10話:ゲームを越えた運用
アルブムルナの報告は持ち場は浜辺と近海であった場所、そして沿岸の港町や廃墟の街などについてだった。
ゲームでは廃墟にいる猫たちに動物言語のスキルを持つ精霊士やテイマーと言ったジョブのプレイヤーは話を聞ける。
猫はこのエリアでの中立の存在で、きちんと順に話を聞けば死にゲー要素のあるエリアであり、デスペナが発生しない特殊な世界であると知れた。
また友好的な人間が存在しないことや各種族に一人はいる、条件によって情報をくれるNPCについても情報をくれる。
他の封印された大陸でも、魚や鳥から情報を得るというゲーム全体の仕様だ。
「猫や港町の者たちはどうだった?」
「特に変化はなかったです。霧には驚いてましたけど、猫どもは大神への忠誠もないですし。港のサキュバスやスケルトンの主だった者は宝石城にいましたし」
港町には人間のようなNPCが歩いているが、女はサキュバスでスタファと同じ扇子のマジックアイテムを持つ。
つまり、美しいのは見せかけで本性があるエネミーだ。
男のスケルトンは目元以外を覆うアラビアっぽい恰好で、その目元も暗く実際の目は見えないが赤い光は見えるという仕様。
本性を暴いてしまうと問答無用で襲ってくる上に、仲間を呼ぶので手間取ると耐久戦を強いられる。
「守りとして浜辺に一隻、港に一隻のガレー船は配置してます。後は巡回に。ティダはどうせ浜辺は地下に行くか猫の廃墟に行くかしないといけないから置かなくていいなんて言ってましたけどー」
またティダは悪手か。
俺のような単独での侵入は察知することが大事な現状、一番見晴らしがよく遮蔽物がない浜は恰好の監視ポイントだ。
(猫の廃墟から港町に行くならまだいいんだよ。そこから地下空間の地上部、エリアボスのいないプレイヤーキャンプ地用の平原に行かれると困る)
オープンワールドだからこそ、プレイヤーはキャンプを張り、開拓するという機能がある。
そのための場所で、上手くすれば南から真っ直ぐ宝石城のある宝石の街近くまで行けた。
入るには高原のネフに大地神への改宗を願わなければいけないが。
「内部に敵が潜むことだけは防がなければならん。ティダ、地下だけを守ればいい今までとは違うのだということを忘れるな」
「はい…………」
「神よ、上から見た限り地形に大きな変化はありません。できれば地上部隊を別に作って巡回をしたいんですが」
「良い考えだよ、アルブムルナ。ならば我が騎士団から隊を出しましょう」
ヴェノスが前に出て協力を申し出た。
そうそう、こういうできる感じだと安心できるな。
(そう言えば空飛ぶガレー船は、設定では月まで航行可能だったはずだけど)
というのも当初はまさか最後まで見つからない封印大陸が残るとは思ってなかった。
だからイベント場所か、拡張エリアを想定して、ガレー船を使って場所を移動した風の演出を用意していたのだ。
「もしかして…………。アルブムルナ、どれほどの高度を飛べるかは検証したか?」
「それはまだです。大神の治められる地の確認を優先しましたから。ご命令とあらば、あ、航海士たちに周辺地図を作らせますか?」
打てば響く。魔法職の知性の高さって馬鹿にできないな。
物理極振りのティダと比べると、将軍より海賊のほうが頭いいってどうなんだ?
「何がいるかわからない今、一方的に見つかる状況は避けよ。ただ、視認不可能な高高度からの大まかな世界の広さと地形図は欲しいところだ」
「それって、どれくらいですか? スタファ、巨人ってどれくらいの高さ見える?」
アルブムルナが困って一番本性の大きなスタファに聞いた。
「そうねぇ、あなたのような目のない種族に通じるかわからなけど、北の山脈の山頂に人間が立っているのは見えるわね」
「俺らの触覚そこまでの範囲はないな。山頂の二倍くらいの高さ行けば平気そうか?」
そう言えばアルブムルナの種族ムーントードって目がないんだった。
この大陸にしかいないし、ゲームでは近づくまでもなくスルーしたから忘れてた。
人間に擬態してるアルブムルナは、物理に偏るムーントードにしては魔法特化のレア。
そのせいですごく撃たれ弱いので、魔法と知恵で上に立ったという設定だ。
(人型の理由は、海賊の下っ端にいる羊の獣人に擬態しているからだったな。頭に羊の角の飾りをつけてるのも、獣人風を装ってるっていう)
ただ生来ない器官を再現はできなかったので、擬態していても目はないままだ。
なのでそれを隠すためのマッシュルームヘアだったりする。
「航海士は獣人よね? だとしたら暗視ができないからガレー船が一番目立たない夜は航行できないんじゃない?」
「あ、イブの言うとおりだ。うーん、霧にまぎれて上昇するにしても限度があるかな?」
「夜の内に上がって日中に観察し、また夜を待って戻ればいいだろう」
俺の言葉にアルブムルナは肩を跳ね上げた。
「さすが大神! 俺全く気付きませんでした!」
「素晴らしいお知恵です! これぞ神智のなせる業!」
「なんて知啓に富んだお考え! 全能に最も近き神ゆえの聡明さでございましょう」
「比類なき頭脳! 唯一無二の慧眼! 完全なるお方!」
「ふん、父たる神ならそれくらい考えつくわよね」
「えっと、えっと、す、すごいです!」
待て待て待て!
