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123話:ライカンスロープの逆切れ

 突然入港したライカンスロープの船が、沖に海賊船の存在を報せた。

 そのことで帝国の港で足止めを受け、海賊が去るまでは出航できないのはライカンスロープも一緒だ。

 食糧事情などもあり船を下りて来たと聞いて、俺はグランディオンの手を引いて見物に出た。


「ほう、あれがそうか。思ったより小さいな」


 人の向こうに見えた三角の耳に俺は思わず声を漏らす。

 耳に続いて見えたのは大型肉食動物らしい獣の顔に、人間に近い雰囲気を足した感じの二足歩行の獣人だった。


 小さいと思ってしまったのは今俺と手を繋いでいる何処かのエリアボスと比較したせいだ。

 ボスであり人型の時との差をわかりやすくするために、グランディオンは他のエネミーの狼男よりもでかい。


(この場合比べるべきはノーマルな狼男か。…………ひと回り小さいくらいだな)


 狼男はエネミーだから、用途のわからないベルトを胸に巻いて腰巻をしているくらいだが、ライカンスロープはさすがに服を着ていた。

 ただ被毛もあるので薄着のようだ。


 そして全体的に野性味があるのはライカンスロープだからではないらしい。


「何見てやがる、あぁ!?」

「あほ面並べてんじゃねぇぞ!?」


 見た目は中肉中背くらいの鼠と筋骨隆々とした巨漢の牛が周囲の野次馬を威圧しながら歩いている。


(うわ、ガラ悪。蟹股で肩を怒らせて歩くとか、今日日不良でもしないんじゃないか?)


 大きさは人間とそう変わらないが、顔は完全に獣。

 ただし目は正面についているので、本物の獣よりも人間に近い顔つきをしていた。


 あと話と違って魚は食べなさそうな外見だ。

 だが雑食と干し草なら船旅もできるのかもしれない。


 そして分かりやすく肩で風を切る獣人が一人、他の獣人たちの中心にいた。

 明らかにリーダー格で三角の耳。

 ネコ科肉食獣の…………なんだろう?

 黄色くて黒い模様のある猛獣だ。


(ジャガー? チーター? サーバルキャット? 大型ネコ科なのは確かなんだけどな。俺、動物に詳しいわけじゃないし、見分けつかないな)


 縞柄じゃない分、虎ではないことは確かだろう。


 そんな内心首を捻る俺の後ろで、震える声が漏れた。


「ガトー…………なんでや、どうしてあいつが…………?」


 ネコ科のライカンスロープに、商人のカトルが緊張した声を漏らす。

 動物の顔の見分けがつくとも思えないが、相手の名前を知っているようだ。


「有名人か?」

「ト、トーマスさん、宿りに戻りましょ。あいつらライカンスロープ帝国でも有名な悪漢ですよ」


 どうやら関わり合いになってはいけない類らしい。

 そう言えばカトルの部下もまずいと言って戻って来ていた。


 よほど悪評のある有名人のようだ。


「おやぁ? あそこに可愛い子いますよ、ガトーさん」


 馬面のライカンスロープが、震えるようなひょうきんな声で言った。

 うん、比喩ではなく馬だ。

 なんで二足歩行してるのかわからないくらい、顔はそのまま馬。

 他のライカンスロープは何処か人間味を感じる顔なんだがな。


 そしてその馬はどうやらこちらを見ている。

 辺りを見ても可愛いこと言われる女性は…………。


「グランちゃん隠れて、隠れて…………!」

「もう遅いようですよ、カトルどの」


 カトルが慌ててグランディオンを俺の後ろに隠そうとするが、それをヴェノスが冷静に手遅れだと告げる。


 確かにガトーはグランディオンを見つけて舌なめずりをしていた。


「ぷ…………」

「何笑ってんですか、トーマスさん…………! 事の重大さわかってへんやろ!?」


 カトルがひそめた声で俺を責める。


 けれどそれに答えるより早く、ライカンスロープの悪漢だという者たちが俺たちに大股で距離を詰めた。


「妙な恰好をしてるお前も人間との相の子か?」


 完全にこっちにやって来ながらガトーという猫のライカンスロープが聞いて来る。

 どうやらペストマスクを知らないらしい。

 鳥の獣人とかいるんだろうか?


「いいや、これはこちらで医療者が着る服装だ。何かご用かな?」

「お前になんか用はねぇよ。あるのはそっちの」

「私の連れだ、やめてもらおう」


 パッカラパッカラ歩く度に音がする馬が、無遠慮に腕を伸ばしてきた。

 なので俺はグランディオンごと馬を避ける。

 よく見ると手の指は人間と同じ五本指だ。

 余計になんで顔だけ馬みが強すぎるのか謎が深まる。


 そんな俺に、馬は途端に目をぎらつかせて腕を横に振って攻撃して来た。

 もちろん身を逸らして難なく避ける。


 俺の隣にいたヴェノスは、尻尾で馬の腕はじき返し周囲がざわついた。


「今のに反応するか。劣等種混じりばかりとはおかしな奴らだな」


 ガトーがすぐ近くまでやって来て横柄そうに言った。

 言葉からしてグランディオンがライカンスロープの血を継いでると思っているのか。

 そしてヴェノスはこちらで言う竜人に近いから勘違いしてるとして、そこに鳥のくちばしのような仮面をつけた俺か?

