13話:現地人宗教勧誘
正直、ドン引きの光景だった。
明らかな犯罪現場で、男の急所に重傷を負った死体が二つ。
さらに足を刺され、無理に抜こうと動くうちに失血死した死体が一つ。
一番凄惨なのが、霧で見えないほど離れた場所で斃れている少女だ。
ほとんどの衣服を剥ぎ取られ、体中に暴行の痕を示す真新しい痣が浮かんでいた。
俯せに倒れて傷は見えないが、引き摺った内臓が血の跡を描いている。
外科的手術を行っても助からないと思えるどころか、微かに息があるのさえ不思議なほどの重傷だった。
「いや、どうせならゼーンストーンを使って、どの程度回復するかを見る。これも何かの縁だ。その死を使ってやろう。無駄にするのはもったいない」
そう考え言葉にした自分にも、正直引いた。
(人間が、死んでいるんだぞ? なのにその死因をじっくり観察できるほどに冷静で、死体を目にしても、性的暴行の痕跡を見ても何も感じないなんて)
いや、頭では痛ましい事件だという認識はある。けれど感情が、動かない。
まるで全く別の生き物になった気分だ。
これはグランドレイスという全く別の種族になってしまった影響だろうか?
(そうなると、俺はいったいいつまで俺でいられる? 俺を維持するにはどうすればいい?)
こうなると、正体がばれた場合には逃げようと思ったがそれはなしだ。
あの大陸、そしてゲームであったという実感は、俺にとっての人間性の象徴とも言える。
俺はあそこを離れるわけにはいかない。自分が自分であるために。
「…………死んだか」
内心グルグル考えながらも、やはり凄惨な死にざまを晒す少女に思うところはない。
俺の言葉に応じて、スタファがゼーンストーンと呼ばれる蘇生アイテムを取り出した。
ゲームなのだからHP回復アイテムもあれば、即時復活アイテムも設定されている。
このゼーンストーンは蘇生とHP総量の一割回復という効果を持つ。
ゲーム設定がどれだけ生きているかわからない中、NPCに使うのは憚られた。
(同時にこの一割回復がどこまで適用かっていう問題もあるしな)
肉体損傷が本当に回復するのか、全く信用ならない。
だが今はその実験にはちょうどいい素体が目の前に転がってる。
「さて、まずはこれが効くかどうかだが」
俺はスタファからゼーンストーンを受け取る。
どう使うべきかはなんとなくわかり、そのまま少女の上に落とした。
ゼーンストーンはゲームエフェクトと同じ光を発して消え、光は少女を包む。
光で少女の姿が不明瞭になった次の瞬間、少女は大きな音を立てて呼吸を取り戻した。
気づけば腹の下からはみ出ていた赤い内臓が消えている。
「…………はぁ、ひゅ! ぜぇ、はぁ、かひゅ、はぁ…………は、わ、たし?」
呼吸を繰り返して、少女は震える体に必死で力を入れて起き上がる。
まだ痣は残っているがたぶんいくつか痣も消えている気がした。
そして起き上がって見えた腹には大きな傷跡だけがある。
「ふむ、一割ではこうなるか。致命傷を塞いだと言ったところだな。よし、次はモノポーションだ」
「神の御手を煩わせるまでもございません。私が」
スタファは茫然とする少女の頭からモノポーションをぶっかけた。
(おいおい…………)
笑顔のスタファを茫然と見上げる少女は、腫れ上がった顔がポーションを浴びて治る。
治る端からポーションは光になって消え、顔から下にポーションは届かなかった。
「なるほど違いますね。使って全体に効くのではなく触れた場所のみとは。これはもう一度モノポーションで様子を見る必要がありそうですね」
「では、今度は体全体にかけてみましょう」
ネフに答えたスタファは、容赦なく体の前面にびしゃっとかける。
少女が状況を飲み込めずに無抵抗だからいいものの、デフォルト顔の笑顔で、顔のいい男女が好き勝手にしている。
とんでもない状況だ。
これは当たりの柔らかいヴェノスのほうがまだましだったかもしれない。
「治る箇所と治りきらない箇所があるわね」
「おや、塞がった腹の傷跡が薄くなったような」
よく考えたら傲慢な態度の美男美女。
その前で座り込むぼろを着た裸同然の少女。
そして適当に布被って体できるだけ縮めたけど二メートルくらいの俺。
(なんだこの状況…………)
冷静になると早まった感がすごい。
「…………たす、けて、くれるんですか?」
少女が、震え引き攣る声で聞いた。
これは僥倖だ。言葉がわかる。
そして少女も自力で状況を飲み込んだようだ。
「神、さま…………本当に?」
あー、しまった。
こっちがわかるなら少女もわかるんだ。
そして俺が神と呼ばれてることも死にかけながら聞いていたらしい。
(どうしよう、宗教と政治と野球の話は家庭外に持ち込んじゃいけないって聞いた覚えがあるな)
NPCなら設定という前提条件があるから俺みたいな一般人を神と錯誤してくれてるけど、なんの先入観もないこの少女だと騙されてはくれないだろう。
「あぁ、ぁ、あ、ありがとうございます…………! 神は、神はいた!」
打ち震える少女は指を組んで俺を見上げる。
その目に浮かぶ熱が危うく揺れていた。
(これはもしかしてハイになってないか? え、そんな効果あったか?)
