124話:犯罪組織『砥ぎ爪』
「勘弁してぇな」
商人のカトルが宿屋に戻って机に突っ伏す。
俺はちょっと同情したけど、ヴェノスとグランディオンは何が悪いのかわかってないようだ。
いや、確かにグランディオンをそう設定されてたから悪いことはないんだよ。
男の娘とか俺の趣味じゃないけど、実際騙された相手みるとちょっと笑ったし。
「もっと早く言ってくれても良かったんやないです!? トーマスさん!」
「私か?」
「グランちゃんが口説かれた時笑ってましたやん!」
「あぁ、うん。いや、獣のような姿の割に鼻は利かないものだなと」
「ふふ、確かに」
「ぼ、僕のほうが鼻はいいです」
ヴェノスは笑い、グランディオンは主張をする。
その緊張感のない様子にカトルはがっくりしてしまった。
「正直、ライカンスロープ帝国行って、グランちゃん守り切れる自信あらしませんよ」
「そう言えば、『砥ぎ爪』と言っていたな。ずいぶんとガラの悪い者たちだったが?」
俺が聞くとカトルは居住まいを正す。
そして周囲に目を配ってちょっと前傾姿勢になった。
「そうです。はっきり言ってライカンスロープ帝国の犯罪組織なんですよ。誘拐、密売、偽造、密輸なんでもありなひとらで」
「穏やかじゃないな。なぜこの人間の国に来ているんだ?」
俺の当たり前の疑問にカトルも考えこむ。
「それがわからんのです。犯罪組織っていうんは、基本的に地物、その土地でこそ顔が効くもんですし。こっちに伝手あるのかいな? そんな話聞いたことないんやけど」
自問自答するカトルとしても、情報の見落としを危ぶむらしい。
「あのガトーは『砥ぎ爪』の中でも荒くれ率いて過剰な報復をするんで有名な危ない奴なんです。荒事引き受けるんが役割なんやけど、それこそライカンスロープ帝国だからできる役割ですわ」
「ではやりすぎてライカンスロープ帝国にいられなくなったということはないですか? 海賊というのもこちらへ入り込む口実だったなど」
ヴェノスの推測にカトルはよく考えてから首を横に振った。
「それやったらもう『砥ぎ爪』の内ゲバですわ。そんでそんなことで逃げ出すたまやないんです。鞘のない鉈みたいなもんで、同じような奴らが下にくっついてるんですよ。ガトーの乗った船一つなわけあらしませんし、海賊相手に逃げ出す訳ないです」
「つまり、ライカンスロープ帝国としてもまとまって組織立ってくれていたほうが警戒しやすい類か」
あれだ、やくざだ。
報復は死んでもするみたいな鉄砲玉とか抱えてる。
だから力を削ぐならまだしも、内ゲバで外に逃げられてもライカンスロープ帝国側としても危険が増すだけでいいことはない。
俺の意見にカトルが頷くのを見て、ヴェノスは首を傾げた。
「だったら船に乗って国外に出るのも取り締まられるような人物なのでは? 部下らしき者たちも連れていましたが、どういうことでしょう?」
「そうなんですよ。それがこっちも不思議で。出る必要もなければ出されない理由のほうが多い。それが海賊から逃げて来た? 信じられませんて」
カトルもヴェノスがいうとおりのことを懸念して不思議がっていたようだ。
「船から降りられたのは、この帝国が『砥ぎ爪』のガトーを把握していないからか?」
俺の質問にカトルは半端な笑いを浮かべた。
「そこは袖の下でどうとでも」
「なるほど。資金はあると見たほうがいいわけか」
「この帝国は西の港でだけ亜人ともやり取りがありますよって。だからライカンスロープの船が来ること自体はないこともないんです。ただこの国の皇帝さまは教会勢力と結びつき強いんで、亜人はまぁ、やりにくいもんで」
実利があるため取引はするが、差別的な扱いは国是。
だからこそ袖の下で融通をきかせることが常態化してしまっているようだ。
そしてそういうところに噛むのが犯罪組織というものだろう。
「あぁ、なるほど。『砥ぎ爪』のパイプがあること自体は不思議ではないけれど、あのガトーという獣人が乗り込んでくるのがおかしいということですね」
ヴェノスがようやく納得いった様子で声を上げた。
やくざを国外に出すなんて、ライカンスロープ帝国の監視もその程度か。
それとも見張っていられないような事件がライカンスロープ帝国で起きている?
『砥ぎ爪』とやらが俺が思うよりも強大ってこともあり得るのか?
