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108話:イスキス・アクアート

他視点

 貴門のアクアート家にあって、僕は不良だった。

 礼儀作法は嫌いだし、おべっかは下手だし、何より本を読むより体を動かすほうが好きだった。


 優秀な兄がいるのだから、もう僕はいらない。

 そう思ったら止められずに家を出て探索者になった。


 魔法は使えたし剣だって兄に劣らない。

 上品な貴族の暮らしよりも探索者のような荒くれのほうがあっている。

 そう思っていた。


「トーマスは僕よりずっとお上品だと思うのに、探索者としての勘は上なのかな」


 思わず愚痴ると『水魚』のパーティメンバー、魔法使いのカリスに鼻で笑われた。

 愛想はないし目つきは悪いけど、カリスは誤魔化しのない人物だ。


「お前は『水魚』一のお上品な坊ちゃんじゃないか」

「それ、私に品がないって言ってる?」


 僕よりもずっと荒くれに馴染んでる元貴族のカリスをアクティが睨む。

 上には上がいるし、確かに実際探索者になってみると僕はお坊ちゃんでしかなかった。

 そしてアクティも貴族の出なのに僕よりも早く探索者生活に馴染んだ気がする。


「まぁ、イスキスが気にするのもわからなくはないさ。あれだけ見慣れた壁画だと思ったのに、女性像にすぐ気づいて」


 サルモーも休憩のため座り込んで、戦闘で乱れた三つ編みを自分で直していた。


 僕たちは今ゴーレムが出る個室に籠っている。

 『水魚』の半数、七人ずつで別の部屋に入った名目は安全性の確認。

 もちろん十四人で入る狭さもある。

 けど実際は『水魚』に与えられた依頼のための密談をするからだった。


「逆じゃろう。初めてだからこそ小さなことにも気づく。そして医療に関わるために慎重であり己の感じた疑問を横に置いておけない性分ではないかのう」


 最年長のホロスはどうやらトーマスを高く買っているようだ。


 僕が貴族から探索者になろうと思えた先達に手放しで褒められているのは少なからず羨ましい。

 魔法を極めんためと探索者を続ける元貴族にして高名な魔法使いなのだ。

 共和国出身らしいトーマスは全く気にしてないが王国の知識層からは一定の尊敬を集める人物だった。


「慎重にもほどがある。俺たちが渡す飲食を受け付けない、人がいいのにあれは相当なトラウマがあるんじゃないか?」


 斥候のバーランは年相応に経験豊富で手堅いし、観察が役割でもあるから人を良く見てる。

 同じ斥候のオルクシアはもろ手を上げて懐いてるが、バーランが距離を取っていたのはその辺りが引っかかっていたらしい。


「やっぱり共和国から逃げて来たお偉いさんでしょ、あれ」


 気楽に言うのは前衛の女性メンバー、バラエノ。

 女性の割に長身で技巧派だ。

 肉体的に優位な男性たちの中で戦うバラエノは基本的に男性への見方が辛い。

 なのにトーマスのことを悪く言っているのは聞いたことがなかった。


「いや、本人が言うとおりあれは知識層ではあっても貴族じゃない。立ち振る舞いが違う」


 カリスの指摘に僕も頷く。

 トーマスは貴族特有の他人を使う癖のようなものがない。

 一から十まできっと自分でやるし、そういう生活が染みている。


「なんて言うか、貴族とか王族みたいな毒がないのよね。秘密は多いけど基本誠実っていうか」

「闘争心や相手を蹴落とそうという考えがないように感じたかな。こっちに恩を売る様子もないし」


 アクティとサルモーから見てもトーマスは好人物のようだ。


「つまり毒があって不誠実、他人を蹴落として恩を売るのが常って? 貴族って面倒だな」

「ぎすぎすしてそう。生活苦はないんだろうけどそれはそれでヤだわ」


 平民生まれ平民育ちのバーランとバラエノが他人ごとで笑う。


 休憩も含めてるから雑談もありだけれど、時間を区切っているからそろそろ本題に入るべきだろう。


 僕たちはこの後、地下に降りるのだから。


「やはりトーマスに近づいて正解だった。あのヴェノスという亜人とまさか直接話せる機会が早々に訪れるなんて」


 僕の言葉に全員が脱力したように笑う。


 王女からの難題の、その足掛かりになればとトーマスの依頼を受けた。

 その一度の縁を伝って段階を踏み達成するつもりが、まさかこんなにすぐ情報を引き出す好機を掴めるとは想像もしてなかったのだ。


「いっそ魔石のことのほうが足かせになっておるわい」


 ホロスが王子たちからの依頼を不敬にも足かせ呼ばわりだ。

 でも誰も否定しない。するつもりは僕にもない。


「あのカトルって商人がいたのもいい比較対象になったな」

「あぁ、山脈から東は少し知ってるのに、西の亜人のほうは何も知らない風だものね」


 バーランが熟考する様子で呟くと、アクティも気づいていたらしく笑う。


「あと出た情報は最近のことは知ってても古いと知らないことだな。相当閉鎖的な場所に隠れ住んでるんだろう」

「それに雑多な種族で町作ってるみたいな話でしょ。これ、場所特定したら逆に戦争にならない?」


