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125話:蝶ネクタイ

 帝国に現れたスライムハウンドの蝶ネクタイは俺がやった物だ。

 湖の城にいる執事っぽいスライムハウンドに似合うと思ったのと、単なる識別のために。


(まぁ、元のアバターから装備取れなかったら、蝶ネクタイなんて手に入れる予定もなかったわけだが)


 俺がこのグランドレイスになる前に使っていたプレイヤーとしてのアバターは、宝石城に安置されている。

 死んだものだと思ったら、どうやら仮死状態だそうでパッシブスキルの類は生きているのだとか。


 なので戻れないかと試行錯誤もしたが、まぁむりだった。

 で、次に考えたのはアイテムボックスの中身を取り出せないかということ。

 装備してるもんは身ぐるみ剥ぐ形で押収で来たが、アイテムボックスはまず開くことができなかった。


(けど、生きてるなら攻撃が有効なわけで。となれば、盗賊系ジョブのスキルも効くわけだ)


 そして大地神の大陸には盗賊系に類する海賊がいる。

 アルブムルナの配下にスキルを使わせたところ、アイテムボックス内にある持ち物を盗むことに成功した。


 まぁ、盗める品はランダムだから蝶ネクタイとかいうたまたま持ってたネタ装備も出てくるわけで。


 今はいいか。

 そんなことよりスライムハウンドがわざわざ来るからには何ごとか起こったんだろう。


「用件は、彭娘からの手紙か」


 一度報告に戻った彭娘が、俺の不在に残して行ったらしい。


 スライムハウンドは渡す機会を窺っており、宿の部屋でグランディオンとはすでに報告書の上がっている内容の確認とみて現れたそうだ。


 けど待ってほしい。

 俺、レジスタンスのこと良くわかってないんだよ。

 大事な話だったんだけどなぁ。


「それと、一度戻られるご予定はございますでしょうか? スタファさまと鹿の女神がその…………」


 スライムハウンドが言葉を濁すって何してるんだ?


 俺は不安を掻き立てられて、致し方なく大地神の大陸に戻ることになった。

 グランディオンは置いて行って誰か来たら報せるようにと命じる。


 そしてスライムハウンドを湖上の城へ様子見に行かせ、俺は危険回避のためにまずは羊獣人の街へ転移した。


「アルブムルナたちがいないのはいいとして、何故お前がいるんだ、ネフ?」

「これは神よ、ご尊顔を拝謁できないのは残念ですがよくぞお戻りくださいました」


 黒一色のネフは、俺のペストマスクについてそんなことを言う。

 けどこいつも顔の前に布垂れてるから見えないのはお互いさまなんだが。


「ご覧のとおり某は農業に勤しんでおります」


 うん、それがなんでだよって話だ。


 ネフは普段どおりだが、違うのは羊獣人であり、怯えた様子で街周辺の地面を耕してる。


 ネフはこの高原周辺のエリアボスなのだから、羊獣人を使うことに不思議はない。

 いや、こいつ動かない設定だからおかしいと言えばおかしいが、なんでよりによって農業なんだよ?

 商人ジョブと神官ジョブがあって宣教師にはなれるけど、だからってお前生産系のスキル持ってないだろ。


「船頭多くして船山に上るとはよく言ったもので、王国に当たるにしてもすでに動いている者がおり、騎士どののように新たなやり方を見据える者もおり。そうなるとこの神の伝道者たる身では少々余りまして」

「つまり?」


 長いんだよ。


「あぶれました」

「お前もか」


 すっと言うからつい俺も素直に返してしまう。


「やはりグランディオンを連れ出したのは別のお役目を与えるためでしたか」


 ネフは何故か嬉しげに頷く。


「この農業はグランディオンに回す予定だったものですが、某が代行できてようございました」

「む、そうなのか? 今からでもグランディオンを戻してもいいんだが」

「いえ、神の御心のままに。それにこの者たちの監督が、果たして森の狼にできるかどうか」


 確かに羊と狼って並べた時点で相性悪そうだよな。

 そう思っているとネフが肩を竦めてみせた。


「このくらいのこと大神であられるならば想定していたことでしょう。他には指示を与えて某だけに言わなかったのはこれが回ってくるとわかっておいでだったに違いないのですし」


 いや、知らん。

 というか、こいつ基本教会に籠ってるから会わないだけだし。

 湖上の城にもヴェノスたちと違って用がないと来なかったし。


(忘れてたとか、それはそれで酷いか。スタファとチェルヴァの様子見に行かせる言い訳でこっち寄っただけだったけど、こいつからも話聞いたほうがいいかな)


 俺はネフに改めて聞くことにした。


「それでは、ここで作った作物をどうするか聞かせてもらおうか。何ごとも対話で得られる情報は多い」

「おっしゃるとおりで。某も神の言葉を伝え広げることを生業としておりますのでよくわかります」


 それ、そのまま俺の言葉じゃないよな?

 とんでもなく碌でもない語録にしかならないぞ?


