1話:始まりと終わり
VRMMO『封印大陸』はなんとかこぎつけた十周年。
そしてその歴史は今日、幕を閉じる。
さすがに十年も続けばハード面での移行は必定。
操作環境を古いユーザーに合わせるにも限度があるし、元の設定が古すぎて最新技術を入れられない。
まぁ、問題点を挙げればきりがない状況だったわけだ。
「そう言えば、十年前には親が言ってたな。自分が若い頃は言葉があっても実現できてなかった技術だって。夢みたいな、話だったのにって」
十年前から二次元のネタとしてはあったらしいけれど、技術的にはまだまだ未開発。
そんなVRMMOも今ではメジャージャンルとなっていた。
そして十年の節目に終わるこのゲームは今、祭が開かれている。
「はは、世界の終わりを祝うなんてイカれてる」
アバターの口で言っても、俺の声を聞く者は誰もいない。
街なんかの人が集まるところはずいぶんと賑やかで、長く離れていたプレイヤーも記念インしていたのを俺も見た。
椅子に座ってやっているゲームの中、俺は可能な限り最高速度でそんな賑やかな街から離れて進む。
(ゲーム全体ではとんでもない人数がいるはずなのに、ここは、静かだ)
俺がいるのは『封印大陸』のVR空間に存在する夜の海岸。
目の前には潮が引いて現れた海上砦への道が白く浮かび上がっていた。
砦には薄暗いくらいの灯りがみえ、アンデッド系モンスターの湧くステージとしての雰囲気を演出してる。
オープンワールドだからいる時には何処にでもエネミーはいるけど、この砦のエネミーは外には出ない仕様でまだ周囲は安全だった。
「昼だと観光名所扱いなのに。まぁ、実際モンサンミシェルモデルに作ったから見どころあるって思ってくれるだけ正解なんだけどさ」
世界の終わりに祭で賑わう世界の中、俺だけがこの暗い砦にいる。
「…………すみません、これ、俺の我儘です」
最後に備えて画面とにらめっこしてるだろう運営に自己満足で謝る。
本来なら俺はそちら側なのだから。
「けど、『封印大陸』名乗っておいて、最後の一つの封印解かないまま終わりとかないじゃないですか」
俺はイベント限定で手に入れたアンデッドと精神体特攻のある剣を握って砦に挑んだ。
霊体と精神体は別扱いのパラメーター振りをしているけど、それでも使いどころ微妙と言われた武器だった。
このゲームはオープンワールドで作られたVR世界を冒険するよくあるもの。
ただ違うのは、神や宗教が大きくゲームに出てくることだ。
勿論実在じゃないし、一神教でもない。
ただゲームをするだけならあまり気にもしない設定。
「ここで印を正しく組み立てて、よし。開いた」
今まで誰も開けたと聞かない隠し部屋へと俺は入る。
神のシンボルを知っててやらないと無理な仕掛けなんだが。
「結局誰も大地神見つけられないんだからな」
サービス開始直後はもっとマップである大陸は狭かった。
それが今は左右に長い形の広い大陸になっている。
これは神と共に封印されていた大陸をプレイヤーが解放したから。
と言っても倒された神もいる。
ただそれだと世界に対してのペナルティが重いって言うんでイベントにかこつけて集客と同時に復活をしたりした。
それが海神。
そして倒されても次の神が出て来るわんこ形式だったのが太陽神。
「で、最後まで封印されっぱなしの大地神。つうか、最初の大陸の神を未だに大地神と思ってるプレイヤーもいるし。風神だっての。加護受けるとグラインド能力手に入れられるだろ。気づけよ」
設定を作った者としてはその辺りの勘違いを指摘したかった。
もし叶うなら、新たにヒントになるイベントを起こして誘導したかった。
したかった…………けど、俺にはもう、その資格はない。
「ふう、歩き回るだけでも一時間。二十三時五十九分には終わるし、急がないとな」
俺は聖堂の扉を開いてボス戦へ挑む。
月光の降る石造りの教会の中には一人の少女が浮遊していた。
腰から生えた蝙蝠の羽根に緑色のドレス。
水色の髪をツインテールにした無表情な美少女だ。
『この先へは行かせぬ』
「いいや、押し通る」
誰もその意味を理解しなかったエリアボスの定型文に答えて、俺は戦闘を開始した。
敵は外を徘徊してたエネミーを随時呼び出して嗾け、美少女本人は一定距離を浮遊して魔法攻撃をするだけ。
俺はエネミーの攻撃を無視してボスを狙う。
そのためにアンデッド系に強い装備を揃えていた。
そして武器にある精神体に効く効果がここでは意味を持つんだ。
「そら! これで終わりだ!」
