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118話:ルージス・シュクセサール・ソヴァーリス

他視点

 やられた!


 私は感情のまま机を叩く。

 その音に報告をした近侍が肩を跳ね上げた。


「ルージス殿下、お鎮まりください」


 側近が私の粗暴な態度を窘める。

 確かにこれほど感情を露わにするのは褒められたことではない。

 だが、不遜にも継承争いに踏み込んだ弟のアジュールにしてやられたとわかっては、胸の内が荒立つ。


「…………ふぅ。わかっている。報告は確実なのだな?」


 息を吐き出して私は近侍に問い直した。

 間違ってたでは許されない状況を察し、近侍は確かに答える。


「はい、金級探索者『酒の洪水』がアジュール殿下の依頼を受けたことは探索者ギルドも把握しております。そちらから引き出した情報では、確かに未踏破ダンジョンと思しき建造物を発見したと」

「国内にそんなものがまだ残っていたのか」


 にわかには信じがたい。

 だがこんな偽情報を撒く有用性はなく、『水魚』との面会を断って何か慌ただしくしていた動きは掴んでいた。


 私の言葉に側近がダンジョンに関する情報を上げる。


「五十年前にダンジョン発生が相次ぎ、王国内でも捜索が盛んに行われております。ただそれも今は過去のこと。探索者でも未発見のダンジョンを探すために当てもない探索をする者などおりません」

「だが、アジュールは探し当てた。五十年誰も目にすることのなかった建造物を」


 自分の言葉に苛立つ。

 そんな動きを察知できなかったことにも。


 何より、降ってわいたような話が、本当にアジュールだけの手柄かと疑ってしまう。

 誰かの助けがあったのではないか?

 秘匿していた情報をアジュールのために開示したのではないか?

 そんなことをする相手に一人心当たりがあるのが、口惜しい。


「陛下…………」


 思わず苦い声が漏れる。

 アジュールを可愛がり王位を継がせたいという欲を出し始めた父である国王の一手を疑う。

 王妃である母に継承権に関わる権利はないが、王妃は国王に近く直言を許される。

 その王妃がアジュールを推し、元から可愛がっていた陛下も心動かされているのは知っていた。


 それでも能力は私が上で、執務も預けている現状でまさかそんな暴挙に出るとは思うまい。

 それとも私が現状に胡坐をかいていたとでも?

 いや、失点を犯さないよう慎重に行動をしていたのだ。


 だからこそアジュールに加点となる大発見を、陛下が与えたのか?


「陛下がこのことをご存じかは。調べ不足です」


 私の発言を誤解した近侍が恐縮する。

 だがその答えは明白だ。


「本当にアジュールが見つけたのなら、あいつは勇んで陛下に報告申し上げるだろう。その上で私に陛下も秘しているのだ」

「それは…………」


 私は片手を上げて側近の声を遮ると、事実のみを続ける。


「ダンジョン発見を告げないのは危険を放置することにもなる。何よりアジュールの注目を求める性格を思えば陛下へは自ら報告をしている。これに相違ないな?」

「はい。ですが、それをルージス殿下に言わない理由は」

「俺をこの話から外したいからだろう」


 それ以外にないのに、側近も近侍もショックを受けた顔をする。

 当たり前の帰結だ。

 ことをアジュールだけの手柄とするには、私が入り込む余地は作らない。

 出遅れた現状から、私が外されたのは確実。それが誰の意向かは、推測の域を出ないが。


 だが一つ、アジュールが間違いを犯したのではないかと思われる報告があった。


「探索者は『酒の洪水』と言ったな。ずいぶん癖のある探索者だったはずだが」

「『水魚』が壊滅していなければそちらに打診する予定だったそうです。ただ『酒の洪水』は金と実利に忠実なので、受けたからにはどんな手を使っても成功をもぎ取るという実績があります」

「なるほど。御しやすく、結果を重視した結果か」


 成功すればアジュールは大きな成果として喧伝できる強みとなる。

 特に五十年前から新たなダンジョンが発見されていない分、話題性もあった。

 そしてノーライフファクトリーに代表されるように、ダンジョンの有用性が確かな分国への後見ともなる。

 アジュールの判断は間違いとも言えないか。


 側近が私の耳元で声を落とした。


「『酒の洪水』との離間を行いますか?」

「してどうする。アジュールは失敗を探索者に押しつけるだけで逃げる。ましてや見つけただけでもプラスだ。やるだけの成果がないだろう」


 すでに私は出遅れている。

 陛下に報告は届いており、すでに向かわせる探索者も押さえられているのだ。

 今から首を突っ込むのも難しい。


「場所はわかるか?」

「いえ、秘匿されており探り切れませんでした。今も動向を探り場所の特定は鋭意調査中であります」


 見つけたダンジョンらしき建造物が国内の何処かにあるなら、探しようはあるが時間はかかる。

 後手に回り続ける愚は犯したくないところだが。

 建造物がダンジョンなどではないというのが一番だがそれは運任せの無策だ。


「候補としては西か南の山脈内か。国境であることと広範囲であることから国土と言えど人の出入りは限定的だ」


 北は帝国、東は小王国に接しており、戦争もあってそちらの方角は人の出入りが盛んだ。

 人目がある分、アジュールが人を動かしてばれないわけがない。


「そう言えば、西の山脈で巨人の目撃情報があったはず。もしやその動きによって今まで目視できなかった建造物が発見されたのでは? 他国のダンジョンには地下にあるものや魔法によって隠されているものなどもあると聞きます」


