112話:縛りプレイ
(嘘だろ!?)
アーツで攻撃したら杖が壊れた。
ありえない!
いや、だが現実は無情だ。
俺は慌てて強化ゴーレムから距離を取る。
それだけでせっかくのけぞらせたエネミーが体勢を立て直してしまっていた。
(くそ! こんなのゲームじゃなかったぞ!? 俺が知らない間に仕様変更でもしたのか!?)
ただそれもありえない。
俺は公式のお知らせは必ずチェックする派だったんだから。
「もう駄目だぁ!」
ガドスが持ち前の大声で嘆く。
うん、背後からでも見てわかる折れ方してるからそう思うだろうな。
(はは、馬鹿みたいな声でちょっと冷静になれた)
確かに武器がないまま人間を一撃で殺せるエネミーの前にいれば寿命は長くない。
だがこれで負けるかと言えば、答えはノーだ。
強化ゴーレムの攻撃は俺に通らない。
そしてステータスが低いとは言えレベル差による攻撃力のごり押しはできる。
つまり俺は殴ってでもこのゴーレムを倒すことはできるんだ。
実際表面では丸いゴーレムより強いレアゴーレムを蹴り砕いた。
この強化ゴーレムはそれよりも強い設定だが、単に打撃数が増えるだけで俺の勝利は揺るぎはしない。
(けどそれやると今まで身分偽って来た意味なくなるし。っていうか、強化ゴーレム殴り倒せるなんて知られたらエネミーばれするだろ。ここに入ったのヴェノスも知ってるから、正体ばらした理由とか後で事情聞かれるだろうしなぁ)
そう考えると目撃者を消して戻るのもなしだ。
俺が『水魚』とダンジョンに挑戦したのは探索者ギルドも把握しているし、他の探索者たちも見てる。
戻らないとなれば捜索されるだろうし、ここが見つかれば俺の死体だけないことに疑問が出るだろう。
死体を消すこともできるが、何よりヴェノスというNPCに他の同行者を見捨てて一人逃げ帰ったなんて情けないこと言えない。
そもそもなぜ杖が折れた?
壊れる仕様はあるが鋭さが鈍ったり曲がっとか傷んだとかそういう形だ。
能力値が下がるだけで完全に破壊されるようなことはない。
俺は攻撃モーションで迫るゴーレムをかわしながら考える。
(どんなにレア武器手に入れても壊れて二度と使えなくなるとか苦労が馬鹿らしくなるだろ。そんなクソゲー仕様、採用するわけがない)
ゲームでは壊れたままでも装備は使い続けることができ、直さないままだとマイナス補正が少しある程度。
それで言えば杖の壊れ判定は曲がっただ。
けれど手の中に握る杖の残りの部分は、地面に突く先がなくなっている。
完全に折れて床に転がってた。
こんなことゲームではなかったぞ。
そう思った時何かが引っかかる。
(同じことをさっきも考えていなかったか?)
それは強化ゴーレムが範囲攻撃をした時のこと。
仰け反りどころかイスキスたちは無残に死んだ。
それを俺は防御が足りない、装備が悪いと思っていた。
だがよく考えればおかしい。
(体の内側まで走る衝撃波を防ぐ防具ってなんだ?)
ティダの戦斧と同じだ。
アーツとしての効果は仰け反りだが、実際に戦斧が当たって仰け反って終わるわけがない。
千切れとんだ『血塗れ団』が普通の結果だ。
では武器として使っているとは言え、杖で岩を叩く、もしくは地面を力いっぱい突いたらどうなる?
(折れるに決まってるな。それに仕込み杖ってリアルでは剣としても打撃武器としても耐久低いって何かで見たし)
つまりはそういうことだ。
鉄の塊ならいざ知らず、ゴーレム叩いて壊れないほうがおかしいという当たり前の結果が今目の前にある。
これはゲームではない現実だからこその折れ方だ。
(本当に妙なところでゲームと現実が混じってるから混乱するな。まさかアーツが武器破壊に繋がるなんて)
その上壊れるのに、アーツ自体は発動した。
つまり俺の動作がまずかったわけじゃない。
アーツとしては正解でも、現実の武器の取り扱いとしては間違いだったというわけだ。
見た目重視のプログラムだからこその失敗だ。
俺は考察をいったん終了して目の前の現実に意識を向ける。
「どうしたものか」
ゴーレムの攻撃を掻い潜りながら呟いた。
攻撃パターンはゲームどおりだから対処できる。
イスキスたちのように当たったら終わりということもないので危機感はない。
が、見てる生き残り四人の目の前でどう不自然ではなく勝つかが問題だ。
(なんだこの縛りプレイ…………)
魔法を放てば早いし、武器はなくてもいいんだ。
なんだったら避ける必要さえない。
けれどそれをしてはいけないと俺は自分に課してる。
トーマス・クペスは人間なのだから、肉弾戦でゴーレムを殴り倒したりしてはいけないんだ。
まったく、やりにくいったらないな。
ちょっと愚痴っぽい思考になって気が抜けた。
そこに強化ゴーレムの薙ぎ払いが来る。
気づけば目の前に迫る腕。
「あぶ…………!?」
俺は咄嗟にしゃがんで避ける。
すると俺の後ろにあった柱に強化ゴーレムが腕を打ち付けた。
瞬間、激しい音を立てて岩でできた腕に大きなひびが入る。
