120話:西回り船
俺は初めて訪れた帝国の港の人波に目を奪われた。
今まで見た中で一番の賑わいがある場所だ。
「王都、いや、帝都でもないのにこれはすごいな。しかも人間以外もいるじゃないか」
「王国も悪くないんですが、帝国は一気に国土と人が増えたことで賑わいならどこにも負けやしませんね。亜人はやはり国境接してるんで、交流なしってわけにはいかんですよって」
俺の隣に並んだ商人のカトルがそう答えた。
(賑わいの差が主要都市圏と地方都市くらいの差があるな)
悲しいほど目に見える国力の差だ。
これ、王国無理だろ。
戦争を仕掛けられて保ってるって聞いてたけど、これは無理だ。物量が違う。
本当に王国は保っているだけで、勝てる見込みはないのだ。
(うーん、王国の人間であるヴァン・クールが調べに来たから王国にばれなきゃ安泰かと思ったけど、早まったかな?)
いずれ帝国に飲まれるのなら、王国内にNPCを送り込むより帝国のほうが良かったかもしれない。
けれどすでに帝国ではレジスタンスを使って動くということになってしまっている。
ティダ、アルブムルナたちがやる気で準備しているのだから今さら待ったなんて言えない。
方針転換の言い訳も思いつかない俺は、カトルに案内されながら一つの船を目指す。
行く先には巨大な帆船が係留され、潮の香りの中ギシギシと木材が軋みを上げていた。
「これは立派なものだ。マストが三本か」
「おわかりになられます? もしや共和国では沿岸に?」
「いや、話に聞いただけで詳しくはないんだがな」
前世でも海には縁がない暮らしをしていた。
ただ機械化もしていないこの世界で、民家よりも大きな建造物を海に浮かべるその労力を思って漏れた感想だ。
自然物として生えていただろうマストの太く高いさまは、人力で仕上げたと思うからこそ余計に感慨深い造形に思える。
見上げる帆船はビルディングや電波塔に劣るものの、十分大きかった。
なのでカトルに船室の数や船倉の広さを説明されてもわからない。
ただ頷いて本物の帆船にロマンを感じるだけだ。
そんな乗船口だろう木の板がかけられた辺りに人だかりができていた。
客と見送りと船員の中から、俺たちに向かって手が振られる。
「お待ちしておりました」
ヴェノスだ。
目立ちすぎるということで紫の髪を隠すフードを被り、尻尾も足の間に入れて隠している。
もちろんよく見ればわかるんだが、人が多い中だとそれだけで紛れられた。
どうも賑わいと他種族がいることで、こういう人の集まる場所には好き好んで喧嘩を売る者がいるのだとか。
カトルは面倒を避けるためと説明をし、俺も賛同したことでヴェノスはしぶしぶ顔を隠している。
どうも見た目に自信があるようで、だからこそ隠すのが嫌らしい。
(よくわからん拘りだが、もしかしてナルシストか? けどそんな設定してないしなぁ)
近づくとカトルがヴェノスの隣に立つ存在に気づいて屈みこんだ。
「こちらが話にあった同行人ですか? 初めまして、よろしゅう」
「よろ、よろしくお願いします」
か細く高い声は幼く、赤いフードの少女にも見える出で立ち。
けれど足元には揺れる尻尾があり、フードの中では不安げに動く獣耳があった。
「グランディオン、尻尾が見えているぞ」
「あ、ご、ごめんなさい」
フードを目深にかぶって恥ずかしがるのはエリアボスの狼男グランディオン。
俺はカトルに同行を打診され断ったが、行く先はライカンスロープ帝国。だったらグランディオンもハーフとかで誤魔化せるんじゃないかと送り込むことにした。
帝国のレジスタンスについて人手は十分だとアルブムルナが言ったんだ。
すでに人員は揃えて帝国内で暗躍しているらしい。
(ファナと共和国の姫と王子はまだ裏方だとか、デビューは華々しくとか色々計画立ててるみたいだったな)
エリアボスの配下も送り込み色々動いているとかで、実はグランディオンはあぶれていた。
元から主張が控えめで、どうやら派遣した部下が自立志向の上に優秀で、独自に動くらしくやることがないそうだ。
「いや、ほんと可愛らしな。ちょっとおじさんところでお客さんにお茶配る仕事とかしぃひん?」
カトルが赤くなるグランディオンを食い入るように見つめてそんなことを言い出す。
「おほん」
俺が咳払いすると、カトルはそれだけでわかったらしく立ちあがる。
「いやぁ、トーマスさんのお知り合いは顔がよろしなぁ。実はその怪しいペストマスク、よろしすぎるお顔隠すためとか」
「まさか」
「いえ、大変美しいご面相をしておられます」
「はい、すっごくきらきらです」
俺の否定に被せてヴェノスとグランディオンが褒める。
そのせいで糸目のカトルはちょっとやさぐれた雰囲気になった。
けど誤解だ。本当に誤解だ。
こいつらが言ってる顔はお前が思ってるのとはかけ離れてるからな。
(宇宙顔相手に、まず顔の美醜の範囲からしておかしくなるからな? 目鼻立ちの美しさなんて彼方にある顔だぞ?)
