。怨みを持つ相手は直接害した者に限られますが、あのように見張りを置いているとなると」
「えぇ、仕返し考えてるでしょうね。逆にヴェノスさんから離れるほうが危ないですわ」
狙われてるのはヴェノスだが、対処できるのもヴェノスだけだ。
「ヴェノス、お前は謹慎扱いでカトルどのの許しなく移動するな。そしてスネー、竜人の害から守るように」
「承りました」
落ち込むヴェノスは軽率だったことを悔いているのか反論もない。
そして俺もきっと目の前にしたら同じこと言って怒らせていただろう。
これ以上、ヴェノスを責めるのも違うか。
どう見てもあいつらはスネークマンだ。
なんで竜人なんて名乗ってるのかは知らないが。
「カトルどの、ご迷惑をおかけします。甘えて申し訳ないですが、他種族についての禁止事項などあればヴェノスに教えておいていただけると助かります」
「もちろんですよ。いや、悪気がないのはわかってたんですがね」
しょげるヴェノスにカトルも矛を収める。
「こっちもわからんのですが、そちらにいらはるんは竜人、ドラゴニュートとは別の種族なんですかね?」
カトルの問いにヴェノスが答えた。
「いや、同じだとは思うのです。特徴がまるきり同じで、実は王国で竜人と聞いて我々もスネークマンではないのかと疑っていました」
「ふぅむ、それやったらあれはどうなんですか? 竜人は独自の宗教持ってて、宙の蛇だとか大いなる祖神と言うのを奉ってるんですけど」
「同じだな。天から降りた祖神が生み出したのがスネークマンやリザードマンだと。ただ言ったとおり、ヴェノスの族は祖神崇拝を異端として襲われたので、今は別の神も共に奉っているが」
俺の言葉にヴェノスが頷くのはそういう設定をしたのが生きてるからだろう。
リザードマンの祖神は宙の蛇ではないが、宙の蛇から生まれたリザードマンの祖神だ。
「なんや、ヴェノスさんらリザードマンは同祖ですのん? どうりで似てるわけや」
カトルは今の話で竜人とスネークマンが同種と確信したらしい。
元からリザードマンを名乗るヴェノスたちを竜人だと思っていたくらいだ。
竜人を名乗る者たちをドラゴンよりも蛇や蜥蜴似だと何処かで思っていたのかもしれない。
「えっと、あの外のひとたちは、系統が違うんですか?」
グランディオンはカトルが落ち着いたとみてそう聞いて来た。
「系統? グランちゃんがいうんは?」
「同じスネークマンでも、発生した故地が違う個体、部族がいるんです。太祖は宙の蛇と呼ばれる方ですが、そこから月の使徒、大髭、地蛇、岩窟の蛇身女など祖神がおり、中には夢間の蛇から発生した肉体を持たない種も」
「う、うぅん、い、色々いらはるんですね?」
カトルが長くなりそうな話に言葉を挟み、俺もヴェノスを制して簡潔に伝える。
「大まかに二種族。スネークマン同士で争うことを厭わない好戦的な種と、研究家肌で知性を重んじる種ですよ」
簡単に言えばゲーム上での配置の違いで、エネミーとNPCのことだ。
もちろん条件が満ちればNPCも襲ってくるのがスネークマンという設定だった。
どっちにしても執念深いし、イベントやダンジョン限定での亜種が設定されてるが、もちろんそいつらも執念深い。
(敵認定されたならさっさと駆除するのが一番か?)
どうせ俺たちは目立つ格好だし。
だったら釣り出して殲滅するのが早いのではないだろうか。
そのためにはまずはカトルたちから離さないといけない。
「…………グランディオン、少し私と散歩をしよう」
「は、はい!」
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