105話:死にジョブ
ノーライフファクトリーはエネミーが規定数うろつく通路と、必ず一体以上いる部屋とがある。
通路は広く見通しのいいエントランスのようなところから、工場のようなごみごみしたところも存在した。
部屋はマンションの通路よろしく階段、廊下、そして一定間隔に並ぶ扉でできている。
そんなエリアのお約束として、部屋のある廊下にエネミーは出ない。
代わりに扉を開けば室内で、一体から三体のエネミーがポップする。
倒して外に出て、また開ければ一体から三体がポップの無限湧きだった。
(新しくジョブチェンジしたプレイヤーが馴らしやレベル上げ、素材集めでよく使ってな)
俺は『水魚』の一部メンバーと一緒に廊下で待ちつつダンジョン内部を眺める。
ちょっとホラー感のある照明が明滅する中、周囲には思い出したように苦しむような唸り声が聞こえていた。
うん、ゲームと一緒だ。
ノーライフ系ダンジョンは基本ホラー仕様だった。
ハロウィンイベントでノーライフ系ダンジョンのホラー仕様が強化されたこともある。
(少なくともここはハロウィンイベント期間中じゃないな。ハロウィン仕様だとカボチャ型になるから、そこは徘徊するエネミーを見てわかる)
俺が廊下から下の通路を歩くエネミーを見ていると、背後の扉が内側から開く音がした。
すぐ側でアクティが肩を跳ね上げる。
「いやぁ、トーマスの言うとおり…………何をしてるんだ、アクティ?」
出て来たイスキスがこっちを見て目を瞬かせた。
「な、なな、なんでもないわよ」
「いや、こうして私とトーマスさんをがっしり掴んでてそれはないだろう?」
魔法使いのサルモーが掴まれた腕をふりふり笑う。
ちなみに反対側では俺が腕を掴まれている。
「だからアクティさんは外で待ってていいって言ったのに」
あまりの怖がりようにオストル少年からまでそんな言葉を向けられた。
「うぅ、うるさい。一人で残されるほうが怖いじゃない」
「エネミーが出ればそちらに集中して戦えるようだしいいだろう。イスキス、どうだった?」
俺は腕を掴んだままのアクティを放置してイスキスに途切れた言葉の続きを促す。
「さっき言いかけたけど、トーマスのいう通りどんなに待っても湧かなかったな」
「あたしも調べたけど全然」
斥候のオルクシアが廊下に出て来て肩を竦めた。
「で、こっからだよな」
後衛のガドスが得物である弓を握り直して、今出て来たばかりの扉へ向かった。
一度閉じた扉を開くと、そこには一体のゴーレムが最初からいたとでも言いたげに立ち尽くしている。
丸っぽい岩を大小くみ上げたような姿のゴーレムは、人間のような手足はあるが前傾姿勢で全体的に丸い。
造形も荒く何処か愛らしい姿をしていた。
(やっぱり出てくるのは初級ゴーレムだ。そして中に入らないと戦闘にならないのはゲームと同じか)
本当に何処に線引きがあるのかわからない。
ゲームの全てが現実になったかと思うと、この世界に合わせたのか実現が無理だったのか仕様が変わったようなこともあるのだ。
俺が一人感慨に浸っている内に、『水魚』の前衛がゴーレムを囲んでいた。
手にしているのは打撃系のハンマーや金棒といった得物。
それを容赦なく打ち付けて、ゴーレムが反撃する隙を与えず連撃を加えていく。
ゴーレムは頑丈だがやはり限度があるらしく、腕は落ち、表面は削れてゴーレムとしての形を崩して行った。
(こんな風に攻撃と共に削れて行くのはゲームではなかったな。倒されると崩れ落ちるんじゃなくて、崩れ落ちるまでやるから倒せるんだ)
現実で考えれば当たり前だが、こうもゲームを再現された中で既知とは違う情景を見せられると軽く混乱する。
そして崩れたゴーレムの中からは、ドロップ品が現われた。
今回は魔石ではなくゴーレムの泥というアイテムだ。
「また泥か。拾ってもしょうがないし次行こうぜ」
ガドスがドロップアイテムの泥団子を蹴りつけて背を向ける。
(素材、なんだが、うん。ゲームでもプレイヤー的にはゴミアイテム扱いだったな)
そんな思い出に俺は切なくなる。
本来なら泥も消費アイテムとして魔石のように手に入れて損はない予定だった。
だがそうはならなかった。
何故なら必要とするジョブであるネクロマンサーが死にジョブだったから。
(それもこれも大地神の大陸が見つからずに地と闇の属性がアップグレードしないせいで…………)
『封印大陸』に出て来る神は属性を司った。
属性の神に入信すればその分属性に恩恵を受ける。
そして魔法系、錬金術系、神官系ジョブには属性が影響した。
ネクロマンサーはその中でも地と闇の属性に特化したジョブで、大地神に入信すれば強くなれる予定で設定されている。
逆に言えば大地神がいないことでそのポテンシャルを十全には発揮されず、他のジョブより火力弱いし回復遅いし、使い勝手悪いと敬遠されることになったのだ。
