98話:ただより高い物はない
オークの部位は片づけられ、会議室には俺、『水魚』、受付嬢が残る。
「それでは依頼達成の褒賞と新種発見の褒賞の配分について相談いたしましょう」
「うん? まだ私はギルド証がないからそうしたものは全て『水魚』にという話ではなかったか?」
今回の討伐依頼で俺はお荷物だ。
受付嬢からの説明でも、基本はくっついていくだけで『水魚』に報酬が払われるのは護衛料だと思えと説明された。
「それは私のほうから言ったんだよ。君にも報酬の配分があるべきだと」
『水魚』リーダーのイスキスの発案らしい。
「そもそもが予定外の状況で事前情報を鵜呑みにした偵察不足が否めない。三体と言われて三体しか捜さなかったのは、他にもいる可能性はわかっていたうえでの失態だ。…………それと『酒の洪水』のことも」
「あれは」
俺がイスキスに否定しようとすると斥候の一人バーランが手を上げた。
「街で目をつけられてるのには気づいてたが、そのことを伝えていなかったんだよ」
「あぁ、気づいていたのか。ではおあいこだ。私もヴェノスに教えられて黙っていた。馬車での移動なので追ってくるような輩とは知らず。今にしておけば相談するべきだったな」
そう言うと驚かれる。
ギルドを出た時にヴェノスに言われ、俺はマップ化で怪しい者に数人マーカーをつけた。
(けど馬車で移動始めたら探索外で追ってきてるとか思わないし、そんな危険人物だとは知らなかったんだよ)
マーカーをつけた一人がフォーラとわかったのは、オークキングの首を持つ姿を見てからだ。
「皆さんの奮戦があったからこそ今回の結果だ。最初の決まりどおりでいい」
さっきフォーラという悪例を見たし、ここで謙遜と辞退は悪い判断ではないはずだ。
なのに老魔法使いのホロスが眉間に皺を寄せて首を横に振った。
「薬の代金のこともある。あんな秘蔵品出されてなんの貢献もしていないから分配もなしなど道理が通らん」
「あれはこちらも使いどころに困っていた物ですし」
「そう言ってここまで料金の請求もしてこないのだから分配くらいは受け取れ」
ホロスが睨むように俺を見て押す。
これは薬の料金を受け取ったほうがいいのか?
けれどゲームどおりの値段じゃ駄目だろう。ゲームの金額だとこちらでは高すぎる。
元の貨幣価値が違うんだ。
「ではあの薬に金額をつけてもらえますか? 私では値段のつけようがない」
俺の言葉にホロスは途端渋面になって唸った。
なんでだよ?
「あんな大変な薬に値などつけられるか。全財産出しても足りん」
「しかし、身に苦痛を伴う毒にも等しいもので」
「あぁ、なるほど。お主、魔法使いの最も恐れることが何かわかっとらんな。それでは確かに値段のつけようがなかろう。治療のために薬を使う者にとって身を削る薬など毒に等しい、なるほど道理だ」
ホロスは憮然としながら肯定する。
それをアクティたち他の魔法使いは苦笑いで聞いていた。
わからず俺は受付嬢を見る。
「魔法職の方は魔力切れを何より嫌います。毒に等しい苦痛であっても優秀な回復効果を見込めるなら糸目をつけないかと」
「あ、あの!」
今度は斥候のオルクシアが勢い込んで手を上げた。
「あたしに使った薬は…………?」
「いや、それも所詮は消耗品。治ったなら良かった。結果的に私はそのお蔭でこうして無傷だ」
ほっとしたような困ったような顔をされる。
これも料金払うつもりか?
