53.契約内容
日中はスタシオさんと十分に交流し、夜です。
余談ですが日本食に近しい食事をさせてくれました。
魔族領に聖女が住まう気持ちがわからなくもないですね!
「さて、ランプレヒトさん。わたしに"主従の契約"について余すことなく教えてください」
「もちろんです。その前に、私のことはランプレヒトとお呼びください。聖女様の従者ですから」
位置的には従者というより賢者様でわたしは教えを乞う方だったので敬称はつけたかったのですが…
外からみてランプレヒトさんが悪い人のように見えては可哀想ですし、出来ることの範囲なので呑みましょう。
「わかりました、ランプレヒト。ヴェインとヴァイトは大人しく、邪魔しないでくださいね」
念のため告げると、2人は耳を垂らしながら数歩先に立っています。
廊下に立たされた子供みたいで可愛いです。
たまには反省してくださいよ本当。
あなたたちが教えてくれないからランプレヒトを連れることになったんですからね!
「この2人がどこまで告げたかはわかりませんが、まず大切なところから。主との距離が物理的でも心的でも離れすぎれば銀狼は死に至ります。」
そこ本当でした!?うさぎさん要素が!?
基本的に繊細なんですね。
「また、本来は伴侶なのですよ、この契約は」
というランプレヒトの言葉に思わずわたしの顔が真顔になるのも致し方ないと思うのですよ。
厳密には伴侶ではないけれど、この契約をしておいて契らなかった主従はどちらかが早世したとかよほどの問題が発生した時のみらしい。
この件については散々聞きましたが、ヴァイトは「閨にもついていく」と言いましたもんね。
それで他の伴侶を得ることは不可能かなとは思っていましたが、彼らが伴侶候補だとは聞いていませんでしたね。
いえ別にわたしも今のところお相手を欲しているわけではないのですが。
将来のことなので一応考慮には入れておきましょう。
「…2人は魔王と聖女が慣例で契ることを知っていて、わたしが主だとわかった時に焦ったんですね?」
漸く2人の意図が見えてきました。
きっとヴェインとヴァイトにとって、"聖女"がこの世界で唯一の主だというのは辛い事実だったことでしょう。
一部の例外を除き、ほぼ全ての聖女は魔王のものなのですから。
わたしだって、魔王のためにこの世界へ召喚されたのだろうと思っているくらいです。
だから、ヴェインともしかするとヴィーも噛んでいて、わたしが彼の主だとわかった時に騙し討ちのように契約をしたのでしょう。
本来なら時間をかけて絆を育むのでしょうけれど、それをしていたらいつか必ず魔王に奪われてしまうから。
だから2人は急ぎたかった。
いくら能力の高い銀狼であっても、魔王はその上を行くかもしれない。
護り切れないかもしれない。
であれば、契約を先に結んでしまえばいい。
それが2人が取れる唯一の対抗策だったから。
つまりこういうわけですね?といつもは自分の中で納得して終わることを口にだして2人に確認します。
つい最近それでは意思疎通ができていないことが判明したばかりですからね。
「…そうです、主様」
「うん。間違いないよ」
嫌われるとでも思ったのでしょうか、可愛いですねえ、本当に。
「大丈夫ですよ、ヴェイン、ヴァイト。わたしは貴方たちを従者にしたこと、後悔はしていません。たとえ方法があったとしても、契約を解除したりしませんよ」
だってここまでの献身は嘘ではありませんでしたから。
わたしへの隠しもしない好意だって、ちゃんとわかっているつもりです。
受け止め切れてはいませんけれど。
「その…伴侶、とかはもう少し考えさせてほしいですが」
ふい、と恥ずかしくなり顔を背ける。
視界の端で、2人が本当にうれしそうに、相好を崩したのが見えてしまったから。
「で、聖女様。契約についてですが」
あ、そうでした。
ランプレヒトさんに向き直ると、少しいたずらっぽく笑われる。
「本来聖女様が願った時点で、全て彼らは叶えたいはずです。」
という言葉に少し首を傾げる。
「それはもしかしてお願い、の形でも…?」
「ええ、なんなら口に出さなくても貴女が望めば。彼らの糧は主の喜びです。主が願うことをすべて叶えたいと心から思っているはずです」
確かに命令はしていないですが止めるようにお願いして以降過度なスキンシップとお風呂にはついて来なくなりましたね。
「…じゃあ命令っていうのは」
わたしの手の印と2人の首の印が光るあれです。
「それはどうしても強制させたいときに使うといいでしょうね」
「その解除はどうすればよいのですか?」
「解除?命令を取り消すと言えば済む話ですよ」
きょとんとして言われたので流石にわたしも2人を睨みました。
ただただ教えてくれなかっただけじゃないですか。
わたしが「まあいいか」と考えがちなのがよくなかったでしょうか。
どうでもいいと思っていることが彼らに透けて見えていたということですね。
ヴァイトが前驚くだろうなって考えていたのはこのあたりでしょうか。
わ、わたしが喜ぶならなんでもしたいとか、そ、そんなの…!
