117話:再会の約束
受け取らないかに思えた時、アクティが俺の出した色付きの破片を掴む。
そして大事そうに胸に抱いた。
「また、会ってくれるんだね」
「うん? あぁ、そういうことになるか。そうだな、次に王国に来た時には『水魚』に会いに行こう」
ただの社交辞令だったが、なんだか再会の約束になってしまった。
まぁ、会うくらいどうとでもなるか。
俺には転移の力がある。
来ようと思えばいつでも来られた。
俺の答えにアクティが笑う。
「いつになるかわからないけど、必ずその時も『水魚』はある。私たちはいる。約束する」
「そうだよね、トーマスが王国に来てもう『水魚』なんて探索者いないなんて言われないようにしないと」
「うわ、そりゃトーマスだけじゃなく、リーダーたちにも顔向けできねぇよ」
オルクシアとガドスもなんだか意気を新たにした様子でそんなことを言う。
それらの言葉でオストル少年も両手で拳を握った。
「トーマスさん、帝国のほう行くんだよね? そこから西の港までってことは、船に乗るの? 帝国も離れるとしたら一年は戻れないだろ? それまでに俺、一人前になって『水魚』を支えるよ!」
「そうなるか? いや、そうか。だが焦ることはない。会ってすぐに返せとは言わないんだ」
帝国行くのは乗り掛かった舟というか、カトルが船に乗って国に帰るついでに行くだけなんだが。
まぁ、大地神の大陸に戻るとも言えないし、ここは適当に合わせておこう。
やる気に満ちたオストル少年を宥めるとサルモーが大きく溜め息を吐いた。
「好意には感謝する。正直ありがたい。リーダーの親類が遺産として分け前を寄越せなんて馬鹿なことを言い出しているんだ。貴族の強欲は本当に面倒だ、面倒だからこそ少しの警告をさせてくれ」
「ほう?」
なんのことかわからんが、サルモーは真剣だ。
貴族関係と言われても俺に思いつくことはないしな。
面倒ごとかもしれないがここは聞いておこう。
『水魚』壊滅でサルモーたちが注目を集めていることはわかっている。
場合によっては俺が同行していたこともわかっている者がいるんだろう。
つまり、俺も誰かに目をつけられたということか?
「実は今回『水魚』がこんなことにならなかったら、依頼が入る予定だった。もちろんこの状態だから無理なんだが。ノーライフファクトリーに行く依頼の後に、詳しく話を聞く予定になっていたんだ」
「それは、残念だな」
仕事の予定が潰れるなんて、最悪だ。
俺もフリーランスだったからこそ覚えがある。
企画が進まずそれこそ企画倒れに陥ったことや、使った時間は戻らず益もない収入もないむなしさなど。
う、ないはずの胸が痛い…………。
「そうでもない。受けてもいい話ではないんだ。さわりを聞いただけだが、労力の割に危険のほうが大きい可能性もある」
俺の言葉は的外れだったのかサルモーが首を横に振る。
けれどそれを見てアクティは首を傾げた。
「そう? お師匠が生きてたら喜んだはずでしょ。それに探索者なら誰しも夢に見る依頼じゃない」
探索者なら?
それにホロスが喜ぶってどういう依頼だ?
そしてオルクシアたちも不思議そうにしている様子から、どうやら仲間にも話してなかった内容らしい。
「依頼主は王国の、上層とだけ。すでに別の探索者が受注した依頼だから本来広める話じゃないが、聞いてくれ」
どうやらオフレコ情報を俺に流すつもり。
語るサルモーに知ってるらしいアクティも異論はない様子だ。
「私がすでにこの国を出るのは決定している。それを覆せないとわかった上でなら聞かせてもらおう」
「君の道行きを止めるつもりはない。もちろん残ってくれるなら、いや、これ以上言うと縋ってしまいそうだ。やめておこう」
「サルモー、弱気にならないでよ」
アクティが眉を寄せるとガドスも声を上げる。
「地下ですでにお荷物だったんだ。俺らは良くてもトーマスに迷惑なだけだろ」
力量差を知ったからこそ、『水魚』の再起に俺という戦力を入れても立て直しにはならないとわかっているらしい。
本気で考えている証拠なのだろう。
「そうだな、話を戻そう。その依頼というのが、どうもダンジョンと思しき由来不明の建造物が見つかったことなんだ」
「ほう?」
「え!? ダンジョン!?」
俺も興味持ったが、オルクシアが声を裏返らせる。
それにアクティが口の前に一本指を立てた。そう、これはオフレコだ。
オルクシアは慌てて両手で口を覆う。
ただその手の中から小さく詳細を尋ねた。
「そんな話全然なかったんだけど? 未踏破ダンジョンなんて見つかったら国中上げての大ニュースでしょ?」
「そう、こちらもさわりで語られたのはあくまで不明の建物だ。もしかしたらずっと忘れ去られていた物かもしれないし、枯れたダンジョンかもしれない。ぬか喜びにならないとも限らないから、確定してから大々的に発表するということだった」
サルモーが意味の分からない言葉を使う。
「枯れたダンジョン? それはなんだね?」
「トーマスさん知らない? ダンジョンとして壊れてることがあるんだよ。魔物が湧いてこないんだ。扉が絶対開かなかったり、真っ白な空間だったりするって聞いたよ」
サルモーに聞くとオストル少年が答え、それをアクティが補足する。
「お師匠が言ってたけど、過去の英雄はそれをバグかパグだか言ってたらしいって。五十年前は新発見のダンジョン幾つかあったから聞いたことあったみたい」
虫か犬か?
