106話:補充されない宝箱
「おぅ…………」
「何してんだ、トーマス?」
声の大きなガドスが、立ち尽くす俺の肩を叩くような強さで手をかける。
俺の目の前には空の箱。
厚い木製で彩色されており、金属で補強も完璧というしっかりした造りだ。
けれど蓋は開け放たれたまま中身は空。
「あ、ダンジョンの箱が珍しい? それここから動かすこともできないし傷もつけられなくて、なんの意味もない物だけど、製法が不思議って言う人もいるんだよ」
俺の見る物に気づいた斥候のオルクシアがそんな知識を披露する。
だが、俺はもっと別のところが気になった。
「ダンジョンの、箱?」
「空のままずっとあるし、動かせないし閉められないし。なんのためにあるんだろうな、この箱」
ガドスは弓兵らしく発達した肩周りを持っている。
そんなガドスが手をかけても開いたままの蓋は揺れるだけで閉まる気配を見せない。
だが、俺は首を横にふって訂正する。
「これは宝箱だ」
そう、これはダンジョンと言えばある宝箱のはずだ。
中にはピンキリだが消耗品を中心としたアイテムが入っている、はずだったのに。
オルクシアとガドスに嘘を言っている様子はない。
俺は入ってすぐ、マップ化でダンジョン内部を把握した。
マップ化は運営仕様なので、手順を踏まなければ入れない地下までしっかりと把握できている。
そしてゲームのとおりにアイテムを回収しようと宝箱のある一室へ向かったのだ。
けれどあったのは空箱だけ。しかもオルクシアたちが知る限りこれはずっと空箱だという。
(本来は入ったプレイヤーがダンジョンを出れば回復するんだ。断続的に人がいるせいか? いや、ゲームでも同時にログインは当たり前だったんだからそんな仕様はない)
そしてガドスとオルクシアの言葉だ。
もしや一度開けられてからアイテムの補充はなしなのか?
閉まらないのはアイテムをすでに回収された印ではあるが。
「懐かしいな。最初はそう言われていた。だが、発見されたダンジョンの最初だけだよ、宝箱があるのは」
老魔法使いホロスが背後からそう声をかけた。
どうやら俺たちが空箱以外にない一室から出て来ないので様子を見にきたようだ。
「五十年前は新たなダンジョンが見つかって宝箱の話も大いに盛り上がったもんだが。今の探索者はこれを最初から空箱と思っているのか」
懐かしみつつ溜め息を吐くホロスに、ガドスとオルクシアは顔を見合わせた。
その表情は驚きだ。
「これに中身があったのか? いったい何が入ってたんだ?」
「わざわざダンジョンの中にあるならやっぱりお宝? 宝箱って、誰が置くの?」
「うむ、ダンジョンが現われた時には入っているから誰がという答えを持つ者がこの世界にいるかどうか。ただ中身はトーマスが持っていた薬類などだよ。ダンジョンの宝箱で見られるものだ。だから空とは言え宝箱に興味を持ったのだろう」
ホロスに同意を求めるように見られて、俺は浅く頷く。
すごいがっかり情報を聞いてテンションが下がってしまった。
ここは初級ダンジョンだからレアでも程度が知れてる。
それでも宝箱を開くという期待感はあったのに。
「…………何故宝箱は補充されないのにエネミーは補充されるんだか」
「うん? 誰も管理してないからだろ?」
俺の呟きにガドスが当たり前のように答える。
けれどそれをホロスが否定した。
「いや、確かにおかしい。ゴーレムはただの魔物ではなく、生産されるものだ。ゴーレムだけは倒してもきりがないほど出て来る。なるほど、補充か。面白い着眼点だ」
「トーマスってなんだかんだ魔法使いたちみたいな頭脳労働系だよね」
もう興味がなくなったらしいオルクシアがそう言って部屋の出口へと向かう。
そこにオストル少年が顔をのぞかせた。
「おーい、先行っちゃうよ」
「お師匠、何してるんです?」
アクティと一緒に呼びに来たようだ。
「うむ、面白い、いや、本質的な問いを受けてな。思えばこのダンジョンが何故稼働しているのか。そしてそこに宝箱が何故含まれないのか。これは面白いな」
「あ、そうか。ダンジョン内部でも生物と非生物、って別けたらゴーレムが入っているのがおかしいですね。非生物なら宝箱もそうですし。ゴーレムを自動生産できるくらいの技術があるなら、ゴーレムに命令して宝補充で侵入者を一カ所に集める罠にもできるのに」
アクティも考え始めるが、なんだか物騒なことを言ってる。
確かに無人のダンジョンに宝箱なんて、人を誘う罠だ。
運営としても旨味がないとプレイヤーが来ないのはわかってるんだし、人を呼び込むためという目的は間違ってはいないが。
あとゴーレムと宝箱の補充の違いは、ゲームとして知る俺からすれば、システムの違いという回答ができる。
生物という括りではなく、エネミーとアイテムだ。
(ま、言っても意味はない。ゲームとの違いがあるとわかっただけ収穫だ)
自分をそう慰めるが、やはりゲームと違うことにがっかりしてしまう。
入った時は思い出でワクワクした分だけ余計に。
けれど実際見るとゲームほどの利便性もないし、元からそれほど旨味のあるダンジョンでもない。
こんなものかと諦めるよりほかにないんだろう。
「さっぱりわからないや。それって何かすごい発見? 普通じゃないの?」
「さて、普通が何かを考えるときりがないからな」
俺はそう言ってオストル少年の質問から逃げる。
外に出るとホロスとアクティの話をガドスとオルクシアは聞いてる。
興味は薄そうだが、宝箱という単語に引かれたようだ。
廊下に出ても、イスキスたちは先に行っており見えない。
周辺には似たような扉ばかりがあり、こうして開いていないとどの部屋に仲間がいるのかわからないだろう。
(俺はマップ化でほぼ透過してるようなものだが)
マップ化は3Dモデリングのような形で見えるため、扉を閉めていても部屋の内部を探ることができた。
マップ化に集中しているとおかしなことに気づく。
(形のおかしいエネミーがいる? いや、これはレアエネミーだ!)
