104話:仮加入
「はい、これで加入の手続きは終了です」
探索者ギルドの受付嬢がそう言って書類を回収する。
王都とは違いアラサーすぎくらいの女性だ。
「まさか金級とお知り合いだったなんて。言ってくださればこちらもやり方があったのに」
俺は『水魚』と一緒におり、パーティに仮加入させてもらうことになった。
それもダンジョン挑戦のためだ。
一緒に茶をした話の延長で、俺はダンジョンに『水魚』と同行することになった。
その際に以前配分で揉めたので、今度は揉めないように加入をするよう勧められている。
ま、仮だから今回だけだが、これで前回のようにギルドが介入する必要はないそうだ。
「心配してたんですよ。危ない人にばかり声かけられてて」
「いや、その節は世話になった」
この受付嬢はここに来た初日から応対してもらっていた。
あからさまに俺のアイテム狙いの奴ら追い払ったり逃げたりも見られている。
手続きの不備がなんて呼び出して助けてくれたこともある相手だ。
気遣いのできる女性は素晴らしいな。
「王都の受付嬢にも受けが良かったけれど、トーマスってもてるんだな」
「そんなことはない」
「いえ、ありますよ」
イスキスの答えたら当の受付嬢が即座に否定した。
だがおかしい。
俺にモテ期が来た記憶などない。
「他の探索者と違って丁寧で紳士的で、すでに噂になっています」
「あ、それわかる。まず言葉づかいからして違うもの」
アクティが妙に力強く頷くと、オルクシアまで連鎖するように頷き始める。
「あるある。探索者ってともかく雑だからね。それに比べてトーマスは怒らないし怒鳴らないし。すぐに大丈夫とか言ってくれるのも他と違うよね」
「優しさや気遣いはそれだけで好印象なのに、この人の場合は実力もあるからしょうがないわねぇ」
あまり話したことのなかった前衛の女性探索者バラエノまで加わった。
何故か『水魚』の女性陣が全員で頷いてる。
(優しさや気遣いって言うより、自衛の面で身につけた部分あるんだがな)
こっちにセクハラとか痴漢が犯罪という意識はないからあけすけなのがいる。
俺は即座に逮捕って言葉が浮かんでしまうから、女性の身体的特徴を声に出して笑うことができない。
特にこのダンジョンの街にはそうした奴が多い。
それが探索者ってもんなんだろうか?
だとしたら俺は紳士でいよう。
絶対そっちのほうがプレイヤーと出会った時の心象はいい。
(もちろん俺は文明社会で育ったのでそんな犯罪的な言動は避けるのが常識だけど。…………もし下品な言動がスタファやチェルヴァに知られたらどうなるんだ、俺?)
どちらも女性的な魅力はあるが、怒ったら怖い。
何せレベルマプレイヤーを相手にする前提の能力だ。
さらにイブとティダというセンシティブそうなお年頃の二人もいる。
うん、セクハラ、ダメ、絶対。
しかし保身が実は女性に受けがいいというのは予想外だ。
なんでこのモテ期が生身のある時に来なかったのか。
グランドレイスの体で人間相手にモテても虚しさを感じてしまう。
「『水魚』のような方々とお知り合いなら立ち振る舞いの上品さも納得ですね。紫の亜人の方が丁寧なのもトーマスさんだからこそでしょう」
俺が一人考え込んでいると、受付嬢が悪気のない様子でそう言った。
「あれは…………本人が私より紳士だからだ」
ヴェノスは、うん。
本物の紳士だよね。
っていうか、俺は周辺の態度悪い奴らと比べていいってだけなんだよな。
「あの亜人はここでもやはり有名なのかな?」
目立つ姿でもあるが、イスキスは何をしたのかと含みを持って聞いてくる。
「大したことじゃないさ、大したことじゃ」
そう、大したことじゃない。王都と同じくギルドで絡まれてる時に助けられただけだ。
けどヴェノスはやりすぎだ。
だから怒ったけど恐縮するわりに俺のいる所に現れては絡むせいで、こうしてこの街でも俺はヴェノスの関係者扱いだ。
(心配し過ぎなんだよ。俺だっていい大人だっての)
手続き終えていざダンジョンへ向かう中、そんな思いが胸に膨らむ。
俺だって危険がある分、ちゃんと保身も考えているのだ。
考えて、ふとNPCの顔が浮かんだ。
(いや、心配し過ぎは俺もか…………)
大地神の大陸からエリアボスが出ないように命令して、ヴェノスがようやく初の異世界だ。
最初は俺も上手くやれるか心配で王都で覗き見していた。
さらに他のエリアボスたちは外出禁止で囲い込みを続けている。
うん、これは完全に俺のほうが過保護だ。
「どうしたね?」
魔法使いの最年長ホロスが考え込む俺に気づいた。
ここは人生の先輩の意見に耳を傾けて見てもいいかもしれない。
「いえ、ヴェノスが私を気にかけすぎていると思ったんですが、私もヴェノスが外へ出ると聞いて心配したのを思い出して。お互いさまだなと」
「それはトーマスが慕われてる証拠だろう。というか、人間の中に出る時も知ってるくらいつき合い長いのかい?」
イスキスは相変わらずヴェノスに興味津々だ。
ヴェノスの武器を褒めていたし、本拠地にも興味を持っていた。
もしや強い武器が欲しいのか?