 側近がそう意見を上げた。

 確かに真っ先に陛下を疑ってしまったが、本当に偶然アジュールが見つけた可能性もあるか。


 ヴァン・クールが知らせた巨人は、確かその際に未確認の魔物とも遭遇していた。


「そういうことか。未確認の魔物はダンジョンと共に現れる。もし五十年前現われて未発見のままならダンジョンの外に溢れていてもおかしくはない」


 アジュールはその可能性を追ったのか?

 賭けとも言えない低い確率だが、アジュール周辺は玉石混交で低い可能性を誇大に聞かせる者もいたかもしれない。


「失礼いたします!」


 許しも得ずに秘書官が駆け込んで来た。

 切迫した表情に、私は諌めようとする側近を止める。


「どうした?」

「『酒の洪水』が銀級探索者に声をかけているとの情報から人を張りつかせていたのですが、その中で気になる言葉が」


 どうやら監視から重要な報告があったらしい。


「例のダンジョンらしき建造物は街一つのような形と規模をしているとのことです」

「何?」


 聞こえた全員が息を呑む。


「街? そんな大きなものが今まで発見されもせず?」


 側近が疑いのまなざしで聞き返す。

 だがそうした大規模ダンジョンが現われた前例はある。


 パズルの街ルービックというダンジョンだ。

 帝国と小王国の国境近くにあり、街一つがダンジョンなのだとか。

 今なお異界の悪魔が巣食うと言われる場所で、探索者も一度入ればほとんどが帰ってこない。

 そのため実入りどころの話ではなく探索者ギルドも近づかないことを奨励しているのだとか。


「パズルの街ルービックについて詳しい者は?」


 私の問いに側近の学者が一人前に出る。


「二百年前に現れたダンジョンです。四角い建造物の積み重ねでできた街は、常にその形を変えて迷宮と化しているのだとか。内部に異界の悪魔が確認されたのも二百年前のみで、討伐の記録はありませんが今もなお生きているかは不明です」

「街というからには住人がいるのだな?」

「パズルの街ルービックであるならば、そうです。ただ殺せば減り、減ったまま新たに住み着く者はいないとのこと」


 ダンジョンと言ってもノーライフファクトリーのように、ゴーレムが延々製造されるというわけでもないのなら果てはある。

 ただ、異界の悪魔は英雄が命懸けで倒さねばならない強敵。

 帝国も手をつけないのならばそれだけ割に合わない難物なのだろう。


「本当に街だったとして、今まで見つけられないほど静かであるのなら枯れている可能性もあるのでは?」


 近侍が思いついた様子で意見を上げた。

 ダンジョンにはたまに機能不全を起こしたというものがある。

 そうであるなら有用性も下がり、それは翻ってアジュールの手柄の減衰になるだろう。


 いや、これも結局は希望的観測か。


「まずは実物を確認しないことには動けない。西の山脈の巨人が現われたと報告のあった周辺を秘密裏に探れる人員を送り込め。アジュールの配下がいるだろうが、見つからないことが絶対だ」


 私の命令に一様に難しい表情が広がる。

 だがやってもらわなければ挽回もできない。


「それと、ヴァン・クールに詳しく巨人と不明の魔物を見た時の様子を聞き取れ。それとなくアジュールと接触がなかったかも探れ」


 幾つかの指示を出して部屋から近侍もすべて出す。

 情報の精査や新たな情報の収集体制も必要だ。


 だが何より私が一人になって考えたいことがあった。


「何故今、国を割る?」


 いない相手への愚痴を吐く。

 北の侵攻は今収まっているだけで終わってはいない。

 いつまでも王都にヴァン・クールを留め置いているせいで、北の戦線との関係は冷えている。


 次の侵攻までに北の将軍たちを鼓舞し恭順させる方法を考えるよう陛下にも上申した。

 だが貴族たちの反目を表面上押さえつける以外に陛下は手を打っていない。


「アジュール周辺がこれを機に力を持つように機を窺っている? は、そんなことはあり得ない。何より時勢も読めずに争いを起こす者など害だ」


 陛下はそれをわかるはずだ。

 なのに何故アジュールを可愛がる。私を…………。


 いや、だとすれば、もはや陛下に国王たる資質はない。


「手を、考えなければな」


 私は壁に飾られた剣から視線が外せないままそう呟いた。


隔日更新

次回:イブの砦

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