122話:海賊警報
まだヴェノスとグランディオンは人間の帝国にいた。
「まさか海賊とは運が悪いな」
「いやいや。逆ですよって、トーマスさん」
ぼやく俺にカトルが笑顔で手を前後に振る。
出航を控えた日、海賊が港の沖に現れたという急報が届いた。
そのため帝国の港から出航する船は全て延期、一度は出た船も急報が届いた船は帰港している。
そのためカトルはもちろんヴェノスとグランディオンも船が出ずに帝国の港で宿を取って足止めされていた。
「海の上なんて逃げ場のない場所で遭遇するよりずっとえぇです。それに他国の船のために帝国は海軍出してくりゃしません。その点、帝国の港の中なら勝手は許さしませんで、安全なんですよ」
海の上で会うより陸にいる内に存在が知れたのは幸運だそうだ。
海では助けてくれないがまだ帝国内にいるならこの国の兵も対処してくれるのだとか。
海賊も下手に近寄れば撃退されることがわかっているので、沖で獲物が現われるのを待つ。
まぁ、この世界ではそういうものらしい。
「しかし海賊を報せた船はライカンスロープ帝国の物と聞きます。この帝国とも交易をしているのですか? 信頼できる情報なのでしょうか?」
ヴェノスがそもそも海賊船の情報が本当かどうかを疑うようだ。
今俺たちは宿で待機するしかない。
俺は大地神の大陸に戻るだけなので心配と言いつつここで一緒に時間つぶしをしているが、ヴェノスからすれば無駄に時間を浪費しているような気持ちなのだろう。
二日前にライカンスロープ帝国からの船が入港し、海賊の急報を報せた。
乗組員は全員ライカンスロープで、沖で海賊に追われて逃げ込んだのだとか。
沖は管轄外なので帝国海軍は動いておらず、そのライカンスロープたちの証言だけが目撃情報だ。
海賊はすでに去っている可能性もある。
「船の移動や整理あったんで、事前の入港予定なんぞはなしやないかと」
やはり詳しいのはカトルだ。
ライカンスロープの船は予定外の寄港の上、帝国と交易があるとも聞かないそうだ。
「ライカンスロープ帝国はドワーフと吸血鬼とはやり取りしてるんです。エルフはエルフのほうが拒否するんであれですけど。もしかしたら吸血鬼のほうに入港する予定が狂ってこっちまで逃げて来たんとちゃいますかね?」
吸血鬼の国とは西のほうで国境が接してる。
今いるのは帝国西の港なのでありえない距離ではないだろう。
「そうそう、審査終わってそろそろライカンスロープも船下りる頃じゃないでしょか」
ライカンスロープは突然の入港で調べも入っているそうだ。
勝手な入港は許されないし下船も駄目。
その辺りは日本でも同じだった。
「降りて何をするんですか?」
グランディオンの素朴な疑問にカトルは愛想よく応じる。
「国に戻るにしても水や食料が必要になるんや。船のスペースも限られるからな。余計に移動して日数かかったらその分不足するんよ。ライカンスロープは種類によって食べられる物変わるんで案外食にうるさいし、水も拘るし」
「ほう、面白いことを聞いたな」
俺としては興味深い話だ。
そこにグランディオンが勇んで声を上げた。
「僕、食べられるならなんでも食べられます」
「そうですね。グランディオンはまだ若いから拘りなくなんでも食べるほうがいいいでしょう」
ヴェノスが年長者らしく応じるが、俺は内心首を捻った。
そのなんでも食べるに、エネミーも入るのが狼男というエネミーの特徴なんだが。
(そんな設定にした記憶があるな。大地神の大陸の森のエリアボスってことで、食物連鎖の頂点みたいな感じで)
別にそれでフレンドリーファイアができるわけでもないゲームだったんだ。
テイマージョブの連れてるエネミーを食って二度と使えないようにするわけでもない。
あくまでフレーバー程度の設定だった。
だったんだが、どうやらこの設定は今のグランディオンに採用されているらしい。
これはもしかして仲間は食べるなと言い含めておくべきか?
「そう言えばライカンスロープ帝国では人間を奴隷にしているとか。舟にそのような奴隷がいた場合扱いはどうなるのでしょう?」
ヴェノスが思い出した様子で懸念を伝えると、カトルは苦笑いを浮かべる。
「その制度は、西の帝国でもう廃止されてなん百年経ってます。それに扱いはこの帝国の農奴のほうが過酷ですよ」
「農奴がいるのか。それにライカンスロープ帝国の奴隷は主人に生殺与奪権があるのではなく、一部権利を認められないが生活は保障されるというやつか?」
歴史的に奴隷と一言で言っても種類がある。
というのも、日本にはない制度の上、国と時代が違うと定義が変わる概念でもあるからだ。
俺があげたのは大航海時代の奴隷と、古代ローマ時代の奴隷。
そして農奴と言えば日本では小作人が近いだろうか?
土地を持つ権力者の所有物、いや、農具扱いか。
農奴は国と時代によっては移動の自由もなければ、死んだら新しく買い替えるようなこともあったと聞いている。
(これだけ賑わってる国にも悪習はあるのか。いや、人が多いからこそ上下が固まってしまった可能性も?)
俺が考え込んでる間にカトルが頷いた。
「そうです。こっちの自力では奴隷から解放されないやり方と違って、ライカンスロープ帝国の本国に残る奴隷制は、自力で奴隷解放が可能なんですよ。どういう理屈かは詳しくないんですが」
「本国? つまり南の大陸のほう?」
「そうです、ヴェノスさん。あちら人間は奴隷ですが、ただ奴隷のままお偉いさんに取り立てられて、奴隷のまま政治に参与した人間がいるそうで」
「奴隷なのに、偉い人になったんですか?」
グランディオンはよくわからないらしく首を傾げる。
「いやぁ、また聞きで詳しうないんですけど。ただこっちの大陸にあるライカンスロープ帝国も基本的に人間は上に行けません。なんというか、人間は死にやすいから仕事に耐えられない言う考えがあってですね」
俺は思わずグランディオンを見る。
ヴェノスも同じ行動をしていた。
こいつの本性は筋骨隆々とした狼男で、その姿はライカンスロープと似てる。
『血塗れ団』という人間たちが対峙したのを見たが、確かに大人と子供ほどの差があった。
「なるほど。知能労働でも結局は体力が物を言うこともありますからね」
「あぁ、知能が同じで働ける量に差が出れば確かに人間は能力に劣るとして出世はできないだろうな」
俺がヴェノスに同意すると、カトルが信じられないような目をグランディオンに向けた。
「え、もしかしてこちら、お強くていらっしゃる?」
「ぼ、僕、まだ未熟ですけど、それでもちょっと、できます」
グランディオンは自信のなさが前面に出てしまっているが、それでも胸の前で両手に拳を作ってアピールをする。
その姿は見栄を張る子供にしか見えないが、言っていることに嘘はないしちょっとでもない。
「…………グランディオン、無闇に攻撃してはいけない。お前の一薙ぎで人間なら大の男が吹き飛んで大怪我をする。きちんと敵と味方を見極めるんだ。わからないならヴェノスかカトルどのに聞くように」
「わ、わかりました」
グランディオンが素直に応じる姿を見つつ、カトルがヴェノスに聞く。
「お、おう、なんや、責任重大ですね。けどちょっと大げさすぎません?」
「グランディオンは少々特別なので力だけは強いんですよ。技や駆け引きがない分、手加減もあまり」
「おぉう…………。できれば穏便におねがいしますわ」
そう話してると、何やら宿の表が賑やかになった。
カトルが片手で指示を出して商人としての部下に様子を見に行かせる。
「どうやら例の船からライカンスロープたちが降りて来たようですわ」
「あぁ、さすがに帝国でもライカンスロープの団体さんは珍しいんやな」
どうやら降りて来たらしい。
俺も見たいけど野次馬っぽくて気が引ける。
ここはグランディオをだしにしてしまおう。
「見に行ってみるか、グランディオン?」
「え、あの、怖い人たちじゃないですか?」
「まさか、お前が怖がる必要はない」
「じゃ、じゃあ、見に行きます。その、またぎゅってしていいですか?」
グランディオンは船を怖がって俺の腕に抱きついた時と同じことをしたいらしい。
「いいとも。はぐれても大変だ」
応じて腕を差し出すと、グランディオンは飛びつくように俺の腕を抱え込んだ。
その流れでヴェノスも立つとカトルも応じる。
「先行って様子見て来てな」
できる商人は先に人を走らせ、俺たちは悠々と後から宿屋を出る。
「なんの獣人がいるかな?」
「船乗りになるライカンスロープは魚食べて平気なお人が多い印象ですね」
俺の疑問にカトルがそつなく答える。
確かに船での生活は人間なら保存食だが、ライカンスロープは種類で食べ物が大きく変わるらしいので難しいだろう。
新鮮な草など無理だが干し草なら行けるか?
肉も塩蔵などで保存性を高めても食べられるかどうか。
しかし魚なら海で取れれば生で食べられる者たちは問題ない。
そんなことを考えながら港のほうへ向かう。
すると先にやったカトルの部下が慌てた様子で戻って来ていた。
「まずいですよ。どうやら奴ら『砥ぎ爪』の構成員ですわ」
「なんやて? なんでそんなのが船に」
カトルが苦い声で呟く。
どうやら厄介ごとのようだ。
けれど向こうから人々の頭を越えて三角の耳が近づいてくるのが見える。
俺は思わずそちらを見て立ち止まってしまった。
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