盤外戦
研修3日目、陽斗くんが朝イチ私を見かけて声を掛けてきた。
「おはよう、ぐみちゃん。サワちゃんが話があるからお昼ぐみちゃんと二人で一緒に食べられないかって」
「陽斗くん、おはよう。話って何だろう?私、何かしたっけ!?」
「あ、仕事の話じゃないみたいだよ。『オトメノミツダン』って言ってた」
オトメノミツダン……危険な香りがする。
「鈴木さんの奢りならいいですよって伝えといて」
「了解。お店は一昨日のところらしいから」
絶対陽斗くん絡みだ。私は静かに覚悟を決めた。
午前の研修は高校時代にアルバイト先の店長から聞いた話の復習だった。
PDCAサイクル、マジックワード、返報性。懐かしい単語が右耳から左耳へ抜けていく。
サワちゃんと陽斗くんの関係が気になって集中できないです。
「では、このあたりで一旦休憩とします」
山査子さんが宣言して、皆んながお昼休憩の準備に入った。
「じゃあ、行ってくるね」
陽斗くんに宣言して部屋を出た。
食堂に着くと鈴木さんはまだ来ていなかった。止められる前に、
「サーロインステーキ重お願いしまーす!!」
食堂の大将に叫ぶ。
「あいよ!」
返事が帰ってくると同時に鈴木さんが暖簾を潜ってきた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様……」
鈴木さんはくったりした笑顔でカウンター席の私の隣に座った。
「で、陽斗くんの事なんだけど……」
私の前に置かれたサーロインステーキ重を見て、鈴木さんが言葉に詰まる。
「ちょっと!私の奢りだと思って店で一番高いの注文したでしょ!」
「はい。店で一番高いのを注文しました」
鈴木さんが目を剥いて詰ってくる。
「鈴木さんと陽斗くんの交際を全面的に支援しますので、前払いと思って諦めてください」
「はぁ……。まあいいわ。私もサーロインステーキ重ください」
大将に注文してから、
「上司に奢ってもらう時は上司より安い物を注文したほうが良いですよ」
優しく教えてくれた。
ステーキを8割方食べた頃、鈴木さんが重い口を開いた。
「で、陽斗くんの事なんだけど」
「はい」
「いい雰囲気になってホテルとか誘っても……あ!ぐみさん彼氏とそういう事まだだったりする?」
あの?いまお昼で!ここ、お客さん一杯いる食堂のカウンター席なんですけど!!
「ご想像におまかせします」
私は理想的な返事を返し、陽斗くんに『サワちゃんが襲ってほしいそうです』とラインを送り、スマホの画面を鈴木さんに突き付けた。
「おい!!」
「はい!何でしょう?」
「ちょっと性急すぎません?」
鈴木さん、目が笑ってない。
「大丈夫です。雄輝くん、あ!私の彼氏です。から聞きました。男性は性欲が一番大きく、食欲と睡眠欲はそれに比べると微々たる物だそうです」
「それにしたってもう少し言い方って物が……」
ピコリン♪
スマホが鳴り、陽斗くんから『分かった。というか分かってた』と、返事が来た。
「陽斗くんからですよね?見せてください」
鈴木さんが、スマホを覗きこもうとするのを阻止し、カバンに滑り込ませた。
「大丈夫ですよ。陽斗くんもちゃんと考えてくれてますって」
ステーキを食べ終わる頃、
ピコッ♪
鈴木さんのスマホが鳴り、何気なくスワイプして真顔になり、
「ちょっとお手洗いに行ってきます」
店の奥に歩いていった。
帰ってきた鈴木さんは笑顔で、
「性急すぎたのは私の方だったようです」
と言いながらお財布を取り出した。
お腹いっぱいになったら眠くなってきたけど、午後の研修、起きていられるかなぁ?




