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121話:ライアル・モンテスタス・ピエント

他視点

 この世界で人間は弱い生き物だった。知性体の中では下から数えたほうが早いほど。

 けれど知性においては上から数えたほうが早いと自負している。

 だから人間は道具を作り、集団を作り、街を作り、国を作った。

 さらに進んで国同士は盟主を選び出し皇帝が立つことで大きく力をえたのだ。


 その人間の知恵と力の結晶である帝国では、御前会議が開かれている。

 広間の奥には玉座があり、居並ぶのは重鎮から将軍、司教に地方役人までさまざまだ。

 中には情勢に明るいという理由で商人までいる。


 参加する俺は十三番目の王子に相応しい末席だが、出席さえ許されない王女よりましだった。


「抵抗勢力の増長は目に余り、どうか陛下の勇壮なる部隊を派遣していただきたく」


 地方役人が嘆願をし、議題は急に力をつけた反抗勢力への対応について。

 もう少しで鎮圧可能と言うところが、奇策で盤面を覆され一気に劣勢に陥ったのだとか。

 すでに砦を二つ失い、そこがレジスタンスの橋頭保にされているという。


 さらに面倒なことには、各地にいた反抗勢力がその砦に向かう動きを見せている。

 明らかに目的意識を持って移動し、誰かの意志の下に集団を作ろうとしていた。


「そこは軍略的に要地ではない。今は公国の動静を確かに見定め、王国を攻め落とす時期を逃さないようすべきだ」

「左様。ヴァン・クールのいない今、王国が愚かにも内部で争う今こそが好機」


 王国で起きている内部の争い、それは王位の継承について。

 何故か突然第三王子が王位に色気を出し、第二王子が王都を離れたそうだ。

 だが第一王子は聞くに優秀であると同時に冷徹で、争いに負ければ兄弟でも命はないと思われた。


 そんな骨肉の争いはこの帝国も同じだが、王国と違いすでに後継者である皇太子は正妃の長子に決まっている。

 けれど弱腰で内向的だと揶揄される皇太子のため帝位を狙う王子はいた。


 まぁ、俺が知るのはあくまで噂だ。

 何せ産みの母も違う妾の子である俺は兄である皇太子と言葉を交わしたこともない。

 王子として嫡出を認められたのも祖父に当たる貴族が金を積んだことと、正妃にとっては取るに足らない妾だったからで、今もその扱いは変わらない。


「ですから、そう甘く見ては手遅れになるのです。すでに参集の動きがありここで止めねば鼠のように周辺を食い荒らすでしょう。王国を討つこともままならなくなります」

「何より反抗勢力が小規模だったのは賄うだけの資源がなかったせいでございます。今集まっているということは何者かが裏で援助を行っておるのでしょう」


 重臣からも意見が飛び交う中、要職についていない王子の俺なんか眼中外だ。

 それでも参加する意義はある。


 役人を連れてきてまで反抗勢力掃討を訴えるのは、近場に領地を持つ貴族。

 反対に王国への攻勢に注力すべきと声を上げるのは、国境付近の貴族。

 軍部関係はなんの自慢にもならない反抗勢力の掃除よりも他国との戦いを願い、それなりに名の売れた商人は国内治安の悪化による流通の停滞を危惧していた。


 それぞれが好き勝手言っているが、誰が誰の敵で味方かはわかりやすい。

 この場の発言の中に含まれた本音を見極めることで相手の弱みや何によって動くかを見極めることができた。


「鎮まれ」


 一言、皇帝から発された絶対命令。

 他人を従わせるギフト、自らに魅力を添えるギフトと色々言われるているが、言われるだけあって、一言で全員の意識が引きつけられる。

 もちろん俺も。


 全く好意など欠片もないというのに。


「砦を二つも奪われた防備の責任者は首を切れ。しかる後、適任者を据えて掃討作戦を行え。余の部隊は王国との決戦のためにある。故に、余の憂いを払う適任者の名を上げよ」


 皇帝が反抗勢力を駆逐する者を募る。

 大勢の前で名を上げれば成功には名誉と褒賞、失敗には失墜と厳罰だ。


 それを迫る分、命令は掃討。つまり生け捕りでも砦の奪還でもない。

 反抗する者を一々反抗勢力か確認する必要もなければ、いっそ奪われた砦など壊しても咎め立てはしないと。


 そうしてことは功名心の強い将軍配下の者の発言になって行き、王国への攻勢も変化なし、公国は後回しの方策にも変化なしで御前会議は終わった。


「まぁ、ライアルさま。お疲れでございましょう」


 私室へ戻ると部屋つきの侍女たちが笑顔で出迎えいたわる。

 俺はできる限り柔和な笑みを浮かべて応じた。


「私の務めだよ。けれど私程度ができることもない。立派な兄上がたがいるからね。第九王子などは王国との国境にいた盗賊を退治たと報告を上げていらした。私も何か皇帝陛下へ申し上げることがあればいいんだが」