いや、過去の英雄がプレイヤーなら、それはバグだ。
考えてみればあり得ることじゃないか。
電子機器でもコピペを失敗してデータが破損する。
それを異世界単位で行ったんだ。
置き換えかスケールダウンがある状態で、破損して機能しなくなっててもおかしくはない。
聞く限り、枯れたダンジョンとは突如現れた異界の建物だけれど、外見だけで中身がないことらしい。
バグってるとかつてのプレイヤーが形容したのなら、テクスチャだけがこちらに来てしまったような物なのかもしれない。
「枯れてるかどうかはともかく、ダンジョンとして機能しているなら、つまりは未踏破ダンジョンの調査だったと?」
「そうなる。まぁ、リーダーが生きてても受けるかはわからないな。ホロスどのは宝箱目当てで行きたがるだろうけど。確かにそれは魅力だが、相応の危険もある。対策が取れないんだからね」
何が危険でどんな備えをしていればいいかがわからない。
つまり命を懸ける度合いが跳ねあがるから、よほど腕に覚えがなければ受けない依頼なんだろう。
ただそれはこの世界の人間の話で、俺やプレイヤーにとっては既知の情報である可能性が高い。
(きっとゲームにあったダンジョンだし。宝箱が美味しいダンジョンなら先回りしてクリアもありだな)
俺はサルモーに探りを入れることにした。
「王国の上層から直々に依頼されるということは、場所が王国なんだな?」
「さすがに受けてないから詳しい場所はわからないけどね」
場所がわからないのは残念だが、NPCに探させるか?
いや、美味しいかどうかは未定なのだから、高難易度でしょぼい実入りの可能性もある。
アイテムや素材が取れるならまだしも、経験値倍化のダンジョンなんてエネミーになった今、なんの旨味にもならない。
「しかしそうなると、王国側も放置はすまい。『水魚』に代わって受けるなら金級、双子が二組というパーティか?」
俺の質問にアクティは顔を顰めて答えた。
「…………『酒の洪水』よ」
「はぁ!?」
俺じゃなくガドスが声を上げた。
だが気持ちはわかる。
「それはさすがに命知らずだろう? パーティとは名ばかりにメンバーは一人だ」
「もちろん『酒の洪水』が選抜した別の探索者も連れて行く予定らしいと聞いてる」
「ちょ、それ絶対盾か囮だし、最後まで生き残っても取り分のために頭数減らされるんじゃ」
オルクシアは酷い言い方だがやりそうだと思えてしまうのがフォーラだ。
「だから、トーマスは『酒の洪水』から声をかけられても乗らないように」
どうやらサルモーはそういう忠告をしたかったらしい。
オストル少年は話しの着地点を聞いて大いに頷く。
「オークの新種で怨んでるからあえて誘うとかありそう」
「私は怨まれてたのか」
あんな一回きりのことで、面倒な奴だな。
そんなのがいるとわかったら先回りはあまり得策でもないか。
考える俺へ、さらにアクティが教えてくれた。
「今回のことで今王国で活動してる金級は二組になったわ。私たちは銀に降格予定よ。それだけでもフォーラは増長する。トーマスは一人だから狙い目なの。それにもし依頼達成したらフォーラの発言権は強くなるし、絶対絡まれる」
「あぁ、なるほど。王国を出るまでは避けたほうがいいわけか。了解した」
俺が告げるとサルモーは心苦しい様子で口を開く。
「命の恩人にこんな警告しかできないなんて申し訳ない。同じ金級として庇えれば一番だったんだが」
「いや、知らないよりはずっといい。そちらも大変な時期だ。私のことは気にするな」
というか未踏破ダンジョンがあるなんて盲点だった。
だが思えばこの世界にあるダンジョンは位置関係がバラバラだ。
ゲームどおりじゃない分、人間が行ける場所にあるかどうか運しだい。
(ダンジョンの名前がゲームと同じままな分、この異世界でも探しやすくはあったんだよな)
ゲームでも山岳にあったビーストホールというダンジョン。
ゲームと同じくこの世界の山にあり、現地人に踏破されたいた。
けれどノーライフファクトリーと位置関係がゲームと違っていたんだ。
ダンジョンが存在していたのはゲームと似た環境だが、東西南北や距離はゲームと全く違うことになっている。
どのダンジョンがこの世界にあるかもわからない。
つまりは探さないと見つからないんだ。
(それで言えば大地神の大陸が据えられた山脈は人が入れないから狙い目か?)
わざわざ危険人物と同じ場所を狙う必要はない。
未踏破のダンジョンなら探せばいい。
「有益な情報、感謝する」
俺は心からそう告げたのだった。
隔日更新
次回:ルージス・シュクセサールソヴァーリス