『おのれ、矮小な、定命の分際で…………申し訳、ありません』
やはり定型句を残してボスの美少女は倒れる。
アンデッドを使うけど、このボスはアンデッド系に有効な攻撃は効かない。
設定上の種族は、神なのだから。
「肉体を持たない人間とは別次元ってことで、神には精神体なんてパラメーターがあるんだよな。って言っても、誰もこの先見つけられなくて、この子の設定が日の目を見ることはなかったんだけど」
俺は砦で細々とこなした条件を満たし、ボスを倒した後に開く地下への隠し扉をくぐる。
瞬間、俺には派手なBGMと共に称号が現われた。
「『大陸発見者』。はは、やっぱりここ発見した奴いないんじゃねぇか。くそ…………」
ネット上では見つけただとか、知ってるだとかほら吹きどもが湧いてた。
誰もが予想していながら見つけられなかった未だ発見されてない封印大陸。
「設定詰め込み過ぎてわからないってか? うるさい。いいだろ拘っても。これの設定作ったって言うと、尊敬されるんだぞ。言わないけど」
今頃祭をしてるプレイヤーたちも、大陸発見の報告がアナウンスされてるだろう。
けど俺はこの称号を誇れない。
だって俺は知っていた。
そして俺は作り込みすぎて、不親切すぎるこの『封印大陸』が初期の集客失敗の時に切られてる。
十年の成功を引きよせたのは、俺じゃない。
「けど最後くらい、この残された大陸だけは、イベントや新しいヒント投入とかじゃなく、正攻法で攻略していいだろ。最後なんだから」
俺の代わりにシナリオ担当になった奴は上手かった。
そして若くて柔軟だった。
二十代で当てて、三十を目前にこのゲームに大抜擢された俺よりも十も若い奴が、低迷してたこのゲームへの集客を実現したんだ。
拘りすぎてわかりにくい、自主性に任せすぎて不親切。
そんな俺の設定を美味しく料理して、不定期イベントを組むことでヒントの拡散と客の興味を引いた。
大型エネミー襲撃イベント『トライアル』。
神々の対立という設定を生かして邪教徒という新たな敵が起こすイベント『エマージェンシー』。
そして封印された神が遣わす神使の討伐イベント『フェスティバル』。
「邪教徒とか神使とか、俺の設定にない存在付与して上手くやるんだからな」
世界を解明するといういまいちぼんやりしたコンセプトに、敵に襲撃されるという他人事ではいられないイベントをぶち込んだ。
そしてその裏にある世界の秘密というヒントをちらつかせ、もちろん成功報酬には限定品を設定して派手にやっていた。
俺が持ってる精神体に効く剣もそれだ。
正直、プレイヤー同士で一つの敵に向かうという状況は、熱かった。
「俺の負けだ。負けだよ。俺は落伍者だ。この間の仕事でもう終わり。次の仕事決まってないシナリオライターなんて無職と変わらねぇよ」
だから、勝手なことをするなとかつて世話になった人たちに怒られる覚悟でここにいる。
辿り着いたのは真っ暗なフィールド。
もちろんこういう設定を作った俺は暗視を可能にするアイテムも準備してた。
ここは地下世界。
エネミーに見つかれば戦闘の上、ここは二つの勢力が争っている。
下手に片方を攻撃すると敵認定でアクティブの攻撃対象にされるんだ。
「けど、こうして隠れて進むだけなら戦闘なしで通り抜け可能だ。もちろん、地形知ってないと無駄な時間食うけどな」
そうして地下を抜けて出たのは片側を断崖に閉ざされた砂浜。
フィールドに入った途端海から放たれる砲弾が激しく砂を舞い上がらせた。
「うわ、こう見えるのか。けどここも走り抜けるのが正解だ!」
沖には黒い海賊船。
俺は砲撃されながら真っ直ぐ海岸を走り抜ける。
そうでないと時間が経てば海賊が浜について多勢に無勢の戦闘が始まるんだ。
「はぁ、はぁ、ギリギリだ」
できるところは戦闘を飛ばして時短し、街を素通り、森を駆け抜け、曰くありげな城を横目に、高原の怪しい教会には立ち寄った。
それでも大陸という設定上フィールドが広い。
俺本人は動いてないのにすごく疲れた気分だ。
画面上に設定している時刻を確かめれば残り十分。
そして今いるのは神が封印された宝石の城。
「さぁ、封印を解いてやる」
避けられない戦闘は雑魚相手とはいえ時間を食う。
さらにその後にこのゲームの大ボスとも言える神が待っているとなるともう時間はない。
俺は世界の終わりに向けて秒読みを始めた時計を見ながら最後の行動を起こす。
そして視界はブラックアウトしていった。
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