 確かにおかしな組み合わせだ。

 一人もライカンスロープや竜人はいないんだから。


(っていうか、めちゃくちゃ特徴的だよな、俺たちって。これ、こいつらと別れたらまた変装考えたほうがいいかな? アルブムルナたちの様子見に行くならレジスタンスだし。目立つと困らせるかも知れない)


 そんなことを悠長に考えている間に、鼠と牛もいきり立っていた。


 その雰囲気にカトルが後ろから俺の服を引っ張る。


「トーマスさん、気持ちはわかりますけど穏便に。ヴェノスさん一人じゃかないませんて」


 どうやらやり合うのはカトル的にはNGのようだ。

 そう言えば『酒の洪水』にやり返したのも乱暴じゃなくていいと言っていた。

 もしかして荒事見るのも嫌なタイプか?


(ライカンスロープ帝国までヴェノスとグランディオンを頼む相手だし。ここはカトルの顔を立てるのが社会人としては正しいやり方だろうな)


 俺はいつの間にか剣の柄を握ってるヴェノスの前に移動する。

 それだけでヴェノスはやり合うなという意図を汲んでくれたらしく構えを解いた。


「突然のことで連れが少々乱暴をした。申し訳ない。痛むでしょう。職業柄放っておけませんので、こちらをどうぞ」

「なんだと!? この程度で!」

「おい、待て。すごい腫れてるぞ。なんだこりゃ?」


 牛が唾を飛ばして怒鳴ると、それを鼠が止めた。

 鼠が見るのは喋らない馬。

 どうやらヴェノスに弾かれて手首を痛めた様子で、抱え込んだまま痛みに動けなくなっている。


 だから俺は小回復の薬を取り出してみせた。

 もちろん未開封で薄めてないやつだ。


「…………は!? ちょ、それまさか!?」


 カトルはさすが商人だけあって気づいて驚く。


「どうぞ、お使いになってください」

「はん、面白いことするじゃねぇか」


 俺が薬の瓶を差し出すと、ガトーが無遠慮に回復薬を奪った。

 そして日にかざして確かめる。


「価値がお分かりで?」

「俺を試そうってか?」

「まさか。人の中には知らぬ者もいるので確認です」


 とかいって、本当に疑問に思ったから聞いただけなんだが。

 そうしてかざして何がわかるんだ?

 使用済みの瓶の色が変わるのはゲーム仕様だ。

 かざして中身入ってるか確認でもしてるのか?

 けど瓶の色でわかるはずだよな。


 そうしてる間に笛を吹く音が何処からか聞こえてきた。


「港の警邏が来たぞ!」


 野次馬から声があがる。

 どうやら騒ぎを聞きつけて、警察のような者が来るらしい。


 ガトーは面倒そうに鼻を鳴らした。


「ふん、自分はわかる側だってか? まぁ、いいだろう。俺の好みにはまだ小さい。運が良かったな」


 何故か勝ち誇ってガトーはそんなことを言う。

 しかも馬に使わず懐に入れると、そのまま歩き出した。

 俺たちとすれ違う方向にのしのしと。


(小さいと思ったが、こうして見るとそれなりの体格あるな。…………あ、大きすぎるのは今の俺自身か)


 元が三メートル以上あるグランドレイスだ。

 そりゃ、巨人やドラゴンくらいじゃないと大きいとは思えない。


 改めて大きさを見ようと思った時、大人しく去るかに思えたガトーは、突然俺の後ろに隠れたグランディオンに牙を剥いて顔を寄せた。


「せめてあと五年だ。その時には逃がさねぇぞ」

「お戯れを」


 俺はそれとなくグランディオンを庇って腕を広げた。


(っていうか、これもセクハラになるんじゃないのか? いや、この場合はもう犯罪か? けどなぁ…………グランディオンはなぁ…………)


 いや、こういう騙しのNPCだから間違っちゃいないんだけど。

 五年経ってもたぶんガトーとかいう猫の期待するような再会にはならないと思う。


「僕は男です!」


 突然の声が辺りに響いた。


 騒ぎが広がらないと見て空気が弛緩しそうになった瞬間だ。

 大声ではないし太い声でもない。

 けれど確かに周囲に届くグランディオンの主張。


「え、グランちゃん?」


 カトルが戸惑いも露わに聞き返すと、グランディオンは意を決した様子で小さな拳を握った。


「僕、大きくなったら逃げたりしません!」


 それは少年の決意表明。

 頬を紅潮させて精一杯口を引き結んでみせるさまは微笑ましい。


 けれど同時に大変な思い違いで赤っ恥を掻いてしまった人物がいた。

 そう、勝ち誇って去ろうとしていた間際に余計なことを言ってしまったガトーだ。


「…………うぉ、あぁん!?」


 言葉に詰まった末に威嚇のような声を上げる。

 けど本性は立派な狼男のグランディオンは怯まない。


 カトルが戦いてヴェノスを盾にする程度にはすごい声だったんだが。


「おま…………!?」

「警邏が来ますよ」


 牙を剥きだそうとするガトーに、俺は近づく笛の音を思い出させるしかなかった。


隔日更新

次回:犯罪組織『砥ぎ爪』

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