127話:フォーラ
他視点
「まったく『水魚』さまさまよぉ」
潜んだ山中で私は口元をだらしないほどにやけさせて呟く。
遠巻きにしてる探索者たちは聞こえてるのに何も言わないのは、必要以上に関わる気がないって意思表示かしら。
ま、それでも私が『水魚』の代わりに国の第三王子から依頼を受けてこそのお仕事、旨味のある話。
銀級でくすぶってるこいつらとは何度か依頼を一緒にしたからだいたいのやり口はわかってる。
そしてこいつらは自分の代わりになる何も知らない探索者たちを連れて来てた。
お蔭で私も楽で安全に依頼をこなせる。
だからこうして声をかけてやったんだ。
「失礼、『酒の洪水』の方」
声をかけて来る探索者は、肩から布をかけた聖職者風の恰好をしている。
人の顔を覚えるのは得意だけど、こいつは今回の切り捨て候補の初心者。
道のない山の中、足を滑らせながら近づいてくる姿は初々しいほど笑える。
「フォーラでいいわよぉ。一緒に大発見をしようって仲じゃなぁい」
私が笑いかけると聖職者風の奴は曖昧に笑う。
これは私の風評を知ってるわね。
そして銀級の中には蔑むように笑う奴ら、あいつも切り捨て候補にポイ。
足を引っ張る男って大嫌い。
『酒の洪水』の前のリーダーを思い出すんだもの。
同じ理由で他人にうるさく言う女もだぁい嫌いだけど。
「どうしたの? あっちから来たってことはぁ見張りのはずでしょう? 仕事を放棄するようなことすると、後で後悔するわよぉ?」
「いえ、気になったことがあって、仲間に言ったら判断つかないし報告するべきじゃないかと」
初心者の浅知恵でしょうけれど、この初心者は探索者でも珍しい神官系。
聞いてもいいかな。
「名前はぁ? 神官系のジョブはなぁに?」
「センと言います。村で教会の手伝いをしてて、それで、そのまだ、ジョブは…………」
恥ずかしげに言葉を濁す。
見かけだけでジョブとしては初級かぁ。
それでも神官系は珍しいからいいけど。
この先神官系は相応の修行が必要で探索者になっても頭打ちなんだし。
だから銀級の悪い先輩に目をつけられたんでしょうね。
上手く生き延びるだけの勘があるなら、後で頭打ちのこと教えてあげてもいいかなぁ?
なんにしてもこの依頼の後ね、あと。
「それで何か動きでもあった? あの岩塊の街の住人でも見つけてくれれば御の字ぃ」
「それは、相変わらず誰もいないので、申し訳ないです」
地元の狩人が見つけた街をいただく岩塊。
胸壁で覆われた階段一つが出入り口で、霧の合間に見えた情報を繋ぎ合わせた全体像は砦の街のような建造物。
そこが推定ダンジョンだ。
「誰かあの街の意匠知ってたりはぁ?」
「さぁ? 見たこともない街並みですし、一番上の城のような建物も、神聖連邦の聖堂に似てる気もしますが」
「あら? 神聖連邦に行ったことあるの?」
「あ、いえ。実は、教会の方が写生が趣味で、昔描いたというものを色々見てて」
ご高尚な趣味だこと。
けど一番上の大きな建物が主要部なのは確かだし。
そこが砦の居館かと思ったけど教会建築?
言われてみれば高さの割に窓の数は少なかったし、そうなると住むための場所じゃない可能性もある。
「それで、何が気になったのぉ? 聞かせてぇ」
「その、あの街に住むのは、アンデットなのではないかと思って」
「へぇ?」
間延びした馬鹿馬鹿しい喋り方から素に戻ると、目の前のセンは驚いた顔をしたけど気にしない。
「根拠は?」
「あ、は、はい。神官初級の技でアンデットを見分けるものがあって、それを覚えるとなんとなく気配を感じることができるんです」
「そう。神官はレイスが姿を消してても居場所がわかるって聞くわね」
「はい、そうです。上級になると悪魔や害ある人外もわかるようになるとか」
「へぇ、こんな所で神聖連邦にレイス一匹いない理由がわかるなんてね」
面白いしこれは有用な情報だ。
「確定事項にできる要素は何?」
「それが、遠くて僕の力だと範囲外です。けど、これだけ住人の出入りがないとなると生者でない可能性が高いんじゃないでしょうか」
「アンデットを見分ける方法を上げて」
「建物に聖水を撒いて反応を見たり、土でもいいですし、聖句を書いた紙を持ち込めば燃え上がったりします。あとは夜に屍霊の放つ青炎が確認できれば」
夜にアンデットの姿を見る以外は敵に察知される方法しかないか。
捨て駒でこのセンと仲間を送り込んで反応を見るでもいいけれど、それをするにはセンの知識はアンデット相手となれば先々にも使えそうよね。
今は物理的な攻撃力を重視してる装備で、相手がアンデットなら効かない可能性がある。
レイスなんて剣で切れないし最悪だ。
「悪魔対策も必要かしら?」
「そうですね、レイスは魔法で対処できますが、悪魔になると途端に魔法が効かないのがいると聞いたことがあります」
「なぁに~? 物知りじゃなぁい。教会にいた人どれだけ凄腕だったのぉ?」
「その、神聖連邦にまで行けた方なんですけど、怪我で片足を失くして故郷に戻ってらして。すごく博識で僕みたいなただの手伝いにも色々教えてくださって」
センは沈痛な様子で目を下に向けるけれど、同時に誇らしげな様子が言葉から滲んでる。
あぁ、この顔を潰したい。
誇らしげに恩師の知恵を生かした後、人間の悪意でずたずたにしたい。
けどだめだめ。今はまだ。
仕事中はちゃんとしないと。
「一度仕切り直しが必要ねぇ。王子さまにお願いしてアンデットや悪魔への対策しないとぉ。ねぇ?」
私の声で座り込んでいた銀級たちが動く。
私が何か言う前に、一人が見張りを呼ぶため離れた。
そうして役に立つことをしないと私に切り捨て要員にされるからだ。
切り捨てられて文句を言うようなら旨い話もめぐってこない。
特に今回は五十年前に途絶えた新ダンジョン。
これを逃すと次はないし、この幸運を掴めば金級昇格もあり得る。
『水魚』が瓦解した今、新たな実力者が求められている。
そのためにダンジョン発見と踏破はいい実績よね。
「あ、僕も仲間の所に」
「あぁん、もう少しお話しましょ。教会建築に似てるっていうあのダンジョン、なんだと思う?」
「何、とは?」
「あ、初心者だからわからないかぁ。ダンジョンにはデザインの方向性があってね。この国での有名どころだとノーライフファクトリー。あそこは工場でひたすら同じ規格の魔物が同じ感覚で延々出てくるの。小王国のほうにあるビーストホールってダンジョンは知ってる?」
「確か、猛獣を合成したような魔物ばかりが出るとか」
センはやっぱり良く知ってる。
言葉遣いも丁寧で知性を感じるし、教会の手伝いから探索者になっただけとは思えない。
もしかしたら帝国か共和国から逃れたお金持ちの没落した子息かしら。
王都で性欲持て余してる金持ちのおばさん辺りに売り渡してもいいかもしれない。
「そうそう、ノーライフファクトリーは命ないものの工場って意味で、ビーストホールは猛獣の奈落だとかいう意味らしいの。そういう風に決まってるのよ、ダンジョンって」
「つまり、外観から傾向を推察できるかもしれない?」
「せぇかーい」
思えばこれを私に教えたのはかつていた『酒の洪水』のメンバー。
あいつらはダンジョン巡りが主目的で、問題を起こしては別のダンジョンへ、別の国へと流れていた。
その分実績が積もりに積もって金級にまでなったけど、人のいうことなんか聞かないし、自分が助かるためには手段を選ばない奴ら。
何度私が危険だと言っても聞く耳持たないし、危険な敵を私に押しつけて逃げて行った。
だから最期は私が見捨てた。
危険を告げず、敵の前に立たず、それで終わり。あっけない。
それから『酒の洪水』は私だけのパーティになった。
「街型のダンジョンも、アンデットだけが出てくるダンジョンも聞いたことがあります」
「ルービクとか、テラーハウスとか?」
「はい。そういう要素が重複することってあるんでしょうか?」
「うーん、ないわね。ノーライフは他にあるって聞いたことあるけどぉ、やっぱり出て来る魔物違うらしいし、工場ではないそうよ」
吸血鬼の国にノーライフとつくダンジョンがあるらしいけど、何故か吸血鬼たちはそこを根城にしているとか。
ダンジョンなんかで暮らせるなんて思えなかったけど、この街を見るとねぇ。
王国の街より立派だし、魔物がいなければ、あ、そうか。
もしかしたら枯れたダンジョンに吸血鬼は住んでるのかもしれない。
「城か、砦か、聖堂か」
「なぁに? 何か気づいた?」
「いえ、あの一番上が何かで傾向は違うのではないかと。アンデットがいるとして、一番最奥にいる強者は何かなと」
「そうねぇ、城ならアンデットの王さま? 砦は悪魔の砦で将軍がいたら嫌ね。あとは聖堂? けど神聖連邦の神さまじゃないでしょうし、ダンジョンの神さまでもいるのかしらねぇ?」
私の冗談に聖職者のはしくれのセンは顔を顰める。
けれどダンジョンの最奥にはボスと呼ばれる強敵がいるのが定石だ。
今までそれがいなかったノーライフファクトリーが異質だったし、そういうものだと思い込んでいたら、まさか地下にいたなんて。
いい魔石拾いのダンジョンが、途端に金級探索者さえ殺す凶悪ダンジョン扱いだ。
「神は、救世教の神だけです。他は偽神か悪魔でしかありませんよ」
「やだぁ、怒っちゃった? たとえよ、たとえ。でも」
悪戯心がうずくわぁ。
「本当に神さまがいたとしたら、どうやって倒すのかしらぁ? 倒し方って、神聖連邦で教えてもらえたりするのぉ?」
センは私の不信心な言葉に俯く。
その傷ついたような様子に胸が透いた。
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