116話:アフターフォロー
俺はダンジョンから王国の王都へと戻った。
探索者ギルドには顔見入りの若い受付嬢がおり、何を言わずとも俺の姿に席を立つ。
案内されて向かったのは『水魚』と初めて会った会議室だ。
扉を開けてもそこには以前のような人はいない。
たった五人になった生き残りたちが俺を待っていた。
「体は大丈夫か?」
最後に見た時には気絶していたオストル少年に、挨拶がてら様子を聞く。
途端に泣きそうな顔をされて時候のあいさつ程度の気軽さだったせいで驚いた。
泣き出すかと思ったオストル少年は、けれどぐっと我慢をする。
さらには濡れる目じりを乱暴に拭って歪な笑みを浮かべてみせた。
「トーマスさん、本当そういうところ薬師なんだね。あんなに強いのに、一番に心配なんて」
「いや、大人として当たり前のことを言っただけだ」
「俺、来てくれないかと思ってた」
「まさか」
俺とオストル少年のそんなやりとりにアクティたちは息を吐く。
なんだか妙に張りつめていたのは気のせいではないらしい。
受付嬢も何やら心配そうな目配せをして会議室の扉を閉めて行った。
俺は断りを入れて椅子に座る。
何故か全員の視線が俺に集中した。
五対一ってなんか面接でもされてる気分だな。
「まずは呼び出して申し訳ない」
長髪の魔法使いサルモーがまずそう切り出した。
今や『水魚』最年長の魔法使いだ。
強者や英雄の話に興味津々で案外明るい奴だったんだが、今では別れて数日で頬がやつれ顔つきが変わっている。
パーティ壊滅はゲームならデスペナ程度のことだ。
けれど現実だと色々後に生じる始末がある。
人が死んでいるんだ。
俺が生まれ育った世界でもそうだったと思い出し、その実感がサルモーを前にしてようやく生じた。
(やっぱり今の俺は人間としての感覚が薄い。妙に冷静だ、いや、他人ごとか? これは気を抜くと共和国で失敗したNPCたちの轍を踏むかもしれないな)
体感でしかないがNPCといるほうが心が動く。
焦るし戸惑うし対応に迷う。
なんとも人間らしい情動だろう。
けれど『水魚』といるとこんなものか程度の感想しかない。
予定外は多いのにあまり気にならない。
思考を割く必要性も感じない。
だから社交辞令がするりと出て来る。
「面倒ごとを引き受けさせてすまないな」
「なに、君は元から仮加入だったんだ。巻き込んだのはこちらのほうさ。我々も色々な付き合いや伝手があってね。今回のことで各所に連絡と今後のことについて話さなければならなかった。それで忙しくて、少々疲れが顔に出てしまっているが気にしないでほしい」
サルモーは冗談めかしてこけた頬を撫でる。
聞けばイスキス以外にも『水魚』には貴族がおり、死んでいる。
というか魔法使いは一定の学習が必要で、それができるのは裕福な家庭のみ。だから魔法使いには基本貴族がなるものなんだとか。
イスキスがリーダーを務める『水魚』の魔法使い四人は全員が貴族の血筋だという。
「そうだったのか。それでは、ホロスたちも」
死んだ魔法使い二人も貴族となれば、身分制度のあるこの国では俺が思う以上に大きな問題になっているのかもしれない。
「探索者になる時点で家とは切れてるんだけど。それでもやっぱり報告はね」
本人も貴族令嬢だっただろうアクティが、蓮っ葉な様子で付け加えた。
サルモーと同じく疲れが見て取れるが、まだ目に覇気がある。
「家の名前で受けた依頼もあったし、紹介されたお客もいたから筋は通さないと。今後のためにも」
「今後か。『水魚』はどうするんだ?」
残っているのは後衛弓手のガドス、斥候のオルクシア、荷物持ちのオストル少年に魔法使いが二人。
強化ゴーレムとの遭遇順で考えれば順当だが、前衛が全滅している。
「ねぇ、率直に言って。私たちじゃ無理だと思う?」
オルクシアがうつむきがちに聞いて来た。
今までは慌てることはあってもしおらしくはなかった女探索者が、ずいぶんな変わりようだ。
怪我で逃げることもままならないオーク戦でも、傷が癒えれば怖じ気づくことなく戦線に走って行ったのはつい先日だというのに。
それが今は悄然としている。
それだけ仲間を多く失ったことが気を重くしているということか。
「やり方次第だ。それこそ『酒の洪水』のような、自らが決して傷つかず勝てる方策しかとらないという、慎重さと損切りが必要にはなるだろう」
「そりゃ、仲間を見捨てろってことか?」
ガドスが以前よりも険のある表情で俺を睨む。
「違う。五人の誰も欠けないという保身が必要だ。前衛がいないのなら逃げる時間を稼ぐなんて無理だ。だったら、決して攻撃の当たらないところから敵を倒せ。そのための戦力は十分にある」
「巨人を倒せるほど?」