「なんにしても、どこの国も内側に問題を抱えているものだな」
王国は侵略され、帝国では継承争い。
共和国は政治不安で、ライカンスロープ帝国にはやくざがいる。
そしてそれは俺の育った世界でもあった話だ。
歴史は繰り返すと言うが、異世界でも同じことが起きてるのか。
「いや、人間同士なのだから当たり前か」
この異世界であっても同じ人間だからこそ繰り返す。
そう思えば親しみを覚えるのが普通だろうが、もはやグランドレイスになった俺としては正直面倒な話しだ。
「人間同士、そう、そうですね。つまりはやりようがあるんや」
カトルが俺の呟きを拾って顔を上げる。
疲れが嘘のように吹き飛びその目には覇気さえ宿るようだ。
「よっしゃ、せやったらちょっと情報集めてきますわ。いっそあのガトーがこの国にいる間にライカンスロープ帝国のほうに行けば逆に安全や」
「なるほど。では、ヴェノス。同行して守って差し上げろ」
「そうですね。さきほど一緒にいたのを見られていますし。カトルどのよろしいでしょうか」
俺に応じヴェノスが許可を請うと、カトルも頷く。
「助かります。トーマスさんは言うまでもないでしょうけど、グランちゃんを守ってあげてくださいね」
「あぁ、わかっている。念のため部屋に籠っていよう。ヴェノスが戻るまで部屋から出ないので他の者の呼びかけにも答えないことにする」
そう言って、俺は取ってある部屋の一室に籠る。
グランディオンは大人しくついて来た。
「さて、グランディオン」
「はい!」
「そう気を張るな。少々意見を聞くだけだ。あの猫のライカンスロープを見てどう思った?」
「どう、ですか?」
わからない様子で首を傾げる。
どうやら質問が抽象的過ぎたようだ。
「簡単に聞こう。勝てると思ったか?」
「はい、もちろん」
もちろんと来たか。
俺もゲームのエネミーならレベル帯を把握してるから勝てるかどうかはわかる。
けれどライカンスロープはこの世界独自の生き物、つまりは未知の敵だ。
(別に敵対するつもりなんてなかったけど、絶対目つけられたよな)
しかもやくざ。
体面潰されたと突撃もありうる。
「勝てる理由を説明できるか?」
「え、えっと…………全然、怖くなかったから、です」
そうかぁ。
怖くなかったからかぁ。
それってどの程度だよ?
「それでは私はどうだ?」
「え!? そんな不敬なことしません! ただ死ねとお命じください」
「待て待て待て! そんな物騒な話しじゃない。たとえだ、たとえ話。私くらい強い相手がさっきのガトーのように敵対意志を露わにしたらどうだという想定だ」
なんかとんでもないことを言い出したグランディオンは、聞き直した途端に悩む。
悩んだ末に首を横に振った。
「無理です。勝てません。お腹みせます」
それもしかして犬とかがする服従のポーズか?
だが降伏は早計だ。
「お前の爪牙は私に届き得る。眷属を操っての数に任せた攻撃も可能だ。本当に考えたか?」
「か、考え、ました。えっと、眷属呼ぶのまでは、考えてなくて。けど、僕、獣になら強いけど、神である大神に届いても、通用するような攻撃、ないです」
案外考えてたようだ。
確かにグランディオンからのダメージは俺に入る。
ただし物理のみだ。
グランディオン自体が物理に傾いてるから、魔法攻撃はない。
そして狂化による精神汚染のデバフ、それは俺には効かないんだ。
逆に俺がデバフをかければグランディオンには通るので、物理攻撃の能力も削り放題。
「確かに耐久しても、決め手に欠けるならば勝てはしないか」
俺にグランディオンは何度も頷く。
子供で意見も上手く言えず、レジスタンス相手でもあぶれていた。
けれどエリアボスとして、戦闘に関しては考えがないわけじゃないらしい。
「ふむ、では別のことを聞こう。帝国でのレジスタンス活動は成功すると思うか?」
「はい、すると思います。だって、神が決められたことですから」
「いや、そうではなくな…………」
妙なところで思考停止するな。
「きちんと理解して下の者を使わなければどんなに計画が良くても失敗はする。何ごとも成功だけを見据えればいいものじゃない。次善策を講じて失敗の目を潰すことも大切だ」
「な、なるほど」
また考えるグランディオンは、尻尾が激しく揺れている。
「理解してることを上げるでもいいぞ」
そして俺に説明してくれ。
アルブムルナとか俺がわかってる前提で話すからいまいち全体像がわからないんだよ。
イブはツンデレだし、ティダは誰をブッ倒すしか言わないし。
「えっと、今は帝国にいるレジスタンスの場所を把握して、集めてます。中規模程度のレジスタンスに資金を与えて、さらに人を募らせて、それで、そのレジスタンスを乗っ取ります」
はい? なんかとんでもない言葉が飛び出したぞ?
詳しく聞こうとした時、部屋に刺激臭が発生した。
これは特殊な転移における事象。
「ご歓談中失礼いたします」
部屋の中には忽然と蝶ネクタイをしたスライムハウンドが現われていた。
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