101話:再会と初対面
王国にあるダンジョンの街。
そこは高層マンションを街の外れに置いて発展する他とは違った街だった。
王都とは違う賑わいがあるものの、同時に影を纏い雑多な印象が強い。
そんな街で俺は困っていた。
「まさか人数制限があるなんてなぁ」
ダンジョンへの入場は探索者である必要がある。
そうと知っていたから王都でギルド証を求めた。
だがそれと同時に三人以上のパーティである必要があったらしい。
説明されたところによると安全面だとか犯罪防止だとか色々言われた。
金級の『酒の洪水』のような実力者なら単独でも特例で許可されるそうだ。
けれど俺はギルド証を手に入れたばかりの扱いとしては駆け出し。
オークプリンセスのことなんかを功績として最下級の鉛級より上の鉄級だけど、それだけだ。
(オークプリンセスのことも伝わってないみたいだったし。依頼受けて実績にするにしても、ここダンジョン以外の依頼少ないししょぼいし)
ここでダンジョン関係以外の依頼を受けて達成しても、実力を認められるようなことにはならない。
王都に戻って依頼を受けるほうが効率はいい。
ただしこの世界、移動に時間がかかる。
何せ一番の移動手段は騎馬。
(異世界ならいっそドラゴンライダーでもいたらかっこいいのにな)
けれどこの世界でドラゴンは特級の危険生物。
扱いはロケットに乗って移動すれば早いというに近い奇抜な発想だ。
そしてもちろん俺は乗馬なんてできないし、自力で馬車を用立てることもできない。
転移して移動時間の齟齬を怪しまれても面倒だ。
かと言って俺を入れてくれるパーティがない。
(ゲームなら呼びかけとかあったけど、この世界だとなぁ)
ダンジョンに挑戦するパーティはメンバーを固定して備えをしてからこの街にやって来る。
飛び入りを募るようなパーティは犯罪者がほとんどだ。
どうやら人海戦術でダンジョンの物品を手に入れ、分け前を増やすために頭数を減らすような無茶な戦わせ方をするとか。
そのせいでちゃんとパーティとして登録した者が最低三人にという規定にも繋がったらしい。
「はぁ…………うん?」
溜め息を吐いたところで、スキルのマップ化にマーカーの反応が現われた。
振り返ると声をかけようとしたのか片手を中途半端に上げたイスキスがいる。
「イスキス、それに『水魚』の方々も」
「あぁ、やっぱりトーマスか」
そうか、ペストマスクで顔が隠れてるから俺とわからないのか。
しかしどうしてここにいるんだ?
「王都で依頼がと言っていたはず…………」
「王都では済んで、新たな依頼を受けて来たんだ。会えるんじゃないかとは思っていたけどこんなに早いとはね」
聞けば珍しい魔石を採集して来いとざっくりとした依頼を受けたそうだ。
「金級は忙しいはずじゃないのか?」
「いや、相手がお偉いさんで断れなかったんだよ」
王国に三人しかいない金級探索者相手に無理を通すとなると、相当な相手なんだろう。
そうして街中で立ち話をしていると、尻尾を引きずる独特の音が聞こえて来た。
マップ化を確認しても想像どおりの人物が近づいてきている。
「おや、『水魚』の。何故ここに?」
「ヴェノス。そちらこそ商談はどうした?」
やって来たのはヴェノス。
同行は行きまでのはずが、こうして俺がダンジョンに入れない間細々と姿を現している。
商人カトルに雇われ、商談の時に連れて行かれて話の種にされているそうだ。
商人としてはそうした話題性は大事であり、ヴェノスは文句なしの逸材らしい。
そんな話をカトルから聞くくらい、俺はここに来てから今もヴェノスといる。
もちろんやってきたヴェノスの横にはその商人もいた。
「いやぁ、ヴェノスさんいらっしゃると進む進む。今日も商談はえろういい塩梅で。さて、そちら『水魚』の」
そう言えばカトルとイスキスたちは初対面だ。
「やぁ、これは何かの縁ですわな。私ら取ってる宿でお茶でもどうです? すぐそこですよって」
ナチュラルにカトルが俺と『水魚』を案内し始めた。
商人として顔繋ぎのチャンスを逃さないバイタリティは素直に感心させられる。
そうしてそのままお茶の流れになった。
人数多いのに全くそつなくこなす。
その間に動くカトルの部下もすごい手際がいい。
なんのよどみもなくお互いに自己紹介に入り、全く動揺しないイスキスたちもコミュ力が高い。
…………俺は流されるままなのに、たぶん元の年齢からしてこいつらより人生経験は長いのに、恋人も友達も…………やめよう、なんか虚しくなる。
「え、まだダンジョンには行ってないのか」
「あぁ、少々問題があってな」
「いくらトーマスでも、狙われてるんじゃやりにくいわよね」
アクティが声を潜めてそんなことを言う。
どうやら俺のような支援系は悪い相手に目をつけられるのが当たり前らしい。
「こうして無事なんだから平気だったんだよ。トーマスさんしっかりしてるし」
「お人よしだがな」
声の大きなガドスがオストル少年に応えて笑う。
大したことしてないのにお人よしだと思われてるのか、俺。
十人以上いるからそれぞれが会話を始めた。
俺はなんとなくイスキスやカトル、ヴェノスと一緒に話をする形になった。
「王都に他にもリザードマンがいたけれどヴェノスさんのような方は見ないね。別種ということなのかな?」
「えぇ、私だけです。リザードマンではあるのですが少々特殊で」
イスキスはヴェノスに興味があるようだ。
カトルも応じて会話に混じって行くのはやはりコミュ強。
「ヴェノスさんはまとめ役であるようでして。他のリザードマン方もヴェノスさんを頼ってらした」
「そうとも言えますが、私が頂点というわけではないですよ。彼らの中で上というだけで」
「そうなのか? あぁ、本拠に長が別にいらっしゃる?」
イスキスに頷くヴェノスだが、なんかこっちをチラ見する。
その長ってまさか俺か?
「それにしても素晴らしい鎧と剣だ。いったい何処で作られたのかな?」
「本拠ですよ。こちらではこうした品質は見かけませんね」
「そんな高度な技術が?」
イスキスは予想外の答えだったらしく素直に驚く。
それを見てカトルがしたり顔で言った。
「亜人の技術の高さは舐めたらあきませんよ。この意匠はあいにく知りはしませんが、人間の国より亜人の国のほうが質のいいもんってのはいくらでもあるんです」
「そうなのか、一度人間に追われたと言われて、つい。すまない、勝手に隠れ里のようなところを想像していた」
「聞くところによると店もあり石造りの建物も多いとそうですよな」
カトルがヴェノスから聞いたことを答えている。
濁して教えているのか、カトルの語る大地神の大陸はだいぶスケールダウンはされてるようだ。
まぁ、宝石でできた街や城、地下の広大な土地なんて言っても信じられないだろうが。
「つまりあなたが本拠にしているのは街なのだね」
「えぇ、ただ私たちの種族だけが住むわけではないです」
確認するイスキスにヴェノスは何やら含みを持たせて答えた。
俺はもちろんコミュ障ぎみなので黙って聞いてる。
「ヴェノスさんは代表的な、戦力であると思ったが」
「そう自負していますよ。だからこそこうして外界で活動を許されました」
イスキスとしては強者として見ているという意味なのだろう。
探索者だし金級だし、その力を重く見ていると。
けど今のヴェノスは格落ち装備の上に、極力無害に振る舞っている。
やっぱり駆け出しレベル、行ってもパーティ全体の総力で中級くらいか。
「あなたのような方は初めて見た。何か他の亜人とは違う強みがおありかな?」
「いやいや、亜人との混血で活躍なら歴史にもありますよ」
イスキスが強さについて話を振ると、カトルが大げさに驚いてみせる。
その様子にヴェノスも目を瞬かせた。
「おや、王国では伝わってない? 共和国でならどうです?」
俺に振るな。
「すまない。亜人には詳しくなくてな」
「あぁ、それだけの腕なら勉強に専念してらしたでしょう。ふむ、我が議長国には多くの美術品があるのは?」
「有名だね。商人の国として神聖連邦にも美術品を輸出するほどだ」
「『水魚』のリーダーさんのいうとおり。それで、五十年前の戦いを題材にしたものもあるんですわ。二百年前の異界の悪魔との戦いの様子を描いたレリーフやフレスコ画も」
「ほう?」
それはつまり歴史的な価値があり、観光すれば見甲斐もあるだろうな。
俺が興味を示したことでカトルは大きく頷き、ヴェノスも先を促す。
「亜人との混血が活躍した歴史とは? 異界の悪魔が関係しているのですか?」
「五十年前の十一人の悪魔は亜人も襲い、人間のほうで有名な四天王以外にも亜人に英雄がいたんですよ」
知らない単語ばかりだ。
まず五十年前にいた異界の悪魔は十一人、そしてそれに対応しただろう人間側が四天王というからには四人?
(いや、四天王は一番上の五人目がいてこそ四天王ってなにかで。つまりは五人?)
ヴェノスが何げない様子で話を続ける。
「四天王という方は今も存命で?」
それはイスキスも知ってるらしく答えた。
「えぇ、死んだとなれば一大ニュース。聞こえていないならまだご存命だろう」
「ですがもうご高齢ですからね。いつその訃報が流れてもおかしくはないでしょう」
カトルもそういうなら、つまり四天王は老人。
思えばプレイヤーは人間として現れる。
だったら五十年前に来てるなら若くても六十代。
ゲームは色々規制があったため戦闘系で十代前半はアウトとなりNPC以外にいない。
それで言えば人間じゃない設定だが、少女姿で戦うティダはアウトかもしれないという話が開発時にあった。
現実ではないゲームとは言え、現実社会の軛からは逃れられないものだ。
毎日更新
次回:過去の英雄