(泥一つと魔石一つで盾作ってタンクとかさぁ、使い勝手いいはずだったんだけど)
想定していた運用をするには魔力とスキルの回復と強化が必須。
けれどそれができずに死にジョブとなった憐れな職業だ。
「はぁ…………」
「お、さすがのトーマスも疲れたかい?」
そういうオルクシアは乱れそうになる息を整えている。
俺たちは今延々と階段を上っていた。
もちろん俺に疲れはない。が、ここで全く疲れを見せないのも怪しいか。
「オストル少年が弱音も吐かずに進んでいるんだ。私が疲れたとは言えないな」
「えぇ? 私は疲れたよぉ」
「あんたはもう少し体力つけなよ、アクティ」
オルクシアが項垂れるような姿勢で階段を上るアクティを鼓舞する。
そしてオストル少年は俺の言葉で俄然勢いづいて階段を上がった。
このダンジョンは階段を登って行って上にいる強敵を倒す。
と言ってもレベル帯が六から十三なので大した敵ではない。というか弱い。
(あぁ、そうだ。このノーライフファクトリーは大地神に連動したダンジョンだったな。だから最初は雑魚なんだ。大地神の大陸が解放されると強化予定だった、のになぁ)
結局予定だけで終わった。
弱いままのダンジョンで真価を発揮することもなかったのだ。
「しかしなぜ階段には魔物が出ないのか」
ホロスは最年長だがアクティほどへばってはおらず近くのイスキスに話を振る。
「それを言ったらどうしてこのダンジョンはゴーレムを生産し続けるかじゃないか?」
「さて、何故だったかな?」
俺が思わず呟くと、魔法使いのサルモーが俺の隣に並んだ。
「知っているんですか? 共和国の探索者もここには来ていたし、何か情報が?」
「いや、これもあやふやな話で」
俺が逃げようとすると、ガドスが肩を叩いてくる。
「暇だし何か話の種になるだろ。思い出せ、思い出せ」
「なんのかんのと言ってもわしら王国外に出たことのない探索者だ。その点はトーマスのほうが知っていることも多いかもしれん」
年長者のホロスも興味を示したことで俺は語るしかなくなる。
(だが困ったな。ただの設定だし。しかもその設定も俺はうろ覚えなんだよ)
確かここは大地神関連のダンジョンということで設定を考えたはずだ。
大地神は幾つもの存在としての顔を持つ神。
確かその一つにマッドサイエンティストがあって、それと連動させたような記憶がある。
「あぁ、そうだ。ネクロマンサーが下を掘るために不眠不休の活動体を効率的に生産するためにこの工場を作ったんだ」
「それはまた、呪われた話だ」
俺が思い出して言うと、サルモーが途端に引く。
「呪われたとは?」
「ほら、ネクロマンサーは神聖連邦に禁止されてるジョブだし。ここのゴーレム本当にネクロマンサーがやったなら厄ネタじゃない」
気を紛らわせるつもりか、アクティも話に入って来た。
しかし、神聖連邦がネクロマンサーを禁止している?
ジョブを禁止するって、どういうことだ?
(出来はするのか? ネクロマンサー取得に必要なジョブの一つは神官系だ。神聖連邦が神官系ジョブを押さえてるならありかもしれない。けど何故禁止にするんだ?)
俺が考え込んでいるとホロスが考察を上げる。
「ありえない話でもないな。何かの本でネクロマンサーは泥に魂を閉じ込めてゴーレムを作るとあった。元よりこのゴーレム共の出どころはわからん。神聖連邦が禁止し失伝した技術、それがこのダンジョンを動かしているとしても不思議はない」
「え、今まで倒してきたの誰かの魂ってこと?」
オルクシアが顔を引きつらせる姿に、イスキスが首を横に振る。
「それはないだろう。というか、考えてみれば魔石が落ちるんだ。つまりは魂の代わりに魔石を代用しているんじゃないのかな。呪われた話だが、技術革新の可能性が多いにある」
「それ危険思想って言われません、リーダー?」
オストル少年がちょっと困った様子でそんなことを言った。
俺の語った設定で『水魚』が議論を広げていく。
それは聞いていて楽しいんだが、あまり広めてほしくはない。
そんな設定知ってる奴なんてプレイヤーでしかありえないのだから。
「私が聞いたのも根拠のあやふやな話だ。信じないでほしい」
「いや、実はこのダンジョン、地下があると噂があってね」
「けどそれ言った探索者は誰も帰ってきてないのよね」
話に乗った理由を口にするイスキスに、どうやら怖がりらしいアクティが首を竦めて追加情報を出す。
ただそれは合ってるし、地下の存在を知った探索者が戻らなかったというのもあり得た。
何故なら隠し階段を見つけて地下へ行くとレベルが五十まで上がる設定だからだ。
(ボーナスステージ的な裏面のつもりだったんだが。このせいで余計に不人気だったんだよな。バランスおかしいって)
俺はまた思い出に世知辛くなってしまったのだった。
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