126話:まだ早い
結論、ネフの防御極振りは巨人も止める。
(そう言えばドラゴン相手には吹き飛んでいたが、あれはダメージ無効のスキル使ってなかったからか)
今は最初から一定時間ダメージ無効のスキルを使っているため、ダメージ値はゼロ。
そうなるとダメージを受けた際の動作もないのがゲームの仕様だった。
少しでもダメージがあればその分のペナルティで動作に秒に満たない操作の遅延が生まれるのはプレイヤー、エネミー共通の仕様。
それが現実になると、巨人のスタファの足を押さえるだけで、ピクリとも動かなくなる。
(まるで破壊不能のオブジェクトにぶつかったみたいに、スタファがその場で足踏みをしてるな)
ゲームの仕様が現実になったはずなのに、こいつに体格差とか物理法則は問題にならないらしい。
そして俺が許可したという理由でチェルヴァも一緒に抑え込んで動かない。
ネフ自身に攻撃力もないので、ちょっとやそっと乱暴なことをしても攻撃が通らないのもこのオブジェクトのような不動現象になるようだ。
「ご満足いただけましたか、神よ」
「うむ、まぁ、こう作ったのはこちらだしな。確かに耐久と防御とやりにくい形にしたしな」
「はい。神のお蔭でこのとおり無傷でございます」
そんな会話をしてるネフには恨みがましい視線が突き刺さってる。
「神のご指示に従ったのみなので、ご自身方の弁えのない振る舞いを怨むべきかと」
蝶ネクタイのスライムハウンドにまで窘められてるのは、スライムハウンドの上司と女神だ。
「では神よ、弁えのない方々には待つという慎みを覚えていただくためにも、まずは某との話の続きを」
ネフが意気揚々とそんな提案をしてきた。
ちなみに周辺では羊獣人たちが農具を放り出して逃げている。
「いや、お前は羊獣人たちを集め直して作業へ戻るように。嫌そうだな。まぁ、耕作期間と収穫見込みくらいは聞こうか」
一応確認をすると、スタファとチェルヴァが地面に座らされた状態でヒソヒソし始める。
「あのレジスタンスの口を凌ぐための農耕を神が気に掛けるの?」
「レジスタンスを作ることが我が神のお考えなのですから、おかしくはないでしょう?」
「つまりは深淵なる目的がレジスタンス組織にあるのね」
「えぇ、きっとありましてよ。問題はそれをわたくしたちが把握できていないこと」
「戦争には兵糧が重要ではあるけれど。それだけ大掛かりに戦線を拡大するの?」
「いえ、帝国と王国の戦争も同時に進めていらっしゃるもの。賄えはしませんわ」
「そうなるとレジスタンスだけと拘泥する必要はないのでしょう。もしかしたら内地を荒らすことで帝国の力を削ぐお考えがあるのかも」
「えぇ、きっとそうですわね。一つの手でいくつもの意味を持たせる行いは見て来たことじゃない。王宮から離れたところで王宮の内部に一刺しをしたあれは本当に素晴らしい手腕でしたわ」
なんか言ってるぅ。
そっちが気になって俺はネフの声を聞き流してしまった。
「…………まだ増やしますか? 今の倍くらいなら他の街の者を動員すれば可能ですよ」
「うん? あぁ、そうだな。言ったとおり不要になってもさばけばいい。できる限りを生産せよ」
俺は適当に答えて、スタファとチェルヴァが言っていた、王宮の内部に一刺しという言葉の意味を考える。
(王宮と言えば王国か? そう言えば彭娘が、あ、手紙読むの忘れてた)
わざわざスライムハウンドに託された彭娘からの手紙は手に持ったまま。
俺の視線に気づいたスライムハウンドが、そっと寄って来て進言した。
「宣教師どのへの指示がお済みでしたら、彭娘の言葉をご覧になられてはいかがでしょう? 神のご活躍により今後の動きが変わると言っておりました」
うぅん!? え、俺何かしたか?
