103話:今を生きる英雄
「まず強さの定義というところから詰めるべきやおまへんか?」
何やらカトルが真剣な表情で口火を切った。
強い者と聞いて微妙な反応だったのに、姿勢はどちらかと言えば前のめり。
「そうだね。僕は金級だが、メンバーあってこその金級だ。『酒の洪水』のようなことはできないから、単純にどちらが強いと比べようもない」
たった一人で金級の『酒の洪水』フォーラを弱者とは言えない。
やり方がせこいし狡いがやり遂げる実力はあり、それを強さと呼ぶ者もいるだろう。
だからと言って、フォーラにイスキスが劣るかと言えばそうでもない。
「私はひとかどの者という自負と研鑽をしています。剣を捧げた主に恥じぬように。ただ、世の中にはこの刃の届かない位置からの戦い方もあります」
意外にヴェノスが強気に出た。
いや、騎士として退くのは謙遜ではないってとこか。
そして剣を捧げられてる俺は、魔法なら強い。
ヴェノスがいうとおり、魔法で距離取って一方的な火力勝負に持ち込めば一太刀も浴びないだろう。
身体能力もレベルマクラスだから決して弱くはないが、強いかと言われたら首を傾げる。
何せ魔法職だし、剣なんて技術面では銀級の『夢の架橋』トリーダックに劣る自覚があった。
「なるほど、強さと一口に言っても難しいな。では、巨人を倒せるかどうかという指標ではどうだろう?」
「またずいぶん大きく出るな、トーマス。確かにジャイアントキリングは英雄の代名詞だが、君の言う強さはそこまでのレベルなのか」
俺の提案にイスキスが苦笑いを浮かべる。
単に俺が戦ったことのある相手の中で、巨人とドラゴンの二択だっただけなんだが。
しかも人間スケールで考えて弱そうだなと思ったほうを上げた結果だ。
どちらも巨体には変わらないが、体高の低さと攻撃手段の多さで範囲攻撃が厄介なドラゴンをこの世界の人間が倒せるかは疑問だ。
対して巨人は死角から襲ってくる尻尾もなければブレスもない。
二本の足で踏み潰すか、上から腕を使って攻撃してくるか。
足を片方潰せば一気に機動力がなくなる辺り、やりやすいとも言える。
「『水魚』は無理だと? 私はそうは思わない。君たちの戦法は最も攻撃力の高いイスキスが最高の一撃を入れられるためのおぜん立てをメンバーが行うのだろう? その戦法が決まれば巨人も敵ではないはずだ」
オーク討伐で見た動きは悪くなかった。
人数も多いしやれることも専門化されててわかりやすい。
そして動く目的は一つ、イスキスのおぜん立てだ。
ゲームでもチームプレイだとアタッカーのためのおぜん立てはやっていたし、やれることをやるのは当たり前のことだ。
そしてハマれば大きいしパターン化できれば失敗も少なくなる。
(巨人がボスエネミーだとすれば、足りないレベルを人数で補う戦法はありだし。公国にいた巨人くらいなら数で叩けると思うんだがな)
ゲームでもレベル差を埋める作戦というのはあったし、そのために徒党を組むのは間違ってはいない。
俺の意見に神妙な顔のイスキスがゆっくりと答えた。
「トーマスはきっと私よりも深い見識を持っている。そんな君に言われると、不思議とそうだと思える。いや、そうなれるような気がする」
「なれると私は思っている。あぁ、もちろん死力を尽くさなければいけないがね」
「だろうな。ではトーマスの目から見て『酒の洪水』は巨人を倒せるかな?」
「無理だろう」
一人でやれる相手ではない。
レベルマプレイヤーならまだしも、この世界の人間の強さで考えると難しい。
一度も見つからないという前提で毒やトラップ系のアイテムを使えば時間をかけて可能かもしれないが、それでは強さの判断基準から外れる。
「なるほどなるほど。一刺しでは倒せない強敵。才能や小狡さ程度では覆せない例ですか。それを倒せるだけの力を強さというならわかりやすくありますね」
カトルがそう頷くと、考えて指を立てる。
「それならば手前味噌ですが、自信をもって推しましょう。我が国の英雄ヒアム・ミータを」
「ほう、議長国の英雄?」
カトルにヴェノスが先を促す。
「賢王国を追われた不良ドワーフで組織された盗賊団と戦った実績のある方です。共和国からの暴徒も鎮圧してます。王国のヴァン・クールが攻めであるなら、我が国では守りの英雄と言えるやないですかね」
「あぁ、我が国で巨人討伐に名乗りを上げるならばヴァン・クールだろう。配下も粒ぞろいと聞こえている」
イスキスが疑問を差し挟むこともなく応じる。
やはりここでヴァン・クールの名前は出て来るのか。
(そう言えば議長国には選択を間違えない市長か何かがいるんじゃなかったか? 戦闘系じゃないから強者とは違うのか)
この世界にあるというギフトという能力。
特殊能力は脅威ではあるが強者ではないのか。
その話を聞こうかと思ったところに、別の声が混じった。
「小王国の将軍も忘れてはいけませんね」
突然話に入って来たのはおさげの魔法使いサルモー。
「帝国の侵攻を一度は追い返したのです。三万対五千の絶望的な戦いを切り抜けた技量と将器は大いなる敵にこそ本領を発揮する強者の実績では?」
なんかテンション高いな。
どうやらこういう誰が強いとかいう話に熱くなる男だったようだ。
「小王国と言えば今はもう帝国領になりはったんでしたか?」
議長国出身のカトルからすると馴染みのない国のようだ。
それでも商人だから、全く知らないわけではないらしい。
ただしそこの将軍が帝国を追い返したとは知らなかったそうだ。
もちろん俺も知らない。
「そう、籠城戦も絶望的な中で最後の防衛を守り切り!」
サルモーの演説に他の『水魚』も注目し始める。
そして声の大きいガドスが茶々を入れた。
「けど結局小王国は帝国に下っただろ!」
「ガドス、侵略ではなく恭順という扱いの違いはあるし、それをできたのは一度追い返し帝国に安い相手ではないと認識させた成果だ。確かに英雄と呼ぶにふさわしいと僕は思う」
イスキスとしても評価できる人物のようだ。
「他に対帝国での英雄って言えば、公国の二枚看板がそうよね。帝国の侵攻を追い返した」
女魔法使いのアクティがまた別の英雄を上げる。
(案外帝国の侵攻って失敗続きなのか?)