もう面倒だな。
「こう考えてはどうだろう? 同じ探索者同士で同じ任務を担った。その間に互いに助け合い力を出し合う。その中で私の出せる力は薬であり、それを出した。あなたたちの技術や戦闘といった物体として残らないものを消費させただけでつり合いは取れている」
ゲームでもそんなものだ。
さすがに割に合わないとなれば現物で返すこともあったが、目標さえ達成すればとやかく言わないのが楽しむコツだ。
(うん? もしかしてこの場合は一見の即興パーティと考えるべきか? となると配分は平等でないと後腐れがあるな)
俺が考え込んでいると受付嬢が話を纏める。
「両者の言い分はわかりました。その上で分配は『水魚』に三分の二、トーマスさんに三分の一。その上で、トーマスさんは最初に新種を発見した功績を加味して上乗せで、全体としては半々になるようわけます」
受付嬢は問題に上げられた薬のことは脇に置いてそう言った。
けれど結局俺も半分受け取る形になったようだ。
「こちらはそれで問題ない」
イスキスがすぐさま請け負うと、迷う俺に受付嬢が耳うちをする。
「トーマスさん、ここでちゃんと働いた分の報酬は貰ったとしておかないと、あの紫の方のようにいつまでも恩返しをしたいと言われ続けますよ」
「それは…………困るな。あい、わかった。その配分で頼む」
「はい、承りました。それでは代金の用意をいたします」
受付嬢は笑顔で一度席を外す。
その間にオストル少年が俺に好奇心に輝く目を向けた。
「トーマスさん、紫のって、あのリザードマンとかいう尻尾の生えてる人のことだよね?」
そう言えば馬車での移動中は、馬車の操縦を覚えるということで御者台のほうにいた。
俺がイスキスたちにに話していた内容を知らないんだ。
話を聞いていたイスキスは笑い出す。
「あぁ、確かにこんなに良くしてもらって本人がなんの見返りも求めず当たり前の顔をしていられると、報いずにはいられない」
「そんな大げさな」
「いいえ、大げさではありません」
サルモーという三つ編みの男魔法使いが声を上げた。
「新手が現われた時点でホロスどのの脱落は致命的。オルクシアの復帰もあって分断は成功しました。何より香を使う判断の速さと的確さがなければ今回我々も痛手を受けていたでしょう」
随分持ち上げてくれるのはそれだけ評価してるってことか。
安い薬程度で儲けたと思うべきか、過分だと恐れるべきか。
(金級もこの程度か。いや、プレイヤーがいたことのある国だ。何か個人に伝わってる可能性までは否定できない)
俺は甘く見そうになる自分を戒める。
それにプレイヤーに会ってしまうことがあれば、今の高評価はきっとプラスに働く。
「あなた方の腕があればこそ私も動けた。そうでなければ私は逃げ出していたでしょう。組んでいただけたのがあなた方で良かった」
ここは褒められた分持ち上げて、後々の足掛かりにしよう。
「ところで、この国に金級探索者はどれほどの腕があるのだろう? 銀級と力の差はあるのかな?」
俺が情報収集のために聞いた途端、アクティが眉を吊りあげた。
「言っておくけれど、『酒の洪水』のフォーラが特殊例だから」
「それはもちろん」
あんな迷惑プレイヤーみたいなのそうそういて堪るか。
「王国に拠点を置いている金級は三組、その中で個として一番強いのはうちのリーダー」
「なんと」
その程度でか?
(いや、NPCと比べては駄目か。元からプレイヤー相手で色々違う。となると、『血塗れ団』を参考にレベル帯は二十から四十。それでオークを相手にしていた)
そう考えるとまぁまぁの腕だ。
レベル上げと称号取りと装備をどうにかすれば、オークプリンセスと戦える。
その目安でいくと『血塗れ団』も悪くなかった。
Lv.6の魔法を使えていたし物理に弱い以外じゃ動きも悪くなかった気がする。
とは言え、俺が魔法一つで吹き飛ばせるレベルだ。
(って、これなんか危険思想な気がする。育つ前の奴ら見て慢心するのはやめよう。プレイヤーでは、Lv.60以上なんて珍しくもなかったんだ。こいつらもそこまでぐんと育つ可能性がある)
俺が頷いていると話が勝手に進んでいた。
「それで、フォーラはまぁ、リーダーには劣るけど力だけならリーダーに次ぐ形かな。リーダーには劣るけど」
アクティがしつこく繰り返すと、前衛の女性探索者バラエノが口を挟む。
「残りの金級は双子二組でね、そっちも力だけならリーダーに及ばないんだけど、連携と対応の速さで抜きんでてるかな」
やはり単独の『酒の洪水』が特殊例らしい。
聞けば必ず他の誰かを囮に使う戦法をしているそうだ。
イスキスはそんな金級探索者を語るのに険しい表情を浮かべた。
「地力がある分依頼は必ず達成するんだ。けれどやり方がな。今回は僕たちでまだいいほうだよ。時には依頼にそぐわない駆け出しを使うんだ」
困った不良だが、依頼達成という実績があるから切るに切れないということらしい。
三組しかいない金級となればなおさらだ。
「実はギルドも僕たちが断るような依頼を『酒の洪水』に押しつけることもあるそうなんだ」
ギルドとしても厄介な依頼の達成には重宝している。
それで助かる人間もいるとのこと。
適材適所とこれも言うものか。
「それで今後、トーマスはどうするのかな?」
「ギルド証を受け取り次第ダンジョンへ向かう。そちらは?」
「別の依頼を受ける予定になっていてね。王都に残るよ」
「やはり腕が良いと休む暇もないのか」
そんな会話を和やかに交わす。
そしてギルドで別れて建物から俺一人で出た。
するとそこには嬉しそうに揺れる紫色の尾があったのだった。
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