55.休暇1日目
「ということで今日は休暇にします。」
と提案したのに。
なぜ全員不服そうな顔をするのです!?
社畜なんですか?
「僕は主様と一緒にいたいんだけど」
「俺もです」
「私はリンと離れるのであれば休暇など不要だ」
「私も聖女様の御傍にいたいのですが…」
とのことで、わたしが頭を抱える羽目になりました。
「ですがいつも一緒では疲れませんか?わたしは皆さんを使い潰したいわけではないのですが」
だってこのままではブラック企業まっしぐらです。
わたしはブラックな雇用主になりたいわけではないのですよ。
「休暇というならば、私は君と2人きりでいたい」
とユーフォミアが発言したことがよくありませんでした。
全員の目がぎらりと輝いたのをわたしは見てしまいましたし。
それなら自分も、と申し出ることは簡単に想像できました。
「それが休暇になるのですね?」
と何度も確認しましたが、むしろそうでないと休暇とは言わないという謎の理論を展開され、わたしは頷くしかなかったのでした。
無理なのはわかっていますけれどいいですか?
わたしもたまには一人で行動したいんですけども!
***
ということで今日はヴェインとヴァイトと一緒です。
半身だと言い合うだけあって一緒でいいそうです。
明日はランプレヒト、明後日はユーフォミアということで納得してもらえました。
服も明々後日にはできるそうなのでちょうどよかった…ということにしておきましょう。
「さて、主様。今日は好きにしてもいいんだよね?」
いえ好きにしてもいいとは一言も言っていませんけど。
と見れば冗談だよ、と笑い返されました。
その目は冗談を言う人の目ではありませんが。
「ユミディーテ王国には美しい湖があるそうですよ」
ヴェインが取り繕うように話を逸らすので仕方がなくそちらへ流されましょう。
ヴァイトはヴェインから見てもやばい奴なんですね、あまり知りたくありませんでしたが。
というか、です。
わたしの想像でしかないですが、ずっとヴァイトは何かを埋めようとしているように見えるのですよね。
焦りというか必死さがヴェインとは違うのです。だから多分、それはヴェインとの差なのだと思います。
数か月はヴァイトより一緒にいるわけで、わたしも自然とヴェインの方を頼ってしまいます。
それがヴァイトの執着になっているなら、原因はわたしにもあるのですよね。
だからといって好きにはさせてあげられませんけれど。
だから、ヴァイトがたまに見せるそういう態度は、度を越さない限り好きにさせてあげるつもりです。
わたしは結構ヴァイトのことも頼りにしているのですが、伝わっていないようなのですよね。
「そうなんですね」
「今日はそこでピクニックをしよう」
嬉しそうに微笑む2人に連れられて、本当に美しい湖にやってきました。
この湖がユミディーテ王国全域の水源を担っているそうで、幅は琵琶湖くらいあるんじゃないでしょうか。
対岸がかなり遠いです。
長さに関しては見えませんしなんとも言えませんが、かなり立派な湖のようです。
「これは…綺麗ですねえ」
思えばこういった観光地のような場所に来たのは初めてです。
フロレンティア王国ではしていませんでした。
あれ、わたしのほうがよっぽど社畜…?
到着した途端に2人はてきぱきとわたしが座る場所やテーブルなんかを準備していく。
それではあまりいつもとやっていることが変わらないような気がするのですけれど。
本当に休暇になるんですよね?
