111話:『水魚』の壊滅
尖ったデザインのゴーレムが両腕で床を殴りつけた。
途端に埃が舞い上がり波状に広がる。
それはゲームでもあった範囲攻撃のモーション。
跳んで逃げろと言った俺の警告も虚しく、立っていたはずの四人が吹き飛ぶと同時に動かなくなった。
絶命したんだろう。
(あれは三人以上が近くにいた時にのみに行う範囲攻撃。ティダのあれを思い出して警告してみたが、やはり一撃だったか)
ティダが『血塗れ団』相手に仰け反り攻撃を行った時、予想以上の効果を発揮していた。
大斧を投げてぶつければ、結果として人体は大きな損傷を受け、実際に引き千切れている。
予測できたはずの結果と、予想以下の防御力によってそうなった。
なら、裏面の強化ゴーレムの殴りつけも仰け反り程度でも致命傷になるのではないか。
プレイヤーならダメージは食らうものの一撃で即死はない攻撃。
けれど結果は血反吐に塗れて倒れるイスキスたちだ。
(ゲームでは地面から浮くモーションのあるアーツを打ってると、回避できたんだけどな。ゲームどおりの行動だし、それで回避できたかもしれないのに)
もしくは障害物の影にいることが回避行動となる。
アクティを引っ張り退避行動をしていたガドスとサルモー。
三人は運良く攻撃範囲外へ出ていた。
そして側にいたオルクシアは俺を障害物として回避している。
俺はもちろんノーダメージだ。
レベルが五十までしか出ないゴーレムなのだから攻撃が通らなくて当たり前だ。
この強化ゴーレムは四十から五十台のレベルで出て来るがそんなの俺にとっては誤差でしかない。
「リーダー…………! リーダー、返事して! 立って、立ってよ!」
「もう無理だ! アクティ!」
湿った声で叫ぶアクティをサルモーが怒鳴る強さで引き留める。
俺の背後ではオルクシアが震えているのが伝わった。
いつの間にか俺のペストマスクのローブを掴んでいる。
「ト、トーマス、しじ、指示を、お願い。一人でも、逃げる、ために…………お願い…………」
恐怖と涙で引き攣る喉を動かして、オルクシアはイスキスの最期の命令を遂行しようとするらしい。
その姿に弓兵のガドスも声を上げた。
「アクティなら俺が抱えられる。トーマス、お前がリーダー代理だ。決めてくれ」
すでに強化ゴーレムは移動に変わっている。
攻撃対象が存在しないと判断したのだ。
このまま寄ってくるなら俺たちは五人、また範囲攻撃を受けるだろう。
「リーダー代理か。本当に何故俺なんだ?」
ぼやくけれどこれはチーム戦だ。
リーダーが決めたことなら従わないといけない。
(よく考えたら金級が全滅して俺だけ生きて帰っても問題だしな)
というかイスキス死んだらまずいんじゃないか?
貴族の家離れてるとは言えそっちから文句出ないか?
けれど目を向けるイスキスはどう見ても死んでる。
倒れてバウンドした拍子に腰が変な方向に曲がってるし、死人特有の力の抜けきった様子が見てわかった。
(後で生き返らせたほうがいいのかな? けどこれはオストル少年への口止めよりも難しいぞ。薬の出どころとか色々言い訳を考えないと。それに一人を生き返らせたら他もって言われるだろうし)
生き返らせることならできるし、アイテムも十分にある。
けれどそれをした後を考えるといい案は思いつかない。
ここは一回保留にしよう。
まずは目の前のゴーレムだ。
俺は片手を上げて指示を出す。
「オルクシア、離れろ。動けない。二人ずつで距離を取って俺の後方に立て」
俺の命令にオルクシアが動く。
ガドスも弓を引く腕力に物を言わせてアクティを抱え、無理矢理ペアになった。
そしてサルモーとオルクシアが合流して俺たちは三角を描く形で立つ。
「念のためにゴーレムの残骸を盾にできる位置取りでいてくれ」
「わかった。それで、どうする気だ、トーマス?」
サルモーが杖を構えて方針を確認する。
顔を真っ赤にしているのは、泣きそうなのを堪えているせいだろうか。
「いや、何。奥の手を使うだけだ。ゴーレムが攻撃態勢になって大きく動くだろうから、十分離れていてくれ」
「無理よ! リーダーもお師匠も一撃だったのに一人だなんて!」
アクティガドスの肩の上から俺のほうへ来ようと暴れる。
それをガドスが怒鳴りつけた。
「馬鹿! 俺たちのために命張ってくれるんだぞ! 今は生き延びること考えろ! それが死んだ奴らへの供養だ! このままここの危険性も知られず全滅したら死体を埋葬することもできやしない!」
俺が負ける前提で話してるのは何故なんだ。
いや、どうやら離れていろというのを、戦い始めると同時に逃げろと解釈したようだ。
(範囲攻撃対策なんだけどな)
そしてどうやらガドスは戻って増援を呼んで死体を回収する気らしい。
それはやめたほうがいい。