画一的なゴーレムしか出ない中にひと回り小さなエネミーの存在をマップ化が捉えた。
俺は思わずそちらの部屋へ向かう。
すると後ろから声をかけられた。
「どうしたの?」
「あ、いや」
オストル少年がいたのを忘れていた。
けれど目の前にはレアのいる部屋がある。
他に譲るのはもったいない。
何故なら出て来る魔石は必ず色付き、つまり属性があるそれなりの素材だからだ。
(様子見だけのつもりが長居してるし。大地神の大陸にいるNPC向けに、それらしい理由付けとかご機嫌取りにあったらと思っていたけど)
確率的にはこうして出現時に居合わせたのはラッキーだ。
他の奴に奪われるのはもったいない。
今なら一緒にいるのはオストル少年だけ。
ここはなんとか誤魔化してゲットしたいところ。
「…………ちょっとした知的好奇心でね。君たちのような腕の良い探索者に同行できる機会はそうそうない。何より気が良いのがいい。だからこそ今回のこの探索で多くの知識をえようと思っている。本を読むのも人の話を聞くのも多くの学びがあるが、百聞は一見に如かずという言葉があってな。自ら見て感じたことのほうがより深く理解を得られるものなのだよ」
俺が中身のない言い訳をつらつらと喋るごとに、オストル少年の首が傾いでいく。
「つまり、うろうろしたいんだ? けどそれは危ないよ」
「もちろん承知だとも。ここならまだ走って助けを呼べる距離だ。それに私も少々の心得はある。この扉一つを開けるくらいは小さな冒険と笑ってほしいものだな」
もうままよと俺は目の前の扉を開ける。
するとそこにはマップ化で捉えていたとおりのひと回り小さなエネミーがいた。
「え、あれ? 壊れてる?」
「そのようだな」
いたのは今までのゴーレムと比べればひと回り小さな姿で、明らかに肩から胸までがないゴーレムだ。
内部の骨のような構造体も露出しており、見る限りでは壊れているように見える。
ただこれはこういうエネミー。
そして骨の部分の色が属性によって違うという特徴がある。
(青い骨ってことは水属性か)
俺が部屋に入ると、後からオストル少年も入って来る。
その顔は興味に輝いており、完全に壊れたゴーレムだと思っているらしい。
「うわぁ、ここのゴーレムって倒した後消えるけど、こんな風に残ることもあるんだ」
そういう勘違いをしているならこれは好都合だ。
「ふむ、これは調べればゴーレムの秘密がわかるかもしれない。ホロスたちも気にしているようだった。少し見てみよう」
俺はそんなことを言ってレアゴーレムの攻撃範囲に踏み込もうとした。
「だったらすぐ呼んで来るよ」
「いや、待ってほしい」
それじゃ独り占めできないんだよ。
下手に騒がれても困る。
「そう、先ほどオルクシアが私のことを魔法使いのようだと言っただろう?」
「頭脳労働ってやつ? 言ってたね」
「私も知的好奇心に目がなくてね。できれば最初に調べたいのだが、どうだろう?」
「どうって、うん、まぁ、わかる気はする。最初に見つけて報告するとギルドでも褒賞貰えるし。誰が最初だって争いになることもあるし」
この世界でもやっぱり人間は競い合い利益をより多く得ようとするらしい。
そんなことを思いつつ俺が一歩近づくと、レアゴーレムは戦闘態勢を取る。
こいつは決まって一番近い位置取りのプレイヤーの正面から攻撃するんだ。
(狙いどおり目の前に…………いや、近いな!? ゲーム感覚でいるとまずい!)
想定よりも距離が近いせいで、俺は反射的に杖術アーツに存在する蹴り技を発動した。
レベルの差は十倍になる可能性もあるエネミー相手に、魔法職でも発動できるアーツの攻撃は過たず直撃。
瞬間、ゴーレムは蹴り込んだ部分からひび割れて、硬い音が床を叩く。
見れば期待どおり青い魔石が一粒床に転がっていたが、背後でオストル少年が腰を抜かしてもいた。
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