どうぞ、と促される場所に腰掛ける。
地面に絨毯とクッションをたくさん敷いてくれたのでとても暖かい。
贅沢です。
「あの、本当にこれでいいのですか?」
「はい。主様に喜んでいただくのが一番です」
「2人はそればっかりですね」
ふふ、と笑いが思わず零れます。
思えばこんなにも大切にされたことは、今まで生きてきてありませんでした。
蔑ろにされていたというわけではなく、あくまで普通だったというだけです。
長女のわたしはいつだって妹の後で、もちろんかわいい妹のためならそれも全く嫌ではなかったのですが。
この2人は本当に本当に、隅々まで大切に扱ってくれますからね。
時折気持ち悪いほど。
ですが嫌ではないのですよね、きっとすっかりわたしは絆されてしまっているのです。
そよそよと穏やかな風が吹き抜け、日差しが水面をきらきらと輝かせる様に、自然と体の力が抜けるようです。
「ヴェインもヴァイトもここへ来たことがあるのですか?」
「はい。ユミディーテ王国は故国の友好国の一つでした。幼い頃はよく訪れていましたよ」
「え、それにしてはグスタフさんはなんの反応もしていなかったような気がしますけれど。知り合いではないのですか?」
「僕たちって立ち位置が微妙で、正式な王家ではないんだよね。だから会ったことはなかったよ」
「こちらは知っていましたよ」
複雑な家庭環境の一端に踏み入ってしまいました。
「ごめんなさい、このあたりの話はあまりしたくないですよね」
「主様が聞きたいのであればお話ししますが、面白い話ではないですよ?」
話したくないのだと思っていたら、どちらかというとわたしのためでしたか?
お気遣いはありがたいですが。
「では聞いておきたいです。わたしこの旅が終わったら、ヴィーのお手伝いをしたいと思っていたのです」
だってもふもふパラダイスの復興ですからできることならばお手伝いしたいですし住みたいです!!
興奮は控えめに二人に笑いかければ、何故か顔を見合わせている。
何かおかしかったでしょうか?もふもふパラダイスですよ?
あ、いえみなさんがもふもふでないことは承知していますけれど。
「聖女である主様にその必要はないのですが…」
「うん、嬉しい。主様が僕たちのこと、獣人のこと、気にかけててくれて」
「できればその新しい国に住みたいですねえ」
のほほんとお茶を飲むと、今度こそ硬直された。
いえ、わかっていますよ。
ユーフォミアのこともありますし、難しいかもしれません。
希望を言うくらいいいじゃないですか。
「ヴィーも別荘くらいは用意する筈ですよ」
「それは楽しみですねえ。」
「ヴィーは正式な跡継ぎなのはわかるよね?」
そうですね、女王の血を継いでいますからね。
それに対してヴェインとヴァイトは女王の血は入っていないはずです。
王配と、侍女だったと聞いていますから。
――――双子の父の運命の相手は女王だった。
それを女王は受け入れたが、希少な種である銀狼を絶やすわけにはいかなかった。
それ故に女王は主の命令を使い、侍女との子を生させた。
そうしなければ、男は首を縦に振らなかったから。
そのあと男と女王の間に正式な跡継ぎとして齎されたのがヴィヴィアン。
しかし彼女が10歳になった頃、何者かによって女王が暗殺され、ヘンドラー公国に吸収合併される形で国はなくなった。
その時散り散りになった獣人たちは、ヘンドラー公国に捕まって奴隷になっているか、他の国でひっそりと暮らしている。
それを水面下でまとめているのが現在のヴィヴィアン。
双子はヴィヴィアンの護衛と情報収集を担っていた――――
大事な情報が多いので少し混乱しそうですが一つずつ紐解いていきましょう。
「銀狼って今3人だけなんですか?」
思っていた以上の希少種でした。
「まあそうなるよねえ。」
「ですがそれを主様が気にする必要はありませんよ。女王は王としてそれを選んだだけです。」
確かに王として種を護るのは大切なことだとは思いますが…
けどそれをわたしが無視してもよいのですか?
よくないですよね?絶滅危惧種じゃないですか。
それも、絶滅危惧IA類にあたりません?
今後変異でもない限りこのまま消えてしまうということですよね。
獣人と人でも子供ってできるんでしょうか?
い、いえわたしがという覚悟は全くもってできていませんが、可能性の考慮として!
さすがにこの2人に聞く勇気はまだ出ませんので一旦保留です。
後で誰かにこっそり聞きましょう。ランプレヒトなら知っていますか?
