お餅
え?
入り口を入って、すぐ右に曲がり、お餅まで一直線に速歩きしながら、時間を確認しようとスマホを取り出すと、(ヤッツケシゴトノメロディ)母からの着信が入った。(3小節まではセーフ?)
「いきなり読者に媚びるのね。美味しい作戦だわ」
天の声を軽く躱して通話をタップする。
「もしもし?さっき百に言って貰おうと思ったんだけどあんたいきなり電話切っちゃうから、お婆ちゃん事故して車の前の方へこんじゃって修理の手続きとかするから、車屋さん寄って帰るからお父さんには連絡してないんだけど、ああ、お婆ちゃんが事故したのは言っておいたからそれは知ってるけど遅くなるのは言ってないから、帰ったらお父さんに言っといてほしいんだけど、あ、あんた免許取れたよね?」
「言っとく。取れた」
「それでね、お婆ちゃんお餅買いに行く途中で事故したから、あ、お餅って出水餅ね、いつも食品庫に入っているやつ6個でパックになってるやつ、甘さ控えめで美味しいのよねぇ、あんこ入ってるのしか無いから私はあんこ入って無かったらもう少し食べたいんだけど、お父さんもあんこ入ってるほうが好きみたいだしお母さんは我慢するからいいけど。百はお餅入ってるのとあんこ入ってないのとどっちが好き?」
……。
「百はあんこ入ってるのが好きって。まぁ、とにかく帰りに鶏旦堂寄って帰るから、そういえばあそこの栗まんじゅうも美味しいのよねぇ。百食べる?」
……。
「百も食べるらしいから4個買って帰るからあんた帰りにお餅買わなくていいからね」
「もう買った。これからタクシー乗るところ」
「そうなの?2パックもあったら美味しいうちに食べきれるかしら?そういえばお父さんお昼ごはん食べてないと思うから、あんた適当に何か作っといてあげて」
「はい。あと、いつも言ってるけど、電話してる時は要点まとめて話して。まだ何か言うことある?」
「帰ったら話せるんだから要点しか言ってないわよ?お父さんお昼ご…」
「タクシー待たせてるから切るね」
無視して終話をタップした。おめでとうの一言くらい欲しかった。
入り口から出ると、さっきのお年寄りは、次の対局を開始したらしい。対局開始時の陣形くらいはわかるけど、角の交換を済ませたあたりだった。
運転手さんは車から降りて助手席のドアにもたれかかり、ニコニコしながらスマホをいじっていた。
「お待たせしました〜♪」
声をかけると、こちらを振り返り、
「大して待ってないよ。特別にメーター止めといたから」
後半は小さな声でささやきながら車に乗り込み、私が乗車するのを待って、
「みんなには内緒だよ」
と、囁いた。
「お餅は買えたかい?」
駐車場を出ると、すぐに車は信号に捕まった。
戦闘再開!!
「はい。おかげさまで♪でも、母も買ってくるかもしれないので、運転手さん、お一つ召し上がりますか?」
「いいの?ほんとにもらっちゃうよ。ありがとう」
冗談のつもりだったのに、本当に食べられてしまった。
「ところで、さっきの話の続きなんだけど」
「はい、覚えています。SDGs第9の目標『強靭なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る』について、活発な議論を交わしている所でしたね♪」
「そんな話してたっけ?確かユーキくんと、どこまで進んだか話してる途中だったと思うんだけど」
……?
(メタ?)
「母のお知り合いですか?」
「惜しい!夕子さんの"お知り合い"なんです」
(そっちか。)
「いつも祖母がお世話になっております。宜しければお名前お伺いしてもか…」
(あっと。)
メーターの上に燦然と輝く名札が目に入る。
「なんとお読みするかお伺いしても構いませんか?」
言い直すと、運転手さんは左手を左上に動かしながら、
「橘耕助と申します。こちらこそ、夕子さんにはお世話になりっぱなしだよ。ホントに怪我がなくてよかった」
と、答えてくれた。
観察力無いのバレバレだなぁ。と思いながら、雄輝クンの話題をこれ以上続けるのもヤなので、次の話題にシフトチェーンジ♪
「橘さんは、祖母とどういったお知り合いなのですか?」
直球で疑問を投げつけてみる。
「”知り合ったきっかけ”と”今の関係”どっちが知りたいのかなぁ?」
質問に質問で返すなって大人の人によく言われたけど、今回は完全に私が悪いな。
「”今の関係”でお願いします。彼氏とか言わないですよね?」
見慣れた建造物が目に入り始めたので、橘さんとの時間はあまり残されていない。
「友人だよ。カラオケに行ったりゲームセンターでお話したりする。夕子さんに(モメンノハンカチーフノメロディ)また聞かせてって言っておいて」
「わかりました。楽しい時間を、ありがとうございました」
「こちらこそ、ご乗車ありがとうございます。夕子さんのお孫さんから、お金なんて取りたくないけど、夕子さんの血を引いてたら意地でも払うんでしょ?」
「受け取って頂けなかったら、ワイパーに挟みます」
「4050円のところ、おまけして四千円になります」
メーターには4850と書いてある気がするけど、これが橘さんの精一杯の落としどころなんだろう。財布から五千円札を差し出す。
「これでお願いします」
「毎度っ♪」
元気に新札の千円を渡してくれた。
(そういえば百に千円借りてたんだった。)
今日もらった冊子に端が少しはみ出るように挟む。
「ありがとうございましたっ♪」
橘さんは小さく手を振り、大通りの方へ走り去った。
木綿のハンカチーフかぁ。ばあちゃん得意だよなぁ。
続くかも?(多分続く。)