「よ、よっしゃ、自滅! さっきトーマスが剣入れたところだよ、きっと!」
オルクシアが震える声でそんなことを言った。
俺は距離を取りながらゴーレムの腕から剥落した突起を見る。
ゲームによっては部位破壊というのがあった。
『封印大陸』でもイベントボスにはそういう仕様もあったがこのゴーレムは違う。
そしていつまでたっても落ちた突起は消えない。
上のマンションのような一室に出るゴーレムは倒されると消える。
そこはゲームと同じだった。
なのに今落ちてる突起は消えないのだ。
(そうか、周辺に落ちてたゴーレムの残骸。あれはまだゴーレム本体が倒れていない間に落ちた。そして本体は倒されて消えたが、それ以前に落ちた部位は消えないんだ)
表面の一室に出て来るゴーレムは、プレイヤーが去って扉を閉めたらリセットだ。
そういう設定だったから倒してすぐに残骸が残っても、次のゴーレムが補充されると残骸は消える。
いや、どういう理屈かなんて今はいい。
問題はそれが使えるということだ。
俺はゴーレムを十分に引き付けてから走った。
向かうは落ちたゴーレムの突起。
片手で拾い上げると重くて転びそうになる。
それを両腕で抱えて前傾姿勢になることで、ゴーレムの背後からの殴りを危うく回避した。
「そろそろ終わりにしようか」
情けない態勢だったことからちょっと恰好つけてそう声をかける。
だが位置取りは完璧だ。
距離感もいい。
ゴーレムの正面で大股三歩ほど離れてる。
ここで来る攻撃は助走からの大ぶりな殴りつけ。
「トーマス避けてぇ!」
アクティが絶望的な叫びを上げる。
確かに見上げる巨体が迫るのは迫力がすごい。
大ぶりな分威力が高い攻撃なのはわかってる。
だからこそ大きく胸が開くのも知ってるんだ、俺は。
「ここだ!」
俺は一歩大きく踏み出すのと対照的に腕を大きく引いた。
そして持っていた突起を力いっぱい投擲する。
…………ように見せかけた。
実際はレイスのスキルであるポルターガイストでの射出だ。
そしてこれは俺のスキルであるため能力値の攻撃力も加わる。
結果、強化ゴーレムは自身が落とした腕の突起に胸を貫かれ大きく後退することになった。
「…………やったか?」
おい、やめろサルモー。
それは負けフラグだ。
そんな俺の懸念を他所に、強化ゴーレムは大きく胸部を瓦解させて倒れ込んだ。
ほどなくしてゴーレム本体は消え、先に剥落した腕の残骸だけが残る。
「勝った、勝てた? お、俺たち、生きてるのか?」
「うん、生きてる、生きてる…………けどさ…………」
ガドスに震えるオルクシアの声が続く。
辺りには仲間であった者たちの死体。
喜べる状況ではない。
「その、私はリーダー代理を言いつかった分の仕事はした。返上しようと思う。だが、今は『水魚』所属だ。とっておきの、秘蔵の薬を出すのも吝かではないがどうだろう?」
言ってしまえば生き返りだ。
インベントリに入ってるから死んだ全員分の蘇生は可能。
言い訳は、うーん、口止めだけで済まないかな?
少なくともこのまま死なせるのは惜しい。
『水魚』全員ではないが、イスキスはお手本にしようと思った相手だ。
それに金級探索者の伝手があるっていいことだろう。
エネミーとして敵対する可能性高い相手と信頼関係とか、恩売ってこっちについてもらうとか色々使えるんじゃないか?
俺が皮算用していると、思いのほか強いサルモーの声が返った。
「好意は嬉しい。だが、我々は今後続けられるかもわからない。返せないものはもらえないよ、トーマス。今は一刻も早くこの危険地帯を脱するべきだ。幸い足は皆無事なんだから」
「続けるわよ。こんなことで終われないじゃない」
アクティが涙で汚れた顔で宣言した。
「リーダーたちが作った『水魚』が負けて終わりでいい訳ないでしょ。私は絶対に『水魚』を立て直す!」
「待て、大声を出すな。またゴーレムが寄ってきている」
決意表明をしていたアクティが、俺の警告に口を覆って顔色を失くす。
今度は強化じゃないが裏面のゴーレム複数だ。
残った『水魚』では敵わない。
「撤退を…………うん?」
マップ化に反応がある。
見ればプレイヤー表記、つまり人間だ。
柱の陰から見える足は生存者のものらしい。
「生きてる? オストル少年!」
「え!?」
オストル少年はイスキスが最期に庇っていた。
どうやら強化ゴーレムの範囲攻撃を逃れて気絶し、驚いたことに無傷のまま今まで横たわっていたらしい。
そう言えばダウン状態だとゲームでは床に倒れたままだ。
そして立っている他のプレイヤーを優先してエネミーは襲う仕様だった。
どうやら強化ゴーレムの攻撃対象の選定にもゲームの仕様は反映されたらしい。
そんな生存者の発見にガドスたちも涙しながら回収する。
そしてそのまま俺たちはイスキスたちの遺体を置いて、階段を駆け上がることになった。
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