115話:工房を作った理由
俺とヴェノスはさらにダンジョンの地下を奥へ進んだ。
どうやら以前の探索者は全体の三分の一程度までしか行っていないようだ。
何故わかったかというと、見てわかるから。
「これもやはり動かんか」
「私どもはプレイヤーではありませんので」
俺が手近なゴーレムを叩くとヴェノスが当たり前のように応じる。
今俺の目の前にはゴーレムがいる。
だが寄り集まって微動だにしないのだ。
というかゲームでもある待機状態になっていた。
(データ量の関係で手を抜ける所は抜く。有名なのはオブジェクトの裏側だけど、こういう待機状態で画面の外っていうのもそれだよな)
ゲームでゴーレムを作っても、中身は空だ。
テクスチャを張って行動データがあるだけ。
けれど叩くゴーレムは岩の感触があり、空洞などないので反響する音もない。
つまりゲームとは違う存在としてこいつらはここにいる。
「なのに何故、待機状態が維持される?」
「何かお困りですか、神よ?」
「いや、ただの独り言だ。この世界と以前の世界の理の違いを考察していただけだ」
「大神であられる方はダンジョンのゴーレム一つで世界の理を…………」
それっぽく言っただけでそんな感動したみたいな言い方しないでくれ。逆に恥ずかしい。
というかエネミーがプレイヤーを襲うようにしてあったのはゲームでの仕様だ。
こうしてエネミーであるヴェノスとだけいるとわかるが、その仕様は生きている。
そしてゲームとは違う存在となっているゴーレムは、俺をエネミーとして攻撃対象にしないゲームどおりの行動を取っていた。
(『水魚』と一緒の時には襲われたが、あれはすでに攻撃態勢に入っていたこと、フレンドリーファイアが可能だったこと、あとは最初の起動がプレイヤーであるだけで、その後の攻撃行動にはエネミーでも関係ないとかってとこか)
考えてもきりがない。
検証しようにも手伝ってくれるプレイヤーに当てがないのだから。
わかるのは『水魚』を襲ったゴーレムの起動原因は地下への入り口の開閉だ。
だから動いていたゴーレムとはヴェノスも戦闘をした。
そしてこの奥はプレイヤーに反応して起動するので今も待機状態のまま。
「いや、プレイヤーに関係なく人間か。だが、ここの設置理由からすれば人間にのみ警戒するのも不自然じゃないか?」
「設置理由? 神はここをご存じなので?」
ヴェノスがそんなことを聞いてくるので、俺は思わずその顔をじっと見る。
「お前は知らないのか?」
「申し訳ございません」
「いや、謝るな。うん、そうか。確かに知るはずがないな。封印された後のことだ」
そういう設定だ、そして仕様だ。
『封印大陸』というゲームが始まった時には、神の大陸にいるエネミーはもう封印されて出られない。
つまり待機状態でエリア移動もできない。新規情報など知らない。
そんなヴェノスがゲームリリース後に追加された設定を知っているわけがないんだ。
「となると、神使という言葉も知らないのか」
「寡聞にして」
これはちょっと面白いな。
同時に安心材料だ。
なんでもNPCが勝っていると思っていたが俺のほうが知識で勝ることもあるらしい。
そうとわかって俺は機嫌よく奥へ進んだ。
そこにはゴーレムよりも巨大な扉がある。
ゴーレム自体が人間よりも大きいが、そこにある扉は巨人でも通れそうなほどだった。
「最近は小さな扉ばかりだったのでこうしたサイズの扉は久しぶりですね」
「そう言えば巨人が出入りする場所はこれくらいのものだな」
宝石の城も、湖上の城も巨人型のエネミーが出入りできるサイズで作ってある。
もちろん巨人のエネミーがでて来るエリアだからだ。
「ここは大地神に帰依したネクロマンサーの工房だ。上の工場はここを補助する役割に過ぎない」
「封印されて以降も大神を奉る人間が残っていたのですか?」
「そうだな。封印後にもいた。だが、すでにそのネクロマンサーは死んでいる。そしてこのノーライフファクトリーを遺した」
「このダンジョンは人間が作ったのですね」
「そうだ。ノーライフと名のつくダンジョンは誰がしかが神に通じようと作ったものだ」
そういう設定だ。
俺は喋りながら扉に手を触れた。
すると力も込めていないのに勝手に内側に向けて開く。
扉の向こうには高い天井と奥に続く広間。
広間には机や棚が並び工房の様相をしていた。
「ネクロマンサーがノーライフファクトリーを作ったのは、この地下があったからだ。最も重要な場所の一番近くに自らの工房を作り閉じ籠った。上は籠るために必要な作業を担わせる労働場所でしかない」
「では、あの奥にそのネクロマンサーが神に通じようと考えた何かがあるのでしょうか?」
「そうだ」
奥は暗く、通路があることしかわからない。
いや、こここそが通路の一角を工房にしただけの場所だ。
リリース当初はこの工房でダンジョンは終わりだった。