この強化ゴーレムは本来単体では動かないエネミーだ。
三から六体のひと回り小さいゴーレムが出て来て、そいつらと戦っていると後から来る。
ゴーレム集団のボス的位置づけであり、だからこそ後からゆっくり歩いてくる仕様だ。
その分レアを落とす確率も高いのでゲームではこの強化ゴーレム狙いで狩りがされていた。
色付きで球体の魔石となるとこの強化ゴーレムからしか落ちないし。
(あ、そうか。周辺に落ちてるゴーレムの残骸は、この強化ゴーレムの取り巻きだったのか)
そして表面より強いゴーレムをなんとか倒したところに強化ゴーレムが現われたんだろう。
それで骨になっている探索者たちはやられたか。
「何、お前たちは生きて返す。それが任されたからには俺の役目だろう」
押しつけられた形だがしょうがない。
俺は携えていた杖を握る。
そしてロックを解除した。
「え? 杖から、剣が出て来た!?」
オルクシアが俺の杖のギミックを見て声を上げる。
実はペストマスクとのセット装備である杖は、仕込み杖だ。
剣のアーツと杖のアーツ両方使えるユニーク武器。
そのため魔法職である俺でも振ることができた。
「さて、試させてもらおう」
踏み込んで一気にゴーレムと距離を詰める。
もちろん俺の攻撃行動に反応して突起のついた太い腕での薙ぎ払いモーションが繰り出された。
これでホロスたちはやられたんだ。
俺も当たるのはやめたほうがいいだろう。
無傷で済む理由が思いつかない。
走りながら二度三度と剣を振って、四度目に出た受け流しのアーツをゴーレムの腕に当てる。
すると体が勝手に動き、剣を中心に身を翻すようなモーションが自然とできた。
剣系の武器で使えるアーツだ。
「なるほど、こうなるのか。おっと!?」
ようやくゲームの時のようにアーツが使えて喜ぶのもつかの間。
ゴーレムがもう一方の手で叩き潰しの攻撃モーションに出た。
それは普通に避けて杖の具合を確かめる。
「嘘でしょ、あんな服装であたしと同じくらい早い…………」
「おいおい、本当に奥の手かよ? なんだ、あの剣。何処のアーティファクトだ?」
斥候のオルクシアが投げようとしていたナイフを構えたまま茫然と呟く。
それにガドスも信じられないような声を漏らした。
「いや、あまりダメージは入ってない。当たらないだけだ。手を出すな」
俺はそう忠告してゴーレムの攻撃が当たらない方向へと移動を続ける。
(やはりジョブによるアーツのレベル制限もかかってるな。魔法職じゃこの程度か)
俺自身が覚えてるアーツは使える。だが、大技である上位レベルのアーツは使えない。
俺は剣術アーツの上位レベルを覚えているが、魔法使いとして使える剣術には制限があった。
そしてレベル差があるものの物理特化の相手に魔法職では物理攻撃の効きはたかが知れてる。
それでもたぶんイスキスより俺の攻撃のほうが効く。
レベルマ程度はあるので、基礎値が高いせいだ。
(それでも削るには時間がかかる。ここは速攻で終わらせよう)
そう決めて仕込み杖の鞘に剣を戻した。
元の杖に戻して構える。
「なんで剣しまうの?」
アクティが焦った様子で聞くと、サルモーが緊張からか声を潜めるように応じた。
「たぶん今のすごい攻撃はあの杖の特殊な技だったんだ。でも剣じゃ切れないっていうのを今見ただろう。刃が痛むだけなんだからもっと別の方法を使わないと逃れられないと見切ったんだよ」
まぁ、違うんだが。
合っているのは剣でやるよりも杖のほうがましだという解釈だけ。
何故なら魔法職は杖術のほうがアーツにレベル上限を受けない。
剣よりも攻撃力には劣る。
それでもヒット数は高く杖術なら大技も使える。
(問題は、このイベント装備の耐久力だよな)
武器は使いすぎると壊れる設定がある。
もちろん修復可能でそのための設備は大地神の大陸の町にある。
(あれ? そう言えばこっちでも壊れるのか? だったらプレイヤーの武器は耐久限界迎えて壊れてるかも)
修復のための設備はゲームの街エリアにある。
ダンジョンではない。
俺のようにエリアでやってきてない限りはこの世界には存在しない設備だ。
(その辺りもまた調べないといけないな)
そんなことを思いながら、俺は迫るゴーレムにアーツを発動した。
杖術アーツにある、仰け反り効果の単発アーツ。
まずは体勢を崩しそこからの連撃だ。
杖で地面を突くことによって、周囲一メートルほどに衝撃波を繰り出す。
つまりはゴーレムの叩きつけるの小範囲、杖版だ。
それでも勢い込んで突っ込んで来たゴーレムは狙い通り仰け反り。
そして俺の手の中で何かが砕ける感触がする。
「え?」
見れば今の一撃で杖が折れてしまっていた。
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