「こちらは帝国レジスタンスを釣る餌です。人間数が集まれば口が集まりねじ込む食物が必要になりますので」


 言い方があれだが、理にはかなっている。

 グランディオンもレジスタンスを集めて規模を大きくするようなことを言っていた。

 そうなると資金以外にも確かに食物は大事だし、金に物を言わせても食料を集められる範囲には限りがある。

 この世界に大量輸送もなければそれを可能にする交通網もないんだ。


「どんな大軍も兵站を潰されるなり、輸送路を圧迫されるだけで退く。うむ、兵站はいつの時代も戦の要だな」


 歴史でもそうで、食べ物がないと軍がもたない。

 だからって遠征先のものを口にすると水が合わないだけで病が蔓延することもある。


 レジスタンスももしかしたら食い詰めた者がいるのかもしれない。

 昔の戦乱は生活の困窮から起こることがままあった。

 案外衣食住を安堵すると反乱やめたり、反抗した側の兵に転身したりもする。


「ふむ、今から作って間に合うか?」

「そこは魔法使いたちを動員します」


 促成栽培みたいなことをするつもりらしい。

 何せエネミーの住処だから、ジョブなら一通りそろってる。


「ふふ、いいだろう。ここなら多くを作って貯えても守れる。時には振る舞うことで士気の上昇にもなるだろう。可能な限り農作物は備えておけ。不要になれば売ればいい」


 そうだよ、作って売ればいいんだ。

 街の資金とか資産とか今まで気にして手をつけずいたけど、こうして新たに作って外に売りつけるなら増えるんじゃないか?


 この世界はそんなに物流も発達してない。

 何せ何カ月もかけて航海して商売して、その分付加価値をつけて高価に売り払うことで労力分を回収するとカトルも言っていた。


 つまりは物資も情報も行き渡ってないわけだから、転移でさっと行って売ってさっと帰るだけならこちらにはローリスクだ。


「…………は、はは。大神の見晴るかす先は、やはり遠いものですね」


 何故かネフが妙に乾いた笑いを漏らす。

 見ても布で隠れた表情は見えない。


「なんのことだ?」

「今は言うべき時ではないと? それとも、レジスタンスのことを任されたアルブムルナたちが気づくまで待つおつもりですか?」


 質問で返すな。


「私はただ、レジスタンスで帝国を騒がせるということ以外想定していないさ」

「騒がせる、なるほど。最も大きな国を騒がせるならば、確かにその大きさを利用するのがよいでしょう。お言葉をいただければ自明のこととはいえ、おっしゃっていただけなければ余剰に作るなどとは考えませんでした」


 勝手に納得した上で、なんか変なことを考え出したっぽい?

 いや、いっぱい農作物作って、ほしいところにちょっと色つけて売るっていう俺の考えを正しく察したのか?


「了解いたしました。では帝国レジスタンスとして赴いているアルブムルナとティダに穀倉ちた…………うん?」


 ネフが何か言いかけて横を向く。

 俺も気づいて同じ方角を見ると、そっちは大地神の大陸の東、湖上の城がある方向だった。


 そして激しい地鳴りがそちらから迫ってきている。


「申し訳ございません! お止めできませんでした!」


 突然転移して来た蝶ネクタイのスライムハウンドが叫んだ。

 そして近づく地鳴り。


 俺は予感がして上のほうを見る。

 すると霧の中動くものが日を遮って影を作った。


 同時に激しい女性の声が轟雷のように降って来る。


「あぁら、足の短いこと! おほほほ!」

「足が遅いからって本性で一歩の距離を稼ごうだなんて!」

「小さき者は精々地を走ればいいのよ!」

「普段絶対戻ろうとしないのにこんな時だけ! 恥をお知りなさい!」

「大神の元へはせ参じる以上の大事があって?」

「なくてよ!」


 うん、聞き覚えのある二人の声は明らかにスタファとチェルヴァだ。


 で、下のほうからチェルヴァの声がする。

 上の遠くからはスタファの声だ。

 つまりはスタファは本性になってこっちに来てるから、すごい地鳴りがしているらしい。


「足が遅いのをそんなに気にしてるのか?」

「司祭なのですからもっと落ち着いてもいいでしょうにね」


 俺の呆れた一言にネフも賛同する。

 スライムハウンドは恐縮して事情を語った。


「神がお戻りになられるので喧嘩をやめるよう言いに行ったのですが。神が戻られるという部分だけを聞いて飛び出されてしまい…………」

「何か私に緊急の報告があったのだろうか?」

「はい、ご意見を窺いたいと」


 え、あったの?


「では何故争うので? お二人そろって神のお帰りを待つほうが今ほど見苦しくなかったのでは?」

「それが、どちらが先にお声をかけられるかということであのように…………」


 ネフの指摘にスライムハウンド疲れた様子だ。


「これはともかく止まらせることが先決か。ネフ、やれ」

「かしこまりました!」


 ネフは自身の防御極振りの性能を熟知した上で、怯みもせず向かって行った。


隔日更新

次回:まだ早い

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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーむアバターに戻るの無理かぁ…。 単なるランダムアイテムボックスと化すのが勿体ない感よ
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