ちょっとのアイディアで褒めすぎだ!
いっそ馬鹿にされている気がする!
あーもー!
できるならやれよ!?
ゲームの設定丸無視の能力だから本当にできるか俺知らないからな!
「鎮まれ、今は報告を聞こう。次は」
「わたくしが」
俺が雑に話を変えると、チェルヴァが前に出た。
そう言えば広間に来た順か?
イブは成り行き上すでに報告してるから飛ばしたのか。
俺はちょっと気持ちを落ち着けて、たぶん、神さまらしい? なんか偉そうな頷き方をしてみた。
するとチェルヴァもまた俺の前に膝をついて報告を始める。
元の身長差あるからそうされるといっそ見にくいんだけどな。
「大陸外縁は広うございます。ネフに任せるよりも、どうかダークエルフにもお命じください。彼の者たちであれば能力が足りないということもございません」
「ダークエルフか」
『封印大陸』に出て来るエルフは設定上神の子孫となっている。
だがこのチェルヴァはエルフ耳だがエルフではない。
(大地神の大陸にいるエルフはチェルヴァに代表される信仰を失った小神の子孫という設定だったか)
では対を成すダークエルフとはどんな種族か。
ゲーム上ではエルフのNPCの色違いで顔かたちに違いはなく、そこはデータ的な容量による仕様だ。
そして設定の上ではダークエルフは小神のために大地神が作った番人という役柄だった。
どちらも神によって作られた存在であり、ダークエルフは小神のために存在するという神格を持つ種族である。
「ふむ…………。チェルヴァよ、一人呼び出してみろ」
チェルヴァはすぐに顔の横で手を二度打ち鳴らす。
するとチェルヴァの影からダークエルフが一体湧き出た。
(もしかしてずっといたのか? え、そんな機能あった?)
確かに小神が大地神に改宗してないプレイヤーに出会ったら、即座に現れて戦闘の流れのはずだけど。
そうなってたなんて俺でも知らなかった。
「さ、我が君。元よりあなたさまがお作りになった存在。なんなりと」
チェルヴァが笑顔で促す間も、ダークエルフは棒立ちで喋らない。
「あぁ、うむ。…………己の役割を述べてみよ」
ダークエルフは赤い瞳で俺を見上げる。
そこには何の感情もないようなうすら寒い気配があった。
「宝石の街に保護された小神を守ること以外にはございません」
「わかっているならばそれでいい。励め」
こいつは設定どおりか。
エルフには感情があるが、ダークエルフにはないという設定のままだ。
「はぁぁあん!」
なんだけど、なんでチェルヴァは自分を抱いて身もだえてるんだ?
え? これってゲームにある設定? ない設定?
「愛を! 大神の愛を感じて余りありますぅ! あぁ…………!」
つうか、誰だ? こんなあからさまにエロイ動きするよう設定した奴!
喘ぎ始めたぞ!?
全年齢向けゲームにやりすぎだ!
「スタファさま」
「許可します。すぐにその見苦しい小神を移動させなさい」
指示を仰ぐスライムハウンドに、スタファが青筋を立てて命じた。
すると転移して現れたスライムハウンドがチェルヴァに触れる。
ダークエルフは無言でチェルヴァの影へ潜り込むと、そのまま転移で強制退場していった。
「御前をお騒がせいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます」
「い、いや、うむ。神とは奔放なもの。咎め立てする必要もあるまい。スタファ、報告を聞かせてくれるか?」
「御意のままに」
いっそ俺がちゃんと設定つけてなかったからあんな風に遊ばれたと思うと申し訳ない。
もう突っ込むのも嫌でスタファに話を聞くことにした。
「我が族を動員し、山脈の内は掌握いたしております。しかし山脈の向こうは未知の森。幸い我が族は白き肌。霧と雪に紛れながら慎重に調査を続行いたします。今しばらくお時間を」
そうそう、こういうのだよ。
「スタファは安心するな」
「あはぁん!?」
褒めた途端なんでお前まで喘ぐの!?
頼むから普通の報告をしてくれ!
毎日更新
次回:第一現地人発見