113話:オルヴィア・フェミニエール・ラヴィニエ
他視点
私は王宮の一室で最悪の報告に押し黙る。
一緒に聞くルージス兄上も厳しい表情ですぐには発言しない。
目の前には『水魚』の魔法使いが二人座っている。
貴族の生まれで私たちに会えるぎりぎりの身分であるサルモーとアクティだ。
以前ガーデンパーティで会った時とは雰囲気が変わってしまっている。
「確認させてくれ。生き残ったのは五人なんだな?」
「はい、ここにいる二名の他三名のみです」
「リーダーのイスキスは確実に死んだのか?」
ルージス兄上の無情な確認にサルモーは重く頷く。
それにアクティが補足をした。
「はい、抵抗の間もなく一撃で。このリーダーであるイスキスは私たちの中でも指折りの実力者。だからこそ信じられないかもしれませんが、事実です。あの状態で生きているとはとても」
そうして語るイスキスの四肢の状態は、確かに生きているとは思えない。
けれど現状生還した五人、いや六人だけが語ることで補完されない情報だ。
ノーライフファクトリーで見つかった地下という場所へ人を派遣し、人外の所業で命を失った遺体を発見できればそれが何よりの証拠。
ただそれも現状は難しい。
すでに金級探索者『水魚』の瓦解は広まっている。
同時にノーライフファクトリーの隠された地下についても。
それだというのに誰も行かない。
金級探索者が死んだ場所など行けるわけがない。
国として動くにしても、差し向けられる兵はいない。
国境に配備している以外は、王宮の不穏な雰囲気により身動きできない状態だからだ。
「それ程の強敵を前に生き残ったわりに怪我は軽いようだが?」
兵を無闇に動かせない理由の一端担うルージス兄上が『水魚』を見つめて聞く。
改めて見るサルモーとアクティは、表情こそ重傷者のように暗く苦痛を讃えているけれど見える限りでは軽傷だ。
「我々は戦闘をしていません。一番後ろにいて助かりました」
「あとはリーダーに庇われた荷物持ちが一人ほぼ無傷で生き残っているだけです」
沈痛な表情は失くした仲間を悼むと同時に、立ち向かってさえいない不甲斐なさゆえらしい。
けれど襲い来る凶悪なゴーレムを倒して生還している。
けれどそれもまた頭の痛い問題だ。
形からして今まで認知されていたものとは違うというそれを倒したのは『水魚』ではないのだから。
「そのトーマス・クペスはどのように戦った?」
「全ての攻撃を避けることで命を長らえたと本人が言っておりました。最後尾にいて動きを見ることができたからこその勝利だと」
「とても強力な武器を奥の手に持っていたのです。けれどそれもゴーレムの硬さに負けて戦闘中に折れています」
一度聞いた話だけれど、兄が聞き直すほど信じられないことだった。
『水魚』のほとんどが一撃で抵抗の暇すらなく死んだ。
そんな中、共和国の探索者が同行しており、そのトーマス・クペスという者が倒したのだという。
王国では無名だが相当な実力者だったとサルモーとアクティは断言する。
死に際にイスキスからリーダー代理を任されるほど短期間で『水魚』に信頼されもしたそうだ。
そしてイスキスという傑物の遺志に応えて死を無駄にせず対抗策を導きだした。
最後は武器を犠牲に作った傷からゴーレムを一部自壊させることに成功。
硬さゆえに武器が効かないと見るや、自壊させた一部を使っての反撃を試みた。
「私たちは背後に庇われて、何もしていません。いや、できませんでした」
「全てとても短い間に行われました。実際にどれほどの対抗手段を試していたのかは、正確には把握できていません」
入って探索とも言えない時間のできごとだったという。
遭遇と同時にほとんどの仲間が抵抗さえ許されなかった。
たった一人を除いて。
「そのトーマス・クペスは今?」
聞き直してもぶれのない話に一つ頷き、ルージス兄上が別のことを聞いた。
『水魚』壊滅に衝撃はあっても痛ましい思いはない。
顔を合わせて言葉を交わしはしても他人のこと。
そうして切り替えることで動揺しないのは一つの資質だと思う。
私は重い気分を払えない。
ルージス兄上がここにいないアジュール兄上を出し抜く気概があるとわかっていても。
アジュール兄上が自らも関わった依頼で金級探索者という有用な人間を死に追いやったと言われることを嫌ってここにいないとわかっていても。
話を聞いて慰めたい思いと、そんなことをしても意味がないという諦めがある。
けれどそれではいけない。
「あなた方の献身は今後必ずこの国に役立つことでしょう。功績として讃え、私も陛下のお耳に入れましょう」
兄の言葉を無視する形で私は哀悼を伝えた。
切り替えが早すぎて他人がついて行けないのがルージス兄上の欠点とも言える。
自覚があるのか私を咎めるように見た後、『水魚』の二人に視線を戻すだけで何も言わない。
「身に余る光栄でございます。そうしていただければイスキスも我々を生かした甲斐もありましょう」
「すでにギルドからもダンジョンの解明に対しての褒賞の話がありました。決して無駄ではなかったのだと慰められます」
慰められたと口にしても、全く喜んではいない。
当たり前だ。もう探索者として、『水魚』としてはやっていけないのだろうから。
胸の中で膨れ上がる憐れみの思いを見透かすように、アクティが私を見た。
そしてルージス兄上に真っ直ぐ声を上げる。
「トーマスはすでに王国を去りました」
「何?」
「最初からそのように決まっていたので、すでに帝国へ向かっている途上でしょう」
思わぬ言葉に私も息を呑む。
敵国に金級探索者に勝るとも劣らぬ傑物が行ってしまったのだ。
継承争いの箔付けにトーマス・クペスと縁を考えただろうルージス兄上も苦い顔になる。
これでは、批判を恐れて現れないアジュール兄上とどちらがましかわからない。
「巷で噂の紫の亜人と共に出国しているはずです」
サルモーが何げない様子でそう告げた。
今回のことの最初は私の依頼だ。
紫の亜人について調べるようにと。
そのために『水魚』は知己であるらしいトーマス・クペスに近づき、ダンジョン行きも親交を深める狙いを持っていたのだろう。
こうして報告するということはこれで依頼の終了を取りつけたい思いがあるから。
私は一つ確かに頷いた。
「遅くなりましたが、ご依頼いただいた魔石はこちらに。生き延びた荷物持ちが持っていたので持ち帰れました。残念ながら色付きは戦闘のさなかに散逸してしまいましたが」
サルモーが出すのは大きな魔石と破片。
アジュール兄上の望んだ色付きだけがない。
ルージス兄上は片手を上げて側近を呼ぶ。
「用意していた金額の倍を。慰労金だ、受け取れ。それで少しはしのげるか?」
全く温かみのない言葉をかける。
それでも今後の活動ができない中、探索者となって家とも繋がりが薄い生き残った『水魚』には何より確かな助けだろう。
「ご厚意に感謝いたします」
サルモーが礼を告げると、アクティが悲しみはあっても諦めのない目で続けた。
「必ず『水魚』は立て直します」
「ほう?」
決意表明にルージス兄上が口の端をあげる。
その表情には今までなかった関心が浮かんでいた。
最後にルージス兄上の興味を引いた二人を帰すと、途端に不機嫌そうな表情を浮かべる。
「大問題だな。まさか今さらダンジョンで強敵を発見の上、金級探索者で手に負えないとは。五十年前の実力者の薫陶を受けた金級探索者が一斉に引退した後にこれとは。残り二組の金級探索者を組ませたところで地下の攻略は難しいか」
ルージス兄上はそう言って皮肉げに笑う。
「ヴァン・クールの引きはがしはただの愚行だ。だがその後の巨人発見、妙な女の暗躍、公国の騒乱と何かがおかしい」
全く違う話をしているように見えたルージス兄上が私を睨む。
「何を掴んでいる」
「何も」
珍しいことだった。
私に聞くのは負けたようで嫌がるというのに。
それだけ私の能力を認めてくれている証左でもあるけれど、行き詰っているということかしら。
けれどそれは私も同じ。
母である王妃に近づくホージョーの危険性や甘言を指摘しても、次に会えばまたホージョーに篭絡されているの繰り返しだ。
「…………陛下を、お止めする、手だては?」
「ない」
今度は私の問いにルージス兄上が即答した。
王妃から陛下に囁かれる、可愛がる息子であるアジュール兄上を継嗣にとの言葉。
傾いていく人の心を強制はできない。
「お前がフラウスを逃がしていてくれて助かった。あいつは直情的なところがある。下手をすれば陛下に盾突いていただろう」
「そんな、今からでもフラウス兄上と共に…………出過ぎた口を」
「全くだ」
私はまた睨まれて黙る。
ルージス兄上はプライドを傷つけられたらしい。
一人でしのげず王位に手が届かないと私が見切ったに等しい発言だったからだ。
けれどホージョーのせいなのだから兄弟で助け合うのも一つの手。
いったい何処の手の者なのか。
ルージス兄上も突破口としてそれが知りたいのかもしれない。
「まだだ。まだ私には正統性がある」
ルージス兄上が呟く言葉は確かにそのとおりだ。
けれど一つの失点が足を引っ張る要因となる危うさもある。
「今回のことはアジュール兄上でも知らぬ存ぜぬは無理でしょう」
「当たり前だ。あれだけ人のいる場で『水魚』と話していたのだ。ふん、ここという時に前に出られないのがあいつだ」
『水魚』が来て逃げたアジュール兄上は、何か大変重要な要件があるなどと言っていた。
ルージス兄上は態度はともかく弔意を示したことに比べれば、あまりな態度だ。
現状、金級探索者の死に間接的に関わった失点も挽回できる可能性があるのはルージス兄上だろう。
「まだ、まだ…………」
そう思えるのに、何かがおかしいと言ったルージス兄上の言葉が頭の中を回る。
見落としはないか、本当にいいのか。
そんな懸念が渦を巻き、大丈夫という言葉がのどに詰まったように出て来てはくれなかった。
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