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110話:イスキス・アクアート

他視点

 浮遊感にも似た現実味のなさに自分の声だけが浮かび上がった。


「…………ホロス?」


 顔がない。

 赤く潰れて柱と同化してしまっている。

 厚みもない。

 それほどの衝撃を受けたのだと理解できるのに現実味がなかった。


 ホロスは腕のいい魔法使いで、経験も豊富で、王国の魔法使いたちに名の知れた…………僕よりも前から探索者を続けて生き延びた実力者の、はず。


 それが、たったの一撃?


「敵、じゅ…………!?」


 ホロスに近かったバーランが何ごとかを叫ぼうとして視界から消えた。

 斥候が扱える中でもっとも破壊力のある爆弾を取り出そうとしていたようだ。


 爆弾が床を跳ね、ホロスの時と同じような水音が聞こえ、理解した。

 この地下が薄汚れていたのは変色した血と臓物のせいだったんだと。


「違う! こいつは今までのゴーレムとち、ぎゃ…………!?」

「サルダー! 逃げぇべ…………!?」


 戦闘能力においては確かだったはずの前衛のバラエノとカマルスが言葉の途中で消える。

 声も聞こえなかった荷物持ちのサルダーもすでに僕の視界にはいない。

 そして聞こえた衝突音と水音は三つ。


 そうして誰も戦闘準備さえままならない間にゴーレムが見える所に来た。


 球体と円柱でくみ上げられたような上のゴーレムと違い、天然の岩を合わせたような無骨な姿。

 その割りに顔はずっと人間的であると同時に攻撃的な表情を思わせる。

 ゆっくり体の横に降ろされる腕には鋭利な突起が並び、滴り落ちる水音から血に濡れているのがわかった。


「どう、したの? 今の音、何?」


 囁くようなアクティの声が、目の前の悪夢から意識を引き戻す。


 一番後ろにいたトーマスたちにはまだ見えていないんだ。

 そしてそれは、今目の前にいる未知のゴーレムも同じはず。


 そう思ったが振り返ったアクティは僕の側の柱から目が離せないでいた。

 わかっているんだ、何が起きたか…………。


「サルダー? サルダー?」


 震える声で呼ぶオストルは、僕の近くから離れていない。


 最年少のオストルと一番歳の近かったサルダー。

 見えないからこそ呼ぶけれど、すでに絶望的なことはわかっていた。


「う…………くぅ…………うぅ…………」


 掠れる泣き声が聞こえる。

 唯一残った前衛のパーゲルからだ。


 役割としては皆を逃がすために立ちはだからなければいけない。

 けれど無理だとわかってしまったせいで、感情と理性が追いつかないんだろう。

 すでに仲間がなんの抵抗もできずに殺されているのを見たせいで心が折れている。


 カタカタと音を鳴らす剣を構えているだけましだ。

 だがこれでは逃げることもできない。


「行くな」


 妙に冷静な声が僕たちの後ろから聞こえた。

 見ると、僕たちに向かって走りだそうとするオルクシアをトーマスが掴み止めている。


「奴は攻撃範囲に入らなければ無駄な攻撃はしないだけだ。すでに我々は感知範囲に入っている。前に出るな」

「けど、けど…………た、助けないと」


 オルクシアが震える声でそういうと、僕と目が合う。

 そこには恐怖があった、怯えがあった、それと同時に確かな心配もあった。


 ゴーレムに近いところにいた四人はすでに顔もわからない状態だ。

 僕の側にはオストル、パーゲル、カリスの三人。

 トーマスたち五人は後ろだが、逃げられるかどうかわからない。


 僕にも、あの見たことのないゴーレムの攻撃モーションは見えなかった。

 気づいたら仲間が視界から消えている。

 気づけば何処かで水音と共にひしゃげている。

 避けることは、不可能だ。


「ま、魔法で、援護を…………」

「やめろ。移動に費やしている時間を攻撃に変えるだけだ」


 サルモーが声を絞り出すのを、またトーマスが止めた。

 確かに冷静に見ればゴーレムの動きは遅い。

 反して攻撃の動きは捕らえられないほど早い。


 どちらがいいかと言えば移動している今だ。

 今なら、まだ、考える時間がある。


「…………オストル、少しずつ、下がれ」

「リーダー」


 オストルが不安そう僕を呼ぶ。

 僕は剣を握っていない手でオストルを掴んで下げた。


 荷物持ちとして他の仲間たちから受け取った魔石がガチャガチャと音を立てる。

 ゴーレムを窺うけれど、どうやら音に反応する様子はない。

 そこは上のゴーレムと同じで、一番近くにいる者から攻撃対象とするのだろう。