けれど神使というレイドボスを設定したことでこの奥ができたのだ。
(順番が逆だ。だが、最初からここが神に帰依したネクロマンサーの工房だったと設定していた。それを拾い上げたんだ、あいつが)
俺には考えつかないイベントを打ち立てた後輩は、俺の作った設定を良く拾ってはめ込んで『封印大陸』を成功に導いた。
正直、あれだけ真剣に作った設定を蔑ろにされなかった嬉しさと、それが俺にはできなかった悔しさがないまぜで複雑な気分だ。
「これは、巨人の、ゴーレム?」
奥へ踏み込みヴェノスは目を見開く。
壁際には幾つもの巨像があるものの、作りかけのように腕がない。
そして腕があるのは正面奥の巨像であり、見た目は千手観音に似た、無数の腕を背負う姿をしていた。
「これが神使。形は色々いるが、封印された神々が地上に我ありと示すために遣わす存在だ。ここの神使はお前たちの大陸が復活した暁に、それを知らしめるため動かす予定だったんだが」
大地神の大陸が復活した時のイベント用、つまりはこいつも日の目を見なかった存在。
「神が、そのような…………く、なるほどここまで用意周到に。私の浅知恵では、いえ、やはり神の視点には遠く及ばないと我が身の卑小さを知りました」
「うん?」
「本拠地を隠蔽するには面倒な王国、簡単に征服できる場所を迂遠に攻める。周辺を見て回ったのも情報収集。『水魚』という金級探索者を引き入れての行動。全てはこの神使を有効利用なさるおつもりなのですね」
どうした、どうした? いや、どういう意味だ?
「脆弱な人間を連れて行くくらいならと思っていましたが、『水魚』がここで壊滅したために命惜しい人間たちは近づかない。王宮での継嗣争いがある以上、金級探索者を損なった責任問題はいい攻撃手段です。探索者ギルドも金級が損なわれたのだからまず手に負えないと封鎖するでしょう。この神使は大神のみの…………素晴らしい! 神御自ら動かれるだけでこれほどの意味と結果が生じるとは!」
ヴェノスが一息に喋って両腕を広げる。
神使を見上げる顔はすごい嬉しそうだ。
けど言わせてほしい。
(そんなの考えてなかったから!)
過大評価が過ぎる!
もしかして今の全部最初から想定して動いたと思われた?
無理無理! 話の半分わからないし!
なんでここで王宮関係してくるんだよ!? 王国って面倒なの!? 簡単に征服できる場所って何処だ!?
「…………私は何もしていないさ」
「えぇ、全ては大神の掌で勝手に踊る愚かな人間どもの行動でしょう」
違うけど、納得してくれたならこれ以上は掘り返しても怖いな。
えっと、『水魚』の壊滅でここがばれないように動いたと思われた、くらいの認識でいいのかな?
俺は悩みつつ奥へ向かい、千手観音な神使の前に立つ。
その足元に神使の小さいバージョンが佇んでいた。
「神よ、これは?」
「かつてのネクロマンサーの最高傑作。神使を模倣しようとしてここに工房を作ったのだ」
「これもまた動きませんね」
ヴェノスのいうとおり近づいても反応はない。
ゲームだと入ったらムービーになって起動し、ボス戦へと突入するはずだったんだが。
階段周辺のゴーレムと違って、これは扉を開けて起動ではないらしい。
(それもそうか。ここは後付け。工房のほうとは連動してない)
そして見上げる神使、これももう動くことは…………。
「うん? そう言えば」
俺は思い出してコンソールを開き、プレイヤーとは違う項目をスワイプする。
その中で神使の単語のついたボタンがあった。
「これは…………」
今見たら灯りの消えていたはずのコンソールのボタンがついている。
そこには神使設定の文字が光っていた。
「どうされました」
押そうとしてヴェノスに声をかけられ、俺は宇宙柄の指を止める。
「…………いや、今は時ではない。そう、これはやはり当初の予定どおりにしておこう」
「何やら声が弾んでおられるようだ。神よ、我々はあなたさまの御心に適う者でしょうか?」
「なんだ、ヴェノス。そんな当たり前のことを聞いて」
笑うとヴェノス胸を押さえて跪く。
「申し訳ございません。神の一挙手一投足に目を奪われる小物を、どうかこの先も良くお導きいただきたい。神に劣るとはわかっておりますが、どうかそのお考えを少しでも知らせていただければ」
そう言えば勝手に喋って放置してたな。
ちょっと申し訳なくなる。
けど言えることなんてないんだよなぁ。
「何、この後はお前の働きに頼ることになる。今回はあくまでお前の提案を評価した上で、もののついでに確認に来たのだ。お前の働きを邪魔していないか私のほうが心配だ」
「またそのような…………いえ、ご期待に添えてみせましょう。不肖このヴェノス、神の騎士なれば!」
ヴェノスは気を取り直してくれたらしいが、さて、何をする気だこいつ?
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