スライムハウンドの言葉にスタファとチェルヴァが話しかける機会を逃してショック顔してるが、今は後でいい。
ここにもしかしたら、王宮がどうのという答えがあるかもしれないのだ。
そう思って俺は手紙を開いた。
(おっふ…………文章に…………圧力がある…………)
読んで後悔した。
並んでいるのは美辞麗句としか言えない羅列で、文字の勢いだとか言葉の選びだとかに猛烈な圧を感じるし、なんか読むだけで息苦しい。
大まかにわかるのは、どうやら俺がダンジョン攻略で『水魚』と一緒にいたのが何か役に立ったらしいということだけ。
そして文字の勢いによって息つく暇もない気分にさせられること。
俺は無音の圧にそっと手紙を閉じた。
「…………何故、これは濡れた跡があるんだ?」
全く別の気になったことを言ってみた。
手紙の端に水が落ちたような跡があったのだ。
俺の疑問に普段の淑女らしい態度を取り戻したスタファが答える。
「神の素晴らしさに感涙したのではございませんか?」
「わたくしどもにも涙を振るって報告に参りましたものね」
チェルヴァも当たり前に応じるが、いや、なんでだよ。
…………うん、手紙にしてもらって良かったかもしれない。
そんな状態でこの言葉をマシンガントークされるかと思えば、文章のほうが幾分ましだろう。
「手紙も、悪くないな」
俺の言葉にスタファとチェルヴァが目を見開いた。
気になって見てもすぐに二人は美女らしく優雅に微笑む。
俺に眼球はないから視界広いんだけどな。
「おほん、それでは聞こうか。端的に、必要事項のみを告げるように」
ちょっと今は美辞麗句はお腹いっぱいだ。
するとスタファもチェルヴァも考え込む。
そして意を決してスタファが挙手したので、俺は頷いて応じた。
「王国の機は熟したと考えますがいかがでしょう?」
いや、端的にとは言ったけど抽象的過ぎるだろ。
「王国は、任せたはずだが? 不都合が生じているか?」
「いえ、そのようなことは」
スタファが言葉を迷うと、今度はチェルヴァが挙手をするので許可する。
「今回神が動かれたことで大幅に王国での準備が進みました。故に神はわたくしどもの進捗のなさに呆れられたのではないかと愚考いたします」
チェルヴァは不安げに俯くと、ネフが挙手もせずに話に入って来た。
「確かにあの機を見るに敏なる行動は大神であられる故。我らの誰に任せてもあそこまでの成果は望めますまい」
「いや、そうでもない。できるさ、誰にでも、お前たちならばできることだ」
ただダンジョン行っただけだし、裏面行ってもエリアボスなら大丈夫だろ?
なんならブレインイーターの彭娘でも楽なレベル帯のはずだ。
けれどエリアボスたちは戸惑いの視線を交わし合う。
そして深刻な顔で囁き合い出した。
「機を、そうね。機を捉えられさえすれば難しくないことではあったわ」
「けれどわたくしたちはその機を捉え損ねたではないの」
「ですが得ていた情報は大差ない中で大神は捉えられたのですから」
何故かネフまで加わって、暗い雰囲気になってしまう。
これはまずい流れな気がする。俺を過大に見ている気がするなぁ?
「お、おほん、焦るな。たまたまだ、たまたま…………」
何故か言った途端、スタファたちは項垂れた。
いや、ネフはいっそ全てを諦めような笑みを浮かべている。
「どうした?」
「神よ、恐れながら」
そこにスライムハウンドが進み出た。
「多いなる方の視点とは違うのです。一を見て十を知ることはできるでしょう。しかし一を見て千を知るあなたさまとの差をこうもまざまざと見せつけられては方々も不憫というもの」
「いやいや、待て。そんな大げさなことではない。ない、はずだ」
まずくないかこれ?
勘違い止めないとうなぎ上りどころか昇龍並みに突き抜けそうで怖い。
「誰しも向き不向きはある。私とてできることとできないことはある」
「そのような。大神であらせられるあなたさまに不可能などありはしません」
なんで否定するんだよ、ネフ!?
「ある。神とはいえ、私にも上はいる。知っているだろう?」
確かそういう設定のはずだ。
大地神は混沌の神から生まれた。そしてその混沌の神は破壊と誕生の神だ。
動くだけで破壊を齎し、そして新たに誕生を促す。
だから大地神とその兄弟に当たる神々は混沌の神を眠らせて世界の破壊を防いだ。
「私に完全なる壊滅はできない。私に完全なる新生はできない」
「なるほど。神の権能という制約ですね。それは神の目で見れば不可能の範囲でしょう。けれど地に住まう我らからすれば手の届かぬ太陽に触れるような話。やはり私たちには…………」
なんでかスタファがさらに落ち込む。
「神の話ではない。今回のことはお前たちでもできた。私は特別なことはしていない。できなかったのは事実だ。だが、今後もできないわけではない」
「王国での鮮やかなお手並みは、まさかわたくしたちへのご指導であったと?」
チェルヴァが何かに気づいた様子で聞いてくるが、どういう意味だ?
これ、否定しても肯定しても問題か?
「うむ、いや、お前たちに学びがあったかどうかはお前たち次第だ」
言った途端、全員が息を呑んだ。
恐る恐る見るとすごい熱視線が返される。
俺が言葉を迷って黙っていると、耐え切れないようにそれぞれが訴えた。
「学びます! 学ばせていただきます!」
「その上でどうか今一度チャンスを!」
「神は次にどこへ向かわれるおつもりでしょう? 某も同行させていただきたいものです」
「なるほど、命令を口を開けて待つなということですな」
なんか色々言ってくるが、ともかくネフが一番当たり障りないか?
「そうだな、帝国でレジスタンスをまずは見に行かなければ。その後はエルフも気になるし、ドワーフもどんな国を作っているものか。ライカンスロープのほうは、いいか。あぁ、巨人も他にいるかどうか見て回りたいな」
そういう言い訳をすれば仕事押しつけて観光とかできればいいなぁ。
ともかくよくわからない王国のことは任せたかった。
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