アクティが冗談めかしてるが目には本気の色を宿して聞いた。
(ゲームでも連戦連勝の安定グループが一人ゲームを卒業した途端瓦解するってあったな)
今までの勝ち筋を続けられないことで、何をやっても上手くいかない。
欠けた人員を補うメンバーを新たに入れても、今までどおりではないため上手くいかないとして調子を崩すんだ。
慣れも必要になる間に、以前よりもと比較して嫌になる者もいる。
いっそ解散して独自にやり直したほうが上手くいくこともあった。
そうでないなら残った人員で新たな勝ち筋を作るしかない。
「今まで以上に斥候が重要になるだろう。見落としは許されない。魔法と弓という後衛に偏っているからこそ、その長距離攻撃を最大限に生かす力をつけなければ何も倒すことはできないだろう。今までのように必要に応じて中衛に上がるなんてことはご法度だ」
俺の指摘にオルクシアは息を飲んで顔を上げる。
ガドスは困ったように自分の手を見ていた。
アクティは俺を見たまま視線を逸らさない。
サルモーは考え込むように明後日の方向を向いた。
「一番進歩を要求されるのはオストル少年だろう」
「俺? 俺、荷物持ちだけで、まだ戦闘は…………」
「だからこそ、退路と回復を担わなければいけない。今までのように守って育ててもらえない。だったら成長するしかないだろう?」
「俺…………できる、かな?」
「やらなければ君自身が荷物となるだろう」
「トーマス、それは言いすぎだ」
ガドスが俺を諌めるが、オストル少年自身が首を横に振った。
どうやらガドスもガドスで仲間を失ったことで過敏になっているらしい。
あんがい繊細なところがあったようだ。
「ううん、お荷物だってのはわかってる。だからこそできることがあるっていうなら、俺、リーダーに助けられた命だ。『水魚』の力になりたい」
少年の決意表明を受け、ガドスはオルクシアに背中から叩かれる。
そんな仲間に一度目を向け、アクティがまた俺を見据えた。
「ありがとう、トーマス。私たちもオストルのことはどうしようかと迷いがあったの。本人が決めているなら何も言うことはないわ」
「繰り返しになるが、今後どうするかは決まっているのか?」
「私が『水魚』のリーダーになる」
「サルモーではないのか?」
「いや、ひとを引っ張っていく力はアクティのほうがしっかりしてる」
そう言うサルモーは補佐として新生『水魚』を続けるそうだ。
壊滅はもう王国以外にも広がるニュースになっている。
生き残った『水魚』はこれから大変だろう。
「そうか、では今回の同行の礼と、君たちの前途を祝してこれを」
俺は一つの魔石を机に置いた。
それは青い色のついた破片。
「あ、これ」
オストル少年が気づいて声を上げる。
だが、違う。
これはダンジョンの裏面で俺が砕いてしまった魔石の一部だ。
形が似てたからご祝儀と本当に礼の意味で渡すことに決めた。
(金級探索者でもレベルは五十以下。これは有用な情報だ。今後伸びても六十に到達する探索者は数える程度だろう。その情報料だ)
俺が差し出す魔石に、アクティとサルモーは苦い顔で目を見交わす。
「どうした?」
「ううん、もうこれが必要な依頼終わったんだ」
「だったら資金にしてくれ。君たちの役に立てられるなら私はどんな使い道にも文句は言わない」
アクティにそう答えたものの、サルモーがダンジョンの地下の時と同じように拒否した。
「もらえない。これはあのダンジョンで手に入れたんだろう? 君はこちらの損害を理由に配当も受け取ってないんだ。これ以上はっこちらも受け取れない」
俺なんて損害はないに等しいどころか、確認や情報の上ではプラスだ。
壊れた杖は他に持ってるし、使った薬は低レアをさらに薄めたものでしかない。
だから気を使われても困るというか、この程度でそんな気負われても困る。
「そうか、ではこれは貸しだ」
「おいおい、お前には今すでに大きな貸しがあるんだぞ、俺たちは」
「そうだよ、命助けてもらってさらに希少品を貸しなんて」
ガドスとオルクシアまで文句を言い始めた。
「いや、それはパーティに入れてもらったんだから、パーティメンバーとして当たり前の行動だ。これは次に会う時までに返してくれればいい。どんな形でも構わない」
それっぽい言い訳をして、俺は色付きの欠片を新生リーダーのアクティの前に置いた。
まぁ、壊滅させてアフターフォローもなしなんてプレイヤーに知られたら印象悪いし。
弱体化しても金級っていう希少価値のある相手だ。
伝手もあるだろうし縁を持ってて損はないだろ。
俺が言ったのはそのための簡単な誤魔化しだった。
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