思わず反芻してしまい頬が熱くなる。
「聖女様は愛らしい表情をされる方だったのですね」
目の前のランプレヒトまで嬉しそうに微笑むので更に火照るのがわかる。
本当にそういうの慣れてないんでやめてください!!
「は、話を続けてください!」
「ええ。と言ってもあとは…そうですね、主が死ぬと従者も死にます、逆はありませんが。契約を解除する方法はありませんが、どちらかの死が解除に当たるでしょうね」
という言葉に思わずひゅっと息を呑んだ。
知らない間に私は2人の命まで共有していたんですか!?
2人を見れば、怖いほどに真剣な顔をしていた。
いつも笑顔のヴァイトですら。
「その縛りがなくとも俺たちは主様が亡くなれば自ら命を絶っていたでしょう。だから変わりませんよ」
「これは"渇望"なんだよ、主様。」
主のことが大好きで仕方がないことはもう理解しました。
喉から手が出るほど欲しい、誰にも渡したくない。
渇望というのがそういう気持ちだということは、本で読んだことしかありませんが理解はできます。
まだ実感はできていませんが。
わたしはまだ、誰かをそこまで欲したことがないから。
「…はあ。2人が大事なことを一切教えてくれなかった理由はなんですか?」
別に教えてもわたしが驚くくらいで困りはしなかったような内容ばかりじゃないですか?
魔王のあたりはぼかせばよかったでしょうし。
「俺は上手く説明できる気がしませんでした」
「僕も。だって引くでしょ?」
という2人は、もしかしたら自身の特異性を正しく理解していたのかもしれない。
初めて見た拗ねたような顔に思わず笑ってしまう。
冗談交じりだったけれど、確かにヴェインは何度もそうしなければ死ぬと言っていました。
脅しではなく、真実だったわけですね。
いえ真実なら余計脅しになりますか?いいですけど。
「私は2人に感謝していますよ。だから、これからはもう少し本音をお話ししてくれると嬉しいのですけど」
わたしも、もっと2人のこと知る努力をしましょう。
この日初めて、わたしは2人が何を考えているのか、言葉で知ろうとしたのだと気付いた。
千里眼で覗くから、といい加減にしていたのはわたしの方でしたね。
「主としてどうしてほしいか、とかあなたたちの要望だって聞きますよ。出来る限り」
「じゃあ迂闊な発言は気を付けて。魔族の言葉を理解する方法って何か知ってた?」
漸くいつもの笑顔に戻ったヴァイトの発言に反応したのはランプレヒトだった。
「その契約は!?」
「大丈夫、主様がちゃんと気づいて今のとこ阻止してる」
その言葉にほっと息を吐くランプレヒト。
やっぱりあれっていいものじゃなかったんですねえ。
「おそらく"主従の契約"に近いものです。この場合は銀狼のように血で決まっている主従である必要はありません。魔王が主で、聖女様を従者とした契約を魔族ならば結ぶことが可能でしょう。」
それは心臓である魔石を埋め込むようなもