100話:オルヴィア・フェミニエール・ラヴィニエ
他視点
王城の一角で行われるガーデンパーティは、定期的に開かれる催しの一つだ。
格式ばったものではないので、お城の外の者が呼ばれもする。
「オルヴィア姫、ごきげんよう。お出でになるなんてお珍しい」
「ごきげんよう、夫人。花が綺麗でしたから」
私も情報が欲しい時には参加する。
普段は社交より考えなければならないことや調べ物が多く、少しでも馬鹿な内部争いを治める方策を練ろうと努めた。
時間はいくらあっても足りない。
なので珍しがられるのは許容の範囲。
今日は側つきの者たちと一緒にめかし込んだ。
そんな私にふだんあまり言葉を交わさない者も寄って来る。
大抵の思惑は私の婚姻だとわかってはいる。
造形として整った顔は貴公子たちには価値があるのだから。
なので親類の女性を使って私を探るようなことをしてくるのも許容の範囲だわ。
(直接来るくらいならまだ考慮に入れるけれど)
そう思っていると一人の貴公子が私の下へとやって来た。
「麗しの姫君、ごきげんよう」
直接来た猛者ではない。
猛者は猛者でも王国で名の知られた金級探索者『水魚』のリーダー、イスキスだ。
元から貴門の生まれでガーデンパーティの場でも浮かない立ち振る舞い。
同じ探索者チームの魔法使い四人も貴門なのでともに参加しているのは見てわかった。
そして私が人づてに連絡を取っていた相手。
どうしても直接報告を聞きたくてこの場を利用した。
「まぁ、あなたも参加なさっていたの。勇名は聞き及んでおりますわ」
「これは嬉しい。どうです、少し腰を落ち着けて最近経験した話でも。姫君には大変スリリングなこと請け合いですよ」
冗談めかして誘うイスキスは、恐れ知らずか無礼者かの線引きを上手くかわす。
貴族から離れた鼻つまみ者なのに、金級という実績を示して返り咲いた。
その立場は独特であり一定の尊敬を得ている。
なのでイスキスに誘われた私には悔しがる令嬢の目が集中してしまうのもしょうがない。
いえ、あれはイスキスの顔の良さゆえかも知れないわね。
「さて、深窓の我が妹にいったい何を聞かせるつもりかな?」
「そうだね、兄として心配だ。それと同時に君の活躍には僕自身大いに興味がある」
私とイスキスの会話に割り込むような真似を許される二人が現われた。
兄である王子のルージスとアジュールだ。
けれど兄上方の乱入は想定外。
いえ、想定しておかなければいけなかったことなのに、まさか今の状況でお二方とも同時に現れるなんて。
足並みをそろえてもこの好機を逃せないと思ったのでしょう。
何故なら『水魚』は先日陛下に報告されるような手柄を立てた探索者。
声望を争う兄上方からすれば恰好の的だ。
「さて、殿下方を満足させられるほどこの舌が滑らかであれば良いのですが」
「ほう? 相手の性別で変わるのか?」
ルージス兄上の嫌みともとれる言葉にイスキスは笑顔を返す。
「もちろん、麗しの姫君だけに美辞麗句を送っていては殿下方に失礼に当たりますので、控えなければなりませんから」
「いや、面白い。本の虫の妹には君くらいユーモアに溢れる相手が必要かもしれないな」
アジュール兄上は朗らかさを装って笑う。
けれど裏を読めばルージス兄上はイスキスに圧をかけ、アジュール兄上は私をだしに気を引こうとしたことになる。
イスキスもわかっているのでしょうけれど顔には出さない。
後ろの仲間たちも、いえ、確かホロスといった老魔法使いは明らかにやる気をなくしてるように見えた。
「楽しみですわ。兄上方もいらっしゃるとなれば庭先とは参りませんわね。すぐに部屋をご用意いたしましょう」
私用に用意された休憩室へと案内する理由付けにはなった。
これでイスキスが継承争いなんて無駄なことに巻き込まれなければいいけれど。
そのために私を持ち上げて、好色さを前面に出して政治に興味はないと示しているのでしょうし。
「こうして席まで用意していただけるとは。もしや、オークの新種についてお王宮でも噂に?」
「そうだ。陛下にも報告されている。見つけたのは手柄だが、逃がしたのはまずかったな」
もうこうなっては、私は兄上方に譲るほかない。
ルージス兄上も当たり前のように応対していた。
けれどここで引かないのがアジュール兄上だ。
「生きて情報を持ち帰ることが重要でしょう。責めては可哀想ではありませんか」
「誰が責めた」
「そう厳しい顔をなさるとそのように捉えられますよ」
ルージス兄上の厳しい顔つきを前に、アジュール兄上は悪びれない。
長兄として国王となるべく周囲を圧するのが癖なのだ。
逆にアジュール兄上は兄の後という立場から印象を操作する手管を身につけた。
どちらも難ありなのが困りもの。
そんな王子たちを前にイスキスは気を悪くした様子もない。
「確かに逃がしたのは責められても返す言葉がございません。同時に生きて情報を持ち帰れてよかった。それというのも仲間がいたこと、そしてたまたま同行した御仁ができた方だったお蔭でしょう」
イスキスはどちらも取り上げる形で話題を変えた。
そして私に目配せをする。
依頼内容は紫のリザードマンを名乗る亜人の調査のはずだけれど。
「亜人を助けてその惜しみない助力に感謝される方です。私たちもご一緒してわけ隔てのない人格者たる振る舞いを見ました」
「まぁ、亜人を?」
私が確認するとイスキスは笑顔で肯定する。
つまり紫のリザードマンと通じる人間を見つけたのだ。
そして共に依頼でオーク討伐を果たし、そのさなかに今回のオークの新種発見に至ったという。
「どうもその亜人たちは祖霊を奉る姿を人間に見咎められ襲われたとか」
私が興味を示したとしてイスキスが紫のリザードマンについて話す。
内心で睨み合っていた兄上方も耳を傾けた。
「住処を追われ困っているところをその薬師トーマスが救ったそうです。自らも共和国から逃れた身ながら持ち出した薬を使って治療したのでしょう」
聞く限りトーマスという人物は良心的だ。
そしてあの紫のリザードマンがやって来たのも人間という者を知るため。
偶然同じ国にい合わせ大変感謝されるも固辞していたのを『水魚』以外にギルド職員も目撃しているらしい。
イスキスたちとの依頼でも高価な薬を使って料金を固辞し、人命優先のできた人間性が語られる。
「クペト? 聞いたことのない家名だ」
「両親は働いて学問をさせてくれたということなので、貴族ではないのでしょう」
ルージス兄上にイスキスが答える。
家庭環境というそれなりに込み入った話も聞きだした様子だ。
「本当に薬師? それだけの人物なら聞こえるはず。薬聖と同じ恰好など真似だけならいくらでもいるだろう?」
「実は、その装備が本物だからこそ『酒の洪水』が見抜けなかった目くらましを抜けて新種を発見したのです」
疑うアジュール兄上にイスキスが答えると、反応するのはルージス兄上だ。
「つまり、その薬師が新種発見の功労者なのか?」
「はい、そのとおりです。我々はオーク戦で消耗し、巣を確認せず戻ろうとしておりました。けれど『酒の洪水』の言い分を鵜呑みにすべきではないと言われて。まったくそのとおりでお恥ずかしい」
「薬聖の装備を身に着けられる実力に冷静さ、見識も広そうだ。その薬師は今?」
ルージス兄上は人を選ぶ。
周囲に人を集めるのはアジュール兄上だけれど、ルージス兄上は自ら選んでこれぞと才能を評価した者を側に置いていた。
その良し悪しは二人の評価に表れている。
けれどどちらが国を宰領する準備ができているかと言えば、私は明言する立場にない。
「残念ながら、トーマスはすでに王都を離れております」
「王都に来たのも最近だったと言ったな。なのに何処へ?」
アジュール兄上は諦められないのかさらに聞く。
「ダンジョンだそうです。ノーライフファクトリーは薬の元になる物はありませんが、魔石であれば薬を作るために使えますから、そのためかと」
そこでイスキスが私を見た。
「姫君は本物の魔石をご覧になったことが?」
ここで振ってくるならそのトーマスという薬師についていたほうが紫のリザードマンの情報をもっと得られるということなのでしょう。
それならば私の答えは決まっている。
「加工されたものなら。ノーライフファクトリーのゴーレムから取れるのでしたわね。実物を見たことはないのです、見てみたいわ」
「おや、これはいいことを聞いた。つまりノーライフファクトリーで魔石を取ってくれば、また麗しい姫君のご尊顔を拝せると?」
「あら、まぁ。どうしましょう。けれど、えぇ、ダンジョンというものがどのような場所なのか、お聞きしてみたいわ」
控えめに応じて次の約束を取り付ける。
けれどそこで黙っていないのが兄上方だ。
「本当に相手を性別で選ぶな。嘘がないのはいいが、そうまでおろそかにされては少々面白くないぞ」
「これは失礼を、ルージス殿下」
「もっとも大きな魔石を私に献上しろ。そうすれば相応の褒美を約束しよう。あぁ、それと何か面白い話があれば聞かせろ」
もう命令だけれどイスキスを悪く思わないからこそ笑顔で応じる。
言ったからには実現するのがルージス兄上でもあった。
そしてちょっと見栄っ張りなので魔石よりも重い金貨が用意されるかもしれない。
「では私はどんなに小さくてもいいから色付きの魔石というものが見たいな」
軽くアジュール兄上は希少品を要求した。
その上寄越せとも褒美をやるとも言わず強請るのはやはり弟気質でしょう。
けれど無用な軋轢も生まないやり方でもある。
どちらも一長一短、こうして並んでいるとよくわかるものね。
「承りました」
イスキスがどう感じたか聞いてみたいけれど、貴門の出らしく笑顔で感情を覆い隠してその内心は知れなかった。
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