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99話:断れない道行き

 ガタガタと馬車が揺れて車輪が音を立てる。


 『水魚』との移動は幌馬車だったが、今乗っている馬車はちゃんと人間が乗るように最初から整えられたもの。


 俺の隣に座るのは商人カトルだ。


「すみません、私一人がこちらを占領してしまって」


 向かいで恐縮しているのはヴェノス。

 尻尾があるので真っ直ぐ座れず斜めを向いている。

 その上尻尾があって隣に誰か座ることもできない状態だ。


「それは私の台詞だ。カトルどののご厚意に甘えて席を融通してもらっているのだからな」

「いえいえ、ヴェノスさんの恩人とあればお安い御用です」


 俺はダンジョンのある街に向けて移動中だ。

 ギルド証のことが終わって出た所でヴェノスに捕まった結果の同行になってしまった。


 どうも俺がダンジョンに向かうと知ってヴェノスも行きたいとカトルに話したそうだ。

 するとカトルは乗り気になってダンジョンのある街での商談を整え馬車を用意した。


(そこまでされて断れないし、っていうかこの商人それで仕事取ってくるとか相当有能か?)


 すでに準備は整えられていたため、ギルド証を受け取ってすぐに王都を出ることになった。


「なんというか、聞けば聞くほど聖人ですか、トーマスさん?」

「そんなつもりはないんだが」


 カトルが呆れさえ混じったような声で妙な評価を俺に抱いたようだ。


 移動の手慰みに『水魚』との依頼内容を話しただけなのに。

 ギルドでも騒ぎになっていたので新種のことや『酒の洪水』のことも話したらずいぶん食いついて事細かに語ってしまった。


 けれどカトルが感心したのは薬について。


「私でしたら半分と言わず色つけて依頼料もらいますわ」

「まさか。そこまでのことはしていないのに欲を掻けば怨まれる」

「いやいや、貴重な薬二つも提供してそう言えることがすごいですって」


 何故かカトルからの評価が高い。


(ヴェノス、いったい何をこいつに言ったんだ?)


 向かいのヴェノスを見るとにっこり笑顔を返される。

 嬉しそうなのはなんでだよ。


「それに暴力沙汰苦手なもんとしては、手柄で上を行くやり返しもいいもんですね」

「そんなつもりではないんだがね」


 オークプリンセスを見つけたことでフォーラの顔を潰したやり方もカトル好みだそうだ。


 フォーラ自体をどうにかするのは簡単で、それよりもオークプリンセスがいることに興味があったために結果がそうなっただけ。

 実際、瑞果姫杖というレアアイテムも隠してるんだから褒められるだけ居心地が悪い。


(結局俺、装備できなかったけど。いや、できても困るがあんな魔法のステッキみたいなの)


 瑞果姫杖は女でなければ装備できないアイテムだ。

 もしできてもあのデザインを持つのは成人男性として勇気がいる。


「オークキング相手でも震えるのに、巣を確認なんてよく言い出しましたね」

「カトルどの、当たり前のことを賛美したところで、この方は喜ばれはしません」


 持ち上げられ続ける中、ヴェノスがカトルにそう釘を刺して、俺に同意を求めるような笑顔を向ける。

 それって大地神の大陸でNPCと…………いや、これを機に話を変えよう。


「カトルどのも珍しいものはよくごぞんじでは? 何せこの大陸を南から北まで海を回っているのだ」


 俺の雑な振りにもカトルは糸目を笑みの形にして応じた。


「亜人と交易をしてるいうのは、まぁ、王国や共和国じゃ珍しですな。帝国辺りはやってはるんやけど」


 カトルは議長国の商人だ。

 議長国は南にある共和国の西隣の国で、同時に亜人の国とも国境を接している。


 帝国も亜人と国境を接している国であり、カトルが船をつけた国でもある。


「私は亜人に詳しくないので、ご教授いただけるかな」

「ふふ、それでは」


 カトルは意味深にヴェノスを見て応じた。


「議長国に一番近いのはドワーフと吸血鬼です。このドワーフは一つの国にまとまっているものの、できて百年ほどの国ですわ。賢王と呼ばれるドワーフの英雄がばらばらだった同族を纏めたんです」

「ドワーフに英雄がいるのか。賢王と言われるのは、何か曰くが?」

「あ、もしや物語に出て来る頑固で手足の短い毛むくじゃらを想像してはる? いやいや、実際は人間の子供くらいのもんですよ。その上力は断然人間より強い。今では髪の手入れなんかもしていて、物語に出てくるような古いドワーフはおらんですよって」


 カトル曰く、この百年でドワーフも文化が発展した。

 元から産品は高度な技術があり、その上賢王の政策によって議長国と交易をするためにやり方を学んだらしい。


「賢王国以前は魔物と変わらないような戦いの中での生活だったそうです。今も軍部は腕力至上主義的なとは聞きますがね」

「なるほど興味深い話だ」


 ゲームでのドワーフは毛皮を着たエネミー的な存在。

 村を作っていて周囲に人間の住まいができると襲う盗賊でもある。


 同時に商人ジョブのスキルを上手く使えば交易相手にもなるNPCだ。


 この世界のドワーフがゲームと同じかどうかはわからない。

 けれど少なくとも賢王国のドワーフは聞く限り、自ら人間に合わせるというスキルで動きを変えるNPCとも違うようだ。


「では吸血鬼はどのような暮らしを?」

「うーん、なんでしょうね、あのひとら」


 カトルがドワーフと違って言葉を選ぶ。


「気位が高いんだか、プライドがないんだか」

「それは、正反対では?」

「いやいや、うーん、吸血鬼が傭兵のようなことをしてるのは知らはります?」

「傭兵?」

「あ、やっぱり共和国の人は知りませんか」


 王国の人間なら知ってる、いや、帝国か?

 ともかくこの世界の吸血鬼は傭兵で通じる国があるようだ。


「吸血鬼は何処へでも戦いに参戦するんですわ。そして敵兵を襲って吸血。食事を賄うって寸法で」

「それは、確かにプライドがないように聞こえるな」

「けれど国内に他所の種族は絶対に入れない。どうも立派なお城持ってるらしいんですけど、それが見える範囲にも近づけない徹底ぶりで」

「吸血鬼の、城…………」


 そんなダンジョンあったな。

 というか、今から行くノーライフファクトリーの同系統だ。

 ノーライフキャッスルと呼ばれるダンジョンがゲームにはある。


 そこには吸血鬼が出て来てプレイヤーを襲う。

 しかも太陽を克服しているどころか太陽神を信仰するという変わり種がいるせいで正攻法が通じないんだ。

 吸血鬼に効くはずの光魔法が効かず、かと言って闇魔法も効かない。

 正解は流水、つまり水魔法だ。


「交易をしているのなら吸血鬼と会ったことがあるのか?」

「まさか、恐ろしい。吸血鬼は眷属と言われる者を使ってやり取りはしますけど本物は出てきませんよ」


 それもゲームにいたな。

 赤黒い色をした影のようなエネミーだ。


 扱いとしてはスキルで作れる使い魔で、自動的に迎撃、もしくは守備を担う。

 もちろん交易をするなんて機能はない。


「それは眷属のほうが姿形は恐ろしいのではないのか?」

「なんや、お人が悪いわ。トーマスさん知らはったんか」


 思わず漏れた俺の言葉に、騙されたと言わんばかりにカトルは声を上げて額を叩く。


「なんやフード被ってふらふら歩くレイスの亜種みたいなもんなんですよ。フードの中見たら死ぬとか呪われるとか言われてるんで、誰も覗きこもうとはしませんけど」


 ゲームにいた吸血鬼の眷属はフードなんて被ってはいない。

 これもやはり表現が同じだけの別ものだろうか?


「なるほど、いや、私も話に聞いただけでな。恐ろしいものだと」

「私も聞いたところによると、吸血鬼は大変美しい姿をしているとか?」


 俺の誤魔化しを補強するように、ヴェノスがさらに聞いた。


「あぁ、確かに恐ろしかったり美しかったりは良く話に上がりますね。ま、吸血鬼の美しさは見たことないんで何とも言えませんが」

「そうか、その二国が主な議長国の商売相手かな?」

「一番の大店はライカンスロープ帝国ですわ」

「ほぉ、ライカンスロープ。見たことは? どんな姿か聞いても?」

「好奇心旺盛ですね。人によっては亜人の話なんて嫌がりはるもんですが」


 笑うカトルだが、俺はすでにヴェノスと関係が深いことをわかっている。

 つまりは冗談なんだろう。


「未知を知ることは楽しいだろう?」

「おや、商人としての素養がおありですな。人の心を掴むこと、なんにでも価値を見出すこと。これは皮算用と違って後から身につけるのは難しい資質ですよ」


 これも結局褒められてるのか?

 いや、損得勘定備わってないぞと言われてるのかもしれないか?


「ライカンスロープ帝国の住人は言ってしまえば大型の動物ですわ。それが二足歩行で歩いてるんです。体は人間と変わらない大きさもいます。けど中には大きい者も珍しくないんです」

「もちろん力も大きな体に相応しく?」

「強いですよ。けれど向こうも帝国を築き運営する知恵があるんで動物と言っても見た目の話だけの話でして」

「つまり話し合いで、商談は結べるだけの相手か」


 カトルが頷く。


「色々勝手が違うは違うんですがね。人間が至上ではないし、お偉いさんは受け入れられないでしょうなぁ」

「そんなの当たり前のことで?」


 ヴェノスが不思議そうに聞くとカトルは苦笑し言いにくそうだ。


「それが人間以外だからな。人間は目の前のことしか知らない」

「なるほど」

「それがトーマスさんの謙虚さの理由ですかね」


 カトルが大きく頷いて続けた。


「あとはライカンスロープ帝国の北の海に浮かぶ島国、竜人国にも寄りますよ」

「あぁ、ヴェノスに似ているというか、親類かもしれない亜人か」

「でしょうね。良く似てはる」


 実際知ってるカルトから見ても似てるか。

 けどゲームにはいない種族なんだよな。


 そんな話してる内に馬車は目的地に到着する。

 そこはダンジョンの街。今までの異世界とは違う景色が広がっていた。


 遠目からもわかるコンクリートマンションのようなものがそそり立つ。

 まさにゲーム景色がそこにはあった。


毎日更新

次回:オルヴィア・フェミニエール・ラヴィニエ

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