言えないし見せる気もないが信じないでほしい。
同行断っても、こうして船内の見物は許可取って案内までしてくれるって言うのに、変に敵愾心を持たれても困る。
ここは下手に出よう。
「人員を増やして申し訳ない。カトルどののご厚意に甘えさせていただく」
「何言ってはりますの。困った時はお互いさまですよって。帝国に用がある言うトーマスさんがこれへんのは残念ですけど。まぁ、こんなかわいい子なら戦争の機運の高い国に置いておくのは不安でしょ。運良くうちの出発があったなら乗らな損ですよ」
俺はここでこいつらとは別行動だ。
別にライカンスロープ帝国まで同行しても良かったが、ティダが騒いだんだ。
俺が王国でヴェノスと一緒に行動してたことで、帝国での頑張りも見てほしいと。
「とは言え、こっちも情報得られた恩返しですわ」
カトルはそう言って肩を竦めた。
商売人として、金級探索者壊滅やダンジョンに隠された強敵の存在をいち早く知れたことに価値があるそうだ。
恩返しと言いつつ実利はしっかり握るというのは、わかりやすいからこっちも頼りやすい。
(イスキスは駄目だったが、こいつも手本にはなるか? いや、コミュ強をどれだけ参考にできるかわからないな)
今後も使えそうならここでさらに恩を売っておくのもいいかもしれない。
ダンジョンで拾った色付き魔石か? 未開封の毒消しならダースでもいいんだが。
そんなことを考えている内に、俺はカトルに案内されて船の中へ入った。
「わ、木の板ばっかり。み、水は大丈夫ですか? 濡れたりしませんか?」
「船は木でできているからな。あぁ、そう言えば水が苦手だったか」
グランディオンが尻尾を挟み込んで震え出す。
確か水が怖いという設定があった。
というか、エネミーの狼男全般の弱点が水属性だ。
だからグランディオンはあまり湖上の城にも現われない。
そして広さのある石橋は耐えられても木製の船は恐怖らしい。
「石は沈むが木は浮く。大丈夫だ、グランディオン」
「そうですよ。怖いならトーマスさんにギュッとくっついてればよろしい」
カトルが微笑ましそうにそういうと、グランディオンは迷う様子で俺とカトルを見る。
なので腕を差し出せば、グランディオンは尻尾を立てて腕にくっついてきた。
「え、えへへ」
「やぁ、可愛いなぁ。その別嬪さんなら二十年は稼げ、おっと失礼」
カトルが本音を漏らし口を塞ぐ。
(だが、残念。男だ)
こういう騙しのために作ったキャラだからもちろん黙っておこう。
二十年経ったらおっさんに、おっさん、に…………なるのか?
あれ? 狼男の成長って何か決めてたか?
っていうか、設定としては少年だったはずだが、まさか少年のままとかないよな?
自分の設定の強制力が何処までなのか全くわからない。
ゲームの設定もこの世界に適応して変わっている。
だったらNPCも適応して年取る、のか?
「…………まぁ、成長してもしなくても何も変わらないか」
「はい! もちろんです! 僕はか、えっと、トーマスさまが大好きです!」
俺の独り言にすぐ隣のグランディオンが宣言した。
何故かヴェノスが何度も頷いている。
「トーマスさんはほんにようもてますな」
「そうでもないさ」
じっと見て来るカトルを受け流し、俺たちは案内されて甲板に出た。
物など多く見通しは悪いし人も多い。
ここは遊覧船などではなく商船だ。
移動の足として金を払い乗り合いをする客もいるらしいが、主目的は荷運び。
そのため甲板の見晴らしは必要最低限にされている。
それでも海の風と匂いが辺りには広がっていた。
そして聞こえる潮騒と鳥の鳴き声という典型的な海辺にちょっと感動を覚える。
「海だ」
「こちらの海は色が違いますね」
「おや、ヴェノスさんは見たことがあらはる?」
そんな話をしつつ甲板を進み、海原が見えるヘリを目指す。
グランディオンは床を見つめて俺にしがみついていた。
「ここから就航して西回りで大陸を回ります。吸血鬼の領域に一度補給に寄港しますけど、その後はライカンスロープ帝国まで一直線ですね」
吸血鬼は傭兵のようなものだから、きちんと契約を交わせば大丈夫なのだとか。
反対に寄港できる立地のエルフの国は、人間も亜人も完全拒否で補給できないらしい。
「面白いな。色々ある」
俺は未知を前に、王国での失敗も帝国の隆盛も今は脇に置いた。
今からでも一緒に船旅をしたい気分になるが、それではティダとの約束を反故にしてしまう。
アルブムルナもやる気を出して、帝国に自ら赴く許可を求めて来た。
さすがにエリアボスの半数以上が留守はまずいので、留守番にされたイブやスタファ、チェルヴァのほうにも顔を出さなければいけない。
あ、あとネフ…………はいいか。
(帝国に観光できるところってあるかなぁ)
俺はちょっとはるかな水平線を眺めてそんな現実逃避をしたのだった。
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