ゲームでも性能のいい武器は人気があったものだ。異世界でもそういうところは同じなのかもしれない。
次に金策に困った時には武器を出してみるのも手かもしれない。
「長い、ような、短いような? 出会ってから、だいぶ間が空いてしまっての再会だからな」
思えば生み出してから十年、ゲームでは日の目を見ず終わった。
つまりは十年音沙汰なしという関係だったのだ。
「あぁ、だから王都でもあんなに。久しぶりに偶然恩人に会ったからなんだ」
オルクシアが納得した様子で言いながら寄って来る。
なんかこいつは距離が近くなったな。
一度助けたからか?
「トーマスさん、強いのわかるけど一人だしね。そうなると心配もするよ」
オストル少年も近いな。
こっちは後衛と共に比較的一緒に行動したからだろうが。
「なんだったら今回だけと言わず『水魚』に入れば?」
魔法使いのアクティも後衛から魔法を撃ってたからか他の者より良く喋る。
親しくなったと思う『水魚』の一部メンバーからの誘いだと思ったんだが、アクティの提案に他も頷いてる。
「いや、ダンジョン挑戦後は王国を離れる。申し出はありがたいが、すまないな」
「え、勿体ないなぁ。きっとあなたは二代目薬聖とでも言われるだろう人なのに」
英雄好きらしい魔法使いのサルモーが妙な惜しみ方をする。
それに声の大きなガドスが笑った。
「いてくれたら助かるが、国移すんじゃしょうがないだろ」
「そうだね。とは言えこれも縁だ。トーマス、何処へ行くか、目的を聞いても?」
イスキスにはどう答えるべきか。
離れるのは結局大地神の大陸へ戻るからだし、それは絶対だ。
あそこが俺のホームなんだから。
ただそれを素直に言って押しかけられても困る。
「帰る場所は、あるんだ」
誤魔化すために言っただけのつもりが、自分でも不思議なくらい実感の籠った声になった。
途端にイスキスは溜め息を吐く。
「野暮なことを聞いてしまったな」
「いや」
「待ってる人がいるんだろう?」
「…………良くわかるな」
「えー、やっぱりいい男にはそういう相手いるんだぁ」
「はい?」
イスキスの鋭さにも驚いたが、オルクシアの埒外な言葉にも意表を突かれる。
「いい男? 私の顔は見てないだろ?」
「顔じゃないの、男気あるならいい男なの」
謎理論でオルクシアに指を差される。
これは褒められているのだろうか?
そんなことをしていると、ホロスが杖で地面を突いて注意を促す。
「ほれ、いつまでも騒ぐな。ダンジョン目前だぞ」
言われて、俺はギルドからほど近いマンションのような建物に近づいていることに気づいた。
(いや、団地といったかな? なんか一昔前のホラーの定番だっていう)
ノーライフファクトリーはコンクリートの建造物をほうふつとさせる四角四面。
ただ工場を謳うだけあって大きな煙突や鉄骨を組んだようなところもある。
「この壁は?」
ダンジョンから一定範囲を覆う石積みの壁。
入口は一カ所で門番が立っていた。
「ダンジョンができてから作られた物だと聞いてる。魔石狙いで勝手に侵入して奪っていく者がいたそうだ」
「それは何処に怒られるんだ?」
「探索者ギルドもそうだし、国や領主も。中で死んでいる者がいるかどうかの見回りや点検も担っているからな」
それだけの人間が絡んだ利権というわけか。
ゲームとして作ってプレイヤーに挑戦してもらうシステムを想定していた側としては世知辛い話だ。
門番にギルドからの許可証を提示し、全員がメンバーとして入場を許された。
「探索者たちがいるな」
「ダンジョン挑戦する前と後の者たちだよ。内部で休憩できないから時間を決めて戻る者も多く、ここで休息を取ってまた挑戦するんだ」
イスキスが説明してくれた上で、俺たちもそういう手はずだと告げられた。
「内部で休憩ができないのか? 扉を閉めれば新たなゴーレムの配置もないはずだが」
「え?」
なんで驚かれた?
ゲームと違うのか?
「それは誰から聞いたんだい、トーマス?」
「えっと、誰だったかな? 経験者の誰かから、だ」
適当に答えたけど嘘ではない。
実際ネットで見た他人の体験談だ。
中に留まってるとエネミーが出てこないという、ゲームとしては初歩的な話。
「そんなことできる?」
「いや、確かに湧いたことはないが」
『水魚』でも知らない話らしい。
というか危険地帯に長くとどまろうなんて思わないんだろう。
それが現実であるこっちの世界の常識だとしたら、どうやら俺は余計なことを言ってしまったようだ。
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