102話:過去の英雄
俺がダンジョン入りに手間取っていると、王都で別れた探索者『水魚』と再会した。
しかもそこにヴェノスと商人カトルが合流する。
カトルの好意と縁故作りのためにお茶をしながら歓談となったが、会話の内容が俺の知る日常会話じゃなくなっていた。
ざっくりいうと過去の偉人についての話だ。
その実、プレイヤー情報なのだから話に入れなくとも耳は澄まさなければならない。
「異界の悪魔は人間のほうでは十一人言われてますやろ。けど亜人の生活圏にも現われたんです。その話が議長国のレリーフには描かれてまして」
議長国出身のカトルは王国では聞けない話をし始めた。
(議長国と言えば猫の前足の地形にある国だな。その辺りは南北に延びる山脈が途切れて別の山脈があって…………)
俺は地図を思い描きながら考える。
議長国の北にある山脈の切れ間が亜人との国境であるようだ。
そのため亜人の国での戦争も議長国は記録していた。
王国では山脈に隔てられて、亜人の国の様子など他国経由でしか入らない。
王国の探索者たちである『水魚』も初耳の情報らしい。
「実は議長国には一代限りの混血は珍しくないですよ。ただそうあるものでもないんですわ。亜人との混血で生まれた子ぉは亜人の特徴を持ちます。けどその混血児が子を成すと人間か亜人の特徴が顕著になりどっちかだけでして」
つまりヴェノスのような両方混じった姿は混血児のみ。
けれど実際は魔法で姿を変えているだけだからノーカンだ。
さらにいうならただの設定であり、ゲーム中でわかりやすく他のリザードマンと違うと差別化するためのデザインでしかない。
(これがヴェノスの中では神に近づけた者っていう認識なんだよな)
以前なんとなく聞いてみたらそんな答えが返ったのだ。
その見た目になるよう望んだのは確かに神とも言える運営側で、オーダーを受けて設定を作った俺やレーターだ。
間違ってはないけどなんか座りが悪いと、ヴェノスを見るたびに思ってしまうのは我儘だろう。
設定だけだったものや合理的でない状況を現実に落とし込んだ結果なのかもしれない。
「あまりこちらではいい印象のない話でしょうがね」
「何故でしょう?」
カトルにヴェノスが不思議そうにするが、俺もわからない。
けれどイスキスは気まずい表情なので、どうやら一般的に混血児の話はタブー的なもののようだ。
ただ議長国では違うようで、話を振ったカトルが気にせず答えた。
「誤魔化してもあれなんで率直に言いますと、吸血鬼やライカンスロープに攫われて、逃げた者が大陸の東で出産という話が多いんですわ」
「あぁ、望まず産むという前例があるからですか。それは確かに良い印象はないでしょうね」
「もちろんそうでない場合もありますが、そうすると人間のほうより亜人の所で暮らすことが多くて、王国じゃ馴染みがないんですよ」
カトル曰く亜人の国で混血児は見るらしい。
人間側では忌み子扱いだが、亜人と括られる者たちは元より身体の大小が違う。
少々の異相では全く気にされない。
だからこそ混血の姿で普通に人間の国に現れるヴェノスが相当珍しい存在だそうだ。
「世界は広いな。私も知らないことばかりだ。カトルどの、混血の英雄というのは?」
微妙な空気になりそうな気配に、俺は先を促した。
正直混血とか興味ないが、悪魔相手に活躍したとなると話は別だ。
つまりはプレイヤー相手に勝ったかもしれない存在の話になるのだから。
何かしらの手法が亜人の国に残っているのか、それとも混血によって一代限りではあるが特殊な力を得られるのか。
「えぇ、二百年前の英雄の子孫を名乗りまして。そこから伝わるアーティファクトを持って戦い、ついに悪魔を退けたというんです。ライカンスロープの混血で、先祖の英雄は確かにライカンスロープと手を組んだ者でして、そっちの伝説もあるんですわ。英雄は神聖連邦と亜人の共闘を推進しようとしましたが結局上手くいかんかったっていう」
なるほど、そういうパターンもあるのか。
プレイヤーが人間側ではなく亜人につく。
そしてその英雄を神聖連邦は許容しないと。
プレイヤー自身が死んでもレア武器やレアアイテムが遺るのは想定内だ。
もちろん子孫なら使い方や装備条件を聞いてておかしくない。
この話は推測に実例という証明を得る機会となったわけだ。
となると、やはり強力なアイテムの有無を確かめるのは優先事項となる。
物によってはレベル以外の用件で使用可能になる武器もあるし、それならこの世界のレベルの低い人間でもNPCを傷つけられる。
その可能性は警戒すべきだ。
「あとは吸血鬼との混血で活躍した英雄もいますね」
「それは…………吸血鬼は寿命がないと聞くけれど。混血は今も?」
イスキスが警戒混じりに確認する。
カトルは残念そうに首を横に振った。
「いいえ、吸血鬼の仲間を守るために身を賭したそうです。二百年前には五十年前より多くの悪魔が現われたそうですから。基本的に英雄として名が残ったのは悪魔を倒したり戦後に生き残ったりした人たちなんで、吸血鬼の英雄は地元で知られてるだけです」
よく考えたらこれはすごい情報だ。
エネミーも生殖可能なのか。
(あれ? 男女いる種もあれば町もあるし、生活あるし。もしかして、エネミーって放っておいたら増える?)
俺はちょっと想像…………できなかった。
増えたらどうすればいいか。
それは帰ってから聞いたほうがいいだろう。
(独身だった俺には荷が重い)
そんなこと考えてる内に話が人間側の英雄、四天王に移る。
もちろんその話を振ってくれたのはヴェノスだ。
「それぞれが素晴らしい武器を持つ英雄だそうですね。一人は聖剣、一人は聖杖、一人は楽器、一人は籠手」
「あ、それ。話には聞いていましたが、本当に楽器や籠手で戦えるもんですか?」
カトルがちょっと笑いぎみに確認する。
確かに聞いた感じ武器じゃないのが混じってる。
けれどゲーム知識だとありだ。
殴り系ジョブがあったので籠手は普通に装備武器だし、楽器も商人系ジョブでも使える武器の一種にあった。
(逆にそんなキワモノあるってのがやっぱりプレイヤーか)
この中で面倒なのは聖杖と楽器。
肉体が衰えても口と指が動けば使える物だ。
いや、使えると決めるのはまだ早計か。
グレードによるのがゲームの装備だ。
「その四天王方もやはり強力な武器を後世に伝える準備があるのかな?」
受け継ぐ者がいるならそいつが敵になる可能性は高い。
けれどどうやらカトルは俺の質問の答えを知らないらしく、イスキスを見る。
「実はそれが大問題でね。お一人亡くなっているのに未だ相続問題で揉め続けているんだ。トーマスもどこかでその話を聞いたのかな?」
「亡くなっていたんですか」
「おや、それは知りませんでしたね。残り三人?」
ヴェノスとカトルも知らず問いを重ねた。
「血縁者の誰も扱えず、かと言って国に接収されるのは嫌だとして粘っているんだよ。御三方はどうだろう? 患いがあるとは聞かないが」
「しかし高度な武器は戦力。野放しにもできないでしょう」
ヴェノスにイスキスは頷く。
「場所が帝国なのではっきりとは僕も知らない。しかし皇帝が狙っているのは確かだ。神聖連邦も色気を出していると噂になっているね」
「けれど血縁でない者が手を出しても火種ですなぁ」
カトルは苦笑いだが他国の者であるためか他人ごとの雰囲気が濃い。
「せっかくの武器を飾りにするのもどうかと思いますが、争いの種になるのも望まないということなんでしょうね」
ヴェノスの言葉にイスキスは同意する。
けれどカトルは首を傾げた。
「英雄の武器を英雄の子孫が保持する。そのことに重きを置くんでしたら、ただの飾りよりも意味があるんやないです?」
イスキスも否定しないなら、この世界の価値観的にはそういうものらしい。
ただゲームでのレアアイテムかもしれないものが宙に浮いているのは事実。
俺も色気出したくなる。
けれどどうやら世界的に注目の的のようだ。
手を出すだけ危ないだろう。
(けどどの武器かは興味あるな。あ、そう言えばレジスタンス関係でNPCたちが帝国探ってるんだっけ。だったら情報拾ってくるよう言ってみるか)
思い浮かぶのはレジスタンスのために動いているという紫のアラクネ。
あそこらへんでいいか。
「他の四天王は何処の国にいるのか知っているか、イスキス?」
「トーマスは知らないかい。一人はさっきも言ったとおり帝国に。一人は神聖連邦で隠棲中だ。もう一人は帝国か公国の東の山稜の何処かにと噂だ。四天王同士は不思議な力で連絡を取り合うので生存は確認できるんだとか」
もしかしてそれチャット機能か?
プレイヤーだとその機能が生きてる?
いや、電波どうなってんだよ。
うん、まぁ、チャットではないにしても連絡手段ありか。
だったら一人に接触すれば他にもばれる。
レア武器は惜しいが危険を冒すほどではない。
何故なら俺にはインベントリがあるから。
(もし現役で動き回ってる奴なら厄介なんだがな。すでに老人なら良かった)
死亡も不思議ではない年齢らしいとは聞いている。
この世界にはゲームの回復アイテムもあるが、ゲームほど入手は容易ではない。
だったら医療水準の低い世界では、風邪一つで命取りかもしれない。
(ここは触らず放置だな。調べるのは死んだと確定してからでも遅くない)
転移でパクる手もあるけれど、逃げ果せても見られて転移が存在すると確定し広められても困る。
プレイヤーならそれくらい考えつくだろうし。
「生きている者の中で強者はいるのかな?」
俺の問いにイスキスが笑う。
「難しい問いだね」
「下手すると戦争が起こりますよ」
カトルが不穏なことを言い出す。
「強さはいつでも至上命題ですからね」
なんかヴェノスまで混ざったのはなんでなんだ?
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