「それからやっぱりヴィーは困っているのでは?2人が抜けた穴は大きいでしょう」
「いえ、護衛は父が居れば足ります。病気でさえなければ獣人の中で最強なのはまだ父です。」
うわ、さすが規格外の父親。2人より上でしたか…
ユーフォミアとどっちが強いのでしょうね、ふとした興味ですよ。
「情報収集だって他にたくさん適任がいるんだよ。僕はわがままを言ってその役目をしてたの」
「わがまま、ですか?」
「そう。だって銀狼の主様って、普通成人を迎えた頃にはもうわかってるんだよ。それが、僕たちは今の今まで予兆すらなかった。」
ヴァイトの執着はここにも理由がありましたか。
およそ10年待って漸く現れた"主"が聖女ならそうもなりますか。
客観視して納得することはできるのですが、どうもそれが自分に向けられた執着だと思うと実感がわかないのですよね。
頭では理解できているけれど心がついてこないというか。
「ではヴァイト、こちらへ来てください」
「なに?」
近寄ってきたヴァイトの頭を掴み、無理やりわたしの膝へ乗せます。
「主様!?」
ぶわわわっと彼の尻尾が膨らみ、ぴんと伸びてしまったのをそっと撫でる。
「ん、う…」
淡い声が漏れているような気がしますが弱点ってそういう意味ですか!?
そちらからは不自然でない程度に速やかに手を放し、髪を梳く。
ふう、いけないことをしてしまうところでした。
セクハラ、ダメ、絶対。
びくびくとまだ体を強張らせているヴァイトを安心させるように優しく頭を撫でます。
「ヴァイト、遅くなってごめんなさい。」
極力優しく微笑むと、ふにゃりと力が抜けたようで尻尾も嬉しそうにふらふらと揺れている。
「次はヴェインですからね」
「はい」
少々不服そうだったのでフォローを入れます。
「だから2人とも、そんなに気を張らなくてもわたしはもう逃げたりしませんよ」
強引にしておきながら、捨てられないか不安がるなんておかしな2人です。
「あれ、主が亡くなっているのに生きてる…?」
次はヴェインの頭をなでつつ先ほどの話を反芻しているときにおかしな点に気付きました。
以前、主が死ぬときが彼らの死ぬときだと言うようなことを聞いた気がします。
「あ、気づいちゃった」
散々撫でて満足気な顔のヴァイトがそのままの笑顔でこちらを向く。
「抜け道ってやつになるのかな、主側が死ぬ前に命じればいいんだよ。」
でもそれじゃあ何を糧に生きているのでしょう。
「それは約束かな。それを果たした時が僕たちの父親の死ぬとき。」
それは、果たして銀狼にとって幸せですか?
とても辛いのでは。
「主様、それは命じないでください」
膝の上のヴェインがぽつりとつぶやく。
きっと自分の父親を間近で見て、その苦しみを一番理解しているのはこの2人です。
その上で嫌だというならば、わたしが死ぬときがこの2人の死ぬときです。
この2人のためにも、わたしは長生きしなければなりませんね。
「わかりました、それが2人の願いなら。わたしはいい主でありたいですからね」
きっと主従にも色々あるのでしょうけれど、わたしは2人を尊重していたいですから。
―――と、穏やかな感じで今日を終えたかったのですが。
「じゃあ次は主様の番だね」
どうしてこうなったのでしょうね!!
ヴァイトの膝に座らされ、ヴェインが頭を撫でてくるこの状況、いつまでやりますか!?
「あの、照れます」
「せっかく3人だけなんだから、いいでしょ?」
「お可愛らしいです、主様」
顔はもう見れません。
だってちらりと視界に入ってくる2人の笑顔がとんでもなく蕩けているから!
沈む夕日は美しかったけれど、わたしの内心はそれどころではありませんでした。
2人は満足気でしたのでよしとしますが、わたしもう疲れちゃったんですけど。
ぐったりしたわたしを2人が交代で抱え、ゆっくり帰路についたのでした。
もうどうとでもなれと思ったのは仕方がないことだったと思います。




