8.癒し
翌朝、なかなか早い時間に修道女Aさんから声をかけられました。
そうですよね、教会って早起きですよね。
「おはようございます、リンさん。よく眠れましたか?」
「ええ、ありがとうございます。本は読めなかったのでまだ借りていてもいいでしょうか?」
「もちろんですよ」
そのまま食堂へ行き、朝食だ。
パンと水だけじゃなくおいしそうな卵や野菜もあります。
確信しました、この世界は決して食糧難ではないしむしろ潤沢。
許すまじあやつら。
今日はこの後1時間ほど教会に癒しを求める人たちを治療するらしい。
「ほんとうによろしいのですか?」
「ええ、よくしてくださっているのですから。」
適当ににこりとしておきましょう。
いただいた食事だけでもお礼をしたくなるほどにこの一月つらかったのですから。
なんとわたしを一目見ようとたくさんの人が訪れているようです。
人が多いですね。
にこやかに手を振ります。
「来てくださったみなさまへ、ささやかですが癒しを贈らせていただきます」
祈りの作法がわからないので、軽く片手を胸にあてて目を閉じる。
この部屋にいる方の病気や怪我が治りますように。
そう念じた瞬間わっと人々から声があがる。
「いかがでしょうか」
少し心配げにあたりを見回すと、一様に喜んでいらっしゃるようなので成功したらしい。
便利な力だなあ、こちらに疲労は一切ないし。
「聖女様、今日はここまでにいたしましょう」
すっとラウラさんに手をひかれる。
あれ、まだ5分も経ってないのに?
そして彼らとお話がしたかったのですが。
でもなにかあるのかもしれませんね。
従いましょう。
ラウラさんに続いて礼拝堂を後にした。
「リンさん、非常に申しあげづらいのですが…」
「はいなんでしょう?」
「やりすぎでございます」
心底悲しげに言われたのでわたしも泣きたいです。
「ええと…?」
「こちらへ」
そのまま図書室へ案内され、昨日読んだ本とは別の"聖女の記録"という本を渡される。
「こちらを。まず記録に残る最古の聖女様はイヨ様と仰います。彼女の癒しについてこう書かれております」
――イヨ様は手を翳し、少年の傷をすっかり治された。
「つまり手を翳した上で、その患部のみを治されました。」
次々と示される他のどの癒しの聖女もそんなものだった。
「なるほど、これはやりすぎですね!」
大騒ぎなわけですねえ。
「でも多分ですけど、どの聖女様も同じことができたんだと思いますよ」
「そうなのですか?」
「はい。ですが、そう教育されたんじゃないでしょうか?
お気づきだと思いますが、わたしは独学というか勘というか…ですから」
誰かの最初の教育が間違っていたのか聖女を過小評価していたのか。
兎も角そのやり方では聖女の能力は存分には発揮されないのでしょう。
手を翳す必要もなければ、人数に制限もなく。
いえ制限がないわけではないですね、多分視界にいれる必要はあります。
これは完全にまだ仮説の段階ですが、澱みとかいうのをわたしは吸っているのではないでしょうか。
それが聖女の力の源な感じがします。
感覚的なものなので説明はできませんけど。
「そうでしたか…ですがリンさんのお体は大丈夫なのですか?」
「ええ、多分問題はないですよ。ありがとうございます」
「いえ…あの、提案なのですが」
「はい?」
「魔法のことをしっかり勉強していかれませんか」
どうやら魔法と聖女の力は同じだと思われているようですね。
しかし魔法のことを勉強することは大賛成ですよ。
「今日は子供たちと授業を受けてください。明日以降はベネディクト司祭に教えていただきましょう。」
そのまま午前の授業に案内された。
この世界では子供のころから魔法について学び、正しく使うように指導されるらしい。
本当ならわたしもそれを学び、聖女の力以外の魔法も何か使えるはずなのだそうだ。
はっきり言われなかったけど多分そういう意味なんだと思う。
国の批判になってしまうかもしれないので、ここは慎重にお願いしますね。
お世話になった方々が捕まってしまうのは嫌ですしわたし1人では守れませんし。
先生は修道女Bが「イルマです、よろしくお願いします。聖女様」
「はい、イルマさんよろしくお願いします」
今回は名乗ってもらえたのでよかったです。
しかし「みんな、聖女様は魔法のことをご存じないから復習よ」なんて言うのやめてください
ちょっと恥ずかしいじゃないですか!
――魔法とは個人が内に貯めた魔力を使って発動する術のことを言う。
魔力は食事や薬品なんかで補充することができ、まったくなくなったとしても体がだるくなる程度で体調を崩したり死ぬことはないが、限界を超えると命に関わることもある。
魔法を使う際は見えないけれど存在している精霊たちの助力が不可欠。
よって、『我は青の精霊に助力を申す。浄化の御力を発動させ給へ』といった短い呪文が必要になる。
というのが簡単な導入だそうです。
呪文必要でした…!くっ恥ずかしいです…!
いえ勿論こどものころは憧れました、呪文。
けれどわたしは今20代です。そのうえ後半です。
我侭だとは重々承知ですがどうか呪文なしで発動していただけないでしょうか!?
心の中で女神様精霊様とお願いし続けたのが通じたのか、
口に出さずに目の前のフォークを洗浄することができました。
「まあ、聖女様は詠唱なしで魔法を使うことができるのですね!」
と嬉しそうにイルマが言ってくれたけれど、恥ずかしかったとは言えないので曖昧に微笑んだ。
その日知ったことは呪文なしでも魔法が使えることと、お風呂と洗浄は別だと言うことです。
普通洗浄を人にかけることはないんですって。
だってお水つめたいですからね、ですって。
そうでしょうね、冷たかったです!
わたし聖女じゃなくてかれらにとっては道具なんだなあとしみじみ感じることになりました。
諦観。