 必死に思考を回して生存の道を探そうとすると、荒い息に気づいた。


「無理だ…………無理だ…………」


 普段冷静なカリスから、感情に染まった呟きを吐き出している。

 杖は構えているが、魔法を構築できるほどの冷静さはないと見てわかった。


「ホロス老が反応もできずに殺されるなんて、敵う相手じゃない。鎧も意味がないんじゃ攻撃だって通じない」

「落ち着け、カリス。らしくないぞ」


 気が乗れば多弁なほうだが、俺でも自己分析を行う冷静さは常に持っていたはずなのに。

 ゴーレムから目を離すこともできず、カリスは早口に続けた。


「らしさなんてどうでもいい。これは無理だ。何故行けると思った? 慢心したせいだ。他の探索者と何も変わらない。俺たちも見つけられずに骨になるだけ。いや、その前にこの地下の染みか」


 混乱と恐怖のせいで無駄に喋る。

 愛想はないが無駄口も叩かない人物だったはずなのに。


 そのいつにないカリスの様子に、怯えてオストルが僕の袖を掴んでしまう。

 僕の影に隠れて下がってほしいんだが。

 それでも少しずつ下げるが、それよりもゴーレムのほうが近づく距離が大きい。


 見上げる巨体に応じて一歩が大きいせいだ。

 動きは早くなくてもじりじりと下がるだけの今、確実に距離は縮まっている。


「いう通りだな」


 カリスのいうとおり慢心だった。

 僕たちは金級だが、その他の探索者と同じだった。


 少し才能があっても、同じ。

 少し運があっても、同じ。

 少し生まれが良くても、同じ。

 少し力があっても、同じ。

 たった一つの命を永らえさせなければ意味がないただの人間なんだ。


 ただ一人違ったのは早期に撤退を言ったトーマスくらいだろう。


「トーマス、ここから君たちだけでも逃げろ」

「なに、いってんの…………? 何言ってんの?」


 アクティが感情を高ぶらせようとする。


 それをトーマスが止めてくれた。

 前に出ようとするアクティを掴んで、武器も構えないその姿がいっそ頼もしい。

 武器が意味を成さないと見切っているんだ。


 攻撃範囲というのにも気づいているようだ。

 たぶんホロスたちが即攻撃を受けたのに対して、僕たちがすぐには襲われない様子を見ての考察だろう。

 そういうことができるのならまだ諦めていないんだ、トーマスは。

 だったら今は、その判断力に賭けるしかない。


「トーマス、君に『水魚』のリーダー代理を任せる。ガドス、オルクシアはサポートを」

「駄目! なんでそんなこと!」


 アクティが堪らず声を上げた。

 その間にオストルをなんとかトーマスのほうへ押す。


 けれどオストルは僕の袖をつかんで離さない。


 駄目だ。

 ここで死なせるには若すぎる。

 もちろん僕も死にたくない。

 けれどこれ以上に思いつかないんだ。


「ずいぶんな責任を投げ渡してくれる。自ら生き残ってとは思わないのか?」


 トーマスが僕に翻意を促す。

 助からないとわかってるのに、それでも諦めるなと?

 本当に人が好い。


「どうか、頼む」


 また一歩ゴーレムが近づいてくる。

 けれど動きがおかしい。

 何故か両腕を高々と掲げ始めた。


 それを見てトーマスが叫んだ。


「跳んで逃げろ!」


 声に反応して僕は咄嗟にオストルを突き飛ばす。

 視界の端でパーゲルが足を引くが遅い。

 カリスはトーマスの忠告を聞かず杖を構えての防御を選択した。


 僕は飛ぼうとしても間に合わない。

 足に力を入れて体制を作った時にはもう、ゴーレムは動いている。


 そしてゴーレムが腕を強く床に叩きつけた。


「うぶ…………!?」


 腕を振り下ろすことで発生させた衝撃波に息が詰まる。

 恐ろしい威力だ、恐ろしい怪力だ。

 けれど本命はそれじゃなかった。

 床を伝って骨を砕く別の衝撃波が襲う。


 呪文がないからスキルということしかわからない。

 上のゴーレムはこんなことしない。

 足から伝わる衝撃が全身を駆け抜けて、骨という骨が身の内で砕ける鈍い衝撃と命の危機だけを感じる。


「ご、ぼ…………」


 視界に映るのは吐き出した血。

 そして浮いた自分の足。


 衝撃波で浮いて後ろに飛んでるのかもしれない。

 けれど脳天を貫く痛みと本能を刺激する危機感で思考も曇る。


 いや、違う。

 これはもう思考する力もなくなったからだ。

 視界も暗く閉じる。

 感覚も遠のく。

 それは命を手放す感触。

 …………死だった。


毎日更新

次回:『水魚』の壊滅

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