いや、歴史的にも連戦連勝はありえない。
一度負けても最後に勝てば勝者になれる。
(まぁ、俺の世界の歴史には百年戦争だとか、応仁の乱だとか長引きすぎて勝者がいない戦いもあったけど)
それで言えばまだ帝国は戦いのさなかなのだからまだ負けてはいないし、公国も勝ててはいない。
この王国も凌いでいる状態であり、それを可能としたのがヴァン・クールだ。
そこに斥候のオルクシアが手を上げた。
「ねぇ、そういう英雄って言われる相手を一手に敵に回してる皇帝ってのはどうなるんだい? あれも強者? 英雄?」
「なるほど、帝国からすれば皇帝もまた英雄でしょうね」
ヴェノスの肯定にイスキスは苦笑を浮かべた。
敵国なので肯定しがたいんだろうが否定もしがたいってところか。
(確かに一代で国土を大幅に拡げた手腕は英雄と言える偉業か。一般市民の俺には想像もつかないな)
ただ一つ前提に照らし合わせると疑義がある。
「巨人を倒せるかどうかは別の話だろう」
「帝国が一丸となって皇帝の命に従うならばありだ。ただ、皇帝も帝国を宰領する者。それで言えば意味のない巨人討伐では動かないし、公国が王国ほど攻められていないのも巨人の介入による被害を思ってのことと言われているからな」
イスキスが言うのはつまり、巨人を相手にする上では強者とは言えないでいいのか?
良くわかってないオストル少年が椅子に膝立ちしてイスキスを見た。
「巨人退治の話? だったら人類最強の狂戦士だよ!」
「何やら穏やかではない呼び名だな」
なんだそいつ?
俺は知らないが今度はカトルが知っていた。
「逸話の多いお人ですよ。ドラゴンを睨んだだけで退散させた、巨人の住処を踏破した、巨木となって森を魔境に変えようとしていた樹霊を伐採したなどなど。諸国を放浪してはるようですけど、今どこでしょうね?」
「たしか公国が招聘しようと動いていると小耳に挟んだな」
イスキスは探索者という職からか、案外強者の動向に詳しいようだ。
狂戦士とやらは探索者でもなく国に仕えているわけでもないが相当な猛者らしい。
「当代随一の魔法使いステルラ」
「アーティファクトの盾使い」
「流浪の弓使いも忘れるな」
『水魚』からさらに色々上がる。
指折り数えると皇帝も入れて九人くらいか。
アーティファクト持ちもいるならプレイヤーを警戒する必要はやはりある。
「カトルどの、亜人の国で今代の英雄と言われるに足る者をご存じですか?」
「そうですなぁ」
ヴェノスの問いかけに存外博識な商人が考え込む。
「賢王国には聖女がいらしますね。初の女性教皇として立つのではと噂ですわ。そうなると一大勢力ですし、聖女として悪しき者を祓う力は本物と聞きます」
「ドワーフの、聖女?」
俺の言葉に『水魚』たちも首を捻る。
どうも想像ができない。
ゲームにはそんなのいなかったし、やはりこの世界のドワーフなのだろうか?
「帝国の皇帝が入るなら、エルフの女帝が入ってもいい気もしますね」
「エルフは女王制なのか?」
イスキスが驚くとカトルは首を捻る。
「エルフはあまり交流がないんですよ。けれどドワーフから聞いた話では、候補から選出する形だそうで。女帝は今三期連続で盤石なんだとか」
王政なのに選挙?
いや、古代ローマみたいな帝政に近いか?
(いっそ争いばかりの人間の国より見るものあるかも知れないな)
俺は亜人の国にもちょっと興味が湧いていた。
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