 カリスの推測に続けて、バラエノが深入りを警戒する。


「あの情報からじゃ場所の特定はできないさ。そこは漏らさなかった。情報からして山脈から東の何処かにあるくらいの広範囲だ」


 僕の意見を誰も否定しないどころか揃って頷く。

 そして視線がリーダーである僕に集中した。


 だから思わず顔を覆ってぼやく。


「これを王族に言うのかぁ」


 途端に仲間たちは笑った。


「何、帝国の何処かにあるかもしれんじゃろう。帝国のほうから来てるのは確かなのだ」

「お師匠、トーマスは共和国出身なんですよ? 経路偽ってる可能性もあります」


 楽観的に言うホロスと、評価は高くても警戒は口にするアクティ。


「さてどうだろうね。まずあのお姫さまが何を思って調べるよう言い出したのか定かじゃない。だいたい何故、珍しいだけの亜人の身元を気にするんだい?」

「事前情報あったかもって? けど門の視察で出会っただけしか情報出なかったし」


 三つ編みを整え終えたサルモーに、バラエノが『水魚』として調べた範囲で疑問を投げる。


 命じられてすぐに調べたけれど、王女が何処でヴェノスを知ったのかはすぐわかった。


 公衆の面前でのことなので簡単に。

 同時にそれ以上の接点は見つからず、だからこそ一度きりの邂逅で何故探索者に頼るようなことをしたのかは確かに疑問だ。


「オルヴィア姫は賢明だ。何か察するものがあった、と思ったんだがな。尻尾と髪の色がなければ人間で通る。問題があるような人格とも思えない」

「惚れたとか?」


 考えこむカリスにバラエノが気軽にとんでもないことを言い出した。

 カリスは女性であっても容赦なく肘を入れる。


 実は前衛のバラエノよりもカリスのほうが攻撃に向いている。

 本人は魔法使いであることに拘っているものの、前衛に人手が足りないとバラエノは問答無用でカリスの杖を奪って剣を持たせることもあった。


「ふざけるな」

「いやだって、あの強さは異様だよ? どんなに見ても斬り込める隙が無いし、ヴィジョンが見えない」


 睨むカリスにバラエノは本気を滲ませて訴える。

 その言葉にカリスも顎を掴んで考え込んだ。


「僕もそれは同じ感想だな。正面から話してみたけど、腕の違いが肌でわかる。彼は全く戦闘態勢なんて取ってなかった。なのに敵わないと、そう思わされた」


 僕は『水魚』の中でも実力がある。これは驕りではなく実際の経験だ。

 全員で総当たり戦をしてみたことがあり、そして僕が余裕で勝てたのだから。


 そんな僕が正面からやって互角と思うのが『酒の洪水』フォーラ。

 性別的な体力や教育の上での技巧の差で勝てるチャンスはあると思う。


 だからこそ、勝てないと思ったヴェノスは別格だろう。


「これさ、下手に探ってることばれたらまずいよね? あの亜人の不興を買う」


 つい弱音を漏らすと、バラエノとアクティが大いに頷いてくれた。


「わかる。なんだろう、仕上がりが違うっていうか、もう既に完成形、頂点みたいな」

「強いとは思うけど、そこまで? イスキス、まさか英雄ヴァン・クールにも劣らないとかいう?」

「馬鹿、軍を率いて軍を相手にする才能は全くの別物だ」


 カリスがアクティの比較にもならない問いを叩き払った。

 それにホロスも頷く。


「慎重な姿勢は大事だが、恐れるあまり誇大でもいかん」

「無闇な対立を回避するためにトーマスを引き入れたんだしね」


 サルモーに言われて、僕は仮加入をしたメンバーを思う。


 トーマスも思えば不審なところがある人物だ。

 けれどそれこそ上品さと悪意のなさが疑うことをためらわせる。


「すごく肝が据わっているように思う。あれはどうしてだろう? まさかトーマスも凄腕だったりするのかな?」


 言ってそれはないと思う。

 何せ動きが素人だ。

 ただオークを相手に立ち回りは手慣れた様子で経験はきっと豊富なんだろう。

 同時に恐怖に竦まないことや判断の速さ、立てなおしの確かさが僕を上回るかもしれない。


「イスキス、入れ込み過ぎるな。トーマスは帰る場所のない者だ。本人がこの国に留まらないことを決めているのだからそれなりの覚悟があるのだろうよ」


 ホロスのほうこそが残念そうに言う。

 高価な薬があって、経験もあるのに留まらないのは目的があるからこそだというのは僕もわかっていた。


「今回の依頼が終わったらやっぱりさよならかぁ」


 アクティも残念そうだが、依頼はまだ残ってる。


「ここを出てからまだ話す機会はある。今日はここまでにして、あの亜人についてはまた考え直そう。今は未知の地下に対しての備えをしなくちゃいけない」


 僕が話を切り替えると、全員の顔に活気がみなぎる。

 探索者をするのだから未知を楽しみはしても恐れはしない。そう、楽しみなんだ。

 何より未発見のダンジョン内部であるならまだ空いていない宝箱もあるはずだった。


毎日更新

次回:溢れた地下

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