俺が少女の状態を観察しようとすると、スタファが一歩前に出る。
「感謝が足りなくてよ、人間。神に選ばれた者として全くなっていないわ」
「ふぁ!?」
スタファに驚いている間にネフも大袈裟な動きで首を横に振った。
「やれやれ、この辺りの人間は神を讃える言葉も知らないようですね」
「も、申し訳ありません。浅学なもので…………で、ですが」
「やめろ」
頬を上気させて何か言おうとする少女を止める。
(絶対これヤバい流れだ。っていうかなんでいきなり文化もわからない現地人に? 神とかいきなりいうことじゃないし、変に警戒されても困るだろ! あ、いや。そう言えばこいつら宗教関係のジョブだった)
もしかして何か言い訳をして止めないとまたやるか?
「スタファ、ネフ」
「「は」」
「早計にすぎる。信仰は強制するものではない。何も理解せぬ者の祈りなど耳障りな雑音と変わらないではないか。確かに選びはしたが救いを垂れるつもりもない試行につき合わせたに過ぎない。私の威に触れ高揚しているだけの人間に求めすぎるな。だから、その…………わかるな?」
俺は最後の言葉をなんとなく力強く言って聞かせる。
(そ、それっぽいこと言ったけど、まとまらねぇ! なんだわかるなって!? わかるか!)
そう自分でつっ込んだ時、スタファとネフが背筋を伸ばした。
「申し訳ございません! 身も心も捧げるほどの信心もない者など、大神には不快な虫も同じであるというのに!」
「これは確かに拙速でしたね。神の威に触れ、神の意を理解し、神の位を仰ぐ。ただ捧げるだけの生贄はもはや必要なくなったことを失念しておりました」
心から後悔するらしい二人を前に、俺はちょっと思考が追いつかない。
(…………なんて? え? うん、よし…………聞き流そう。適当にそれっぽく頷くふりだけしよう)
そして第一村人に話を聞こう。
「少女よ、名は?」
「…………は、はい! トレ、いえ、ファナと。ファナ・シルヴァと申します。神よ」
思わず俺はまた思考を放棄しかける。
(ほらもう! 神よとか真似し始めた!)
いや、そこじゃない。今大切なのはそこじゃないんだ。
「では、ファナ。まずはそうだな、この状況で他の者が現われるかを答えよ」
正直凄惨な事件現場、というかこのファナの身元もわからないんだよな。
確かに同じ服で何かしらの組織だった人間たちっぽいけど。
「いいえ、巡回のために出たので、今少し騒ぎになるには時間がかかるかと。ですが風で血の臭いを嗅ぎつけられれば異変を察する者もいるでしょう」
「風か…………グランディオン、風上と臭いの届く範囲を警戒せよ。ファナ、巡回と言ったな? お前たちが何を行う者であるかを聞こう」
潜んでるグランディオンに指示をした。
嗅覚の鋭い狼男の能力なら、人間より広い範囲で警戒できるはずだ。
そしてファナが今に至る身の上話を聞いた。
(男装して兵になり、女とばれてこれか)
どうやら文明レベルは低いようだ。
『封印大陸』もファンタジーで科学文明ほど高くはない。
それでも国境の見張りが剣一本で徒党を組むだけなら低いと見ていいだろう。
「神よ! 私は神の名も知りませんし、あなたを讃える祈りの言葉も知りません。けれど、復讐のために生きなければいけなかった私を救ってくださった。その御業の偉大さは疑いようもなく、あなたをおいて神と呼ぶべき存在を私は知りません!」
ファナが突然息つく暇もなくまくしたてる。
(そう言えば、襲われて返り討ちにしてるって、考えてみたらこの子、怖…………)
両親、故郷を失くしてやることが、泣いて打ちひしがれるじゃない辺り相当のメンタル鋼ではないだろうか。
「あの、その、それで、何を言いたいかと言いますと…………こ、心より感謝を申し上げます! 私のこの命、復讐に捧げてはいますが、復讐を果たしてなお命があったならば神の思し召すままお使いください!」
「「よい心がけです」」
おえぇぇええ!? なんか生贄志願者になった!
なんでこんなことでこれだけ怪しい宗教勧誘成功するんだよ!
異世界って怖いな!
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