「そのような。ライアル殿下はお心優しく和を貴ぶお方。戦功など求められないほうが」


 応じる侍女は憂い顔だ。

 わかっている。下手に帝位に欲を持っていると見られれば、皇太子ではなくその下の皇太子を引きずりおろそうと狙う王子たちが潰しにかかって来る。

 第九王子もいつまでこの帝都にいられることか。


「そうだね。ところでキリクを呼んでくれるかな? 私も休んではいられない」

「素晴らしいお志でございます。私どもはライアル殿下をお慕い申し上げておりますよ」


 侍女たちは俺を案じるように言って下がる。

 優しく温和な第十三王子、それが俺だ。


 もちろんそんなもの見せかけで、自衛目的もあるがそうして目につかないことで守る秘密もあった。


「…………もう十五年か。案外ばれないものだ」


 一人呟きながら、部屋を見る。

 どうでもいい王子、けれど王子。

 だから相応しい金襴の部屋に、不足することのない衣食住が与えられる。


 王子ではない俺がこの生活だ。

 かつて路地裏でどつきまわされていた孤児が。


「反抗勢力か。今さらだな」


 俺の国は帝国に滅ぼされ、そのせいで以前の生活はなくなり困窮し、誰も助けてはくれなかった。


 そこに帝都から離れて祖父の領地に向かう第十三王子の馬車が襲われ、身代金要求が。

 王子は肝が小さく泣きわめいて黙らせるために殴る蹴るの暴行を受けたのだ。


「生きてたってこんな生活耐えられる奴じゃなかったさ」


 俺は暴行の末、ゲロを吐いて死んだ王子に成り代わった。

 助けが現われた三日後にはもう死んでたから、暴行がなくても水も食事もないのを王子なんて育ちの奴は耐えられなかったし、自分で賄うこともできなかっただろう。


 外見の特徴が同じで、薄青い瞳、金髪、赤みの強い頬の少年が生還したことで、喜んだ王子の祖父。

 汚さに良く顔も確認せず受け入れた母親。

 その後は怯えたふりで必死に顔を隠し、頃合いを見て少しずつ王子のふりを身につけた。


「失礼します、殿下。お呼びと聞き参上しました」

「キリク、今日の御前会議の話をしようと思ってね」


 側近のキリクは母方祖父の親類で、俺を押し上げて少しでも高位を目指す野望がある。

 温和な殿下を装うのにちょうどいい側近だ。


 こいつも俺とライアルの入れ替わりなんて気づいていない。

 母親さえ気づかず、唯一いぶかしんだのは乳母だが、そいつももうお役御免の時期だったからちょうど良かった。


「反抗勢力が立ったのは帝国の南とはいえ、王国との国境からも離れていますし確かに要地でもないですね。殿下がお気になさるべきではないでしょう」


 わかりやすく噛んでも旨味がないと切り捨てるようだ。


「兄上方の中には、自身の子飼いの中から腕の立つ者を推そうとする方もいたよ」

「なるほど、それは上手くいけば王国との決戦で戦場に立つチャンスにもなるでしょう。配下が功を上げれば殿下のお役にたてます」


 けれどキリクが行くとは言わない。

 俺よりも弱いもんな、剣術。


「私もこの帝国のために資する人材を推せればいいんだが」


 そう水を向けるキリクの表情が動いた。


「実は、最近帝都にやって来たというギフト持ちの噂があるのですが」

「ギフト? それはまた稀有な人材だ。誰の支援も受けていないのかい?」

「はい。相手はドワーフなのですが、ライアル殿下のような慈悲と博愛のお方でなければお声かけはしないでしょう」


 つまり異種族の亜人か。人間よりも優れた点もあるが問題もある種族だ。

 同時に司教勢力などは亜人を嫌うため帝位を望むならうかつに手は出せない。


 そんな相手を薦めるキリクの手のなさに呆れるが、上に十二人もいるとな。

 となれば誰もしないことに手を出さなければ出し抜くことなどできない。


 王子になったのだ。

 なら目指すは最上。

 このチャンスは二度とない、同時にいつ覆るかわからない。

 だったら最大限使う、そう決めてライアルを名乗ったんだ。


「では人をやってアポイントメントを取るように。手土産の用意もしなくてはね。ドワーフの礼儀というものを知っているかい?」

「さすがライアル殿下。すぐに準備をいたしましょう」


 キリクは自分で提案しておいて準備なしか。

 その辺りの抜け具合が不安であると同時に俺を出し抜くことはない安心感になる。


 そして帝都の端に住むドワーフを訪ねた。名前はヴィリー。

 打診に快く応じてくれた。


「ここが、ドワーフの住まい?」

「きっとまともな物件は断られたのでしょう」


 俺はキリクと共に日の差さない路地の家を訪ねる。

 窓があっても意味がないような暗さだ。

 真新しい建物が周囲にできて完全に日陰に浸かってしまっていた。


 貧民街などではないが、王子が足を運ぶような場所でもない。

 これではギフト持ちという稀有な才能があっても、他の王子は手を出さないだろう。


「やぁ、これはこれは。王子殿下が良く拙宅へお越しくださった」


 会ってみると、ヴィリーは今までに見たことのあるドワーフとはどことなく違う気がした。

 何が違うのかはわからない。

 元よりドワーフを見たこと自体が数える程度。

 戦争のために武器や武具を新調する者が、己の権威を示すようにわざわざ賢王国から呼んだというドワーフが幾人かだ。


 目つきの悪さや色の黒さなんかは、個性の範囲か?


 少したじろぐ俺を粗末な家に招いて、ヴィリーは貼りついたような笑みで問いかける。


「あなたは神を信じますか?」


 …………予想以上にヤバい奴かも知れなかった。


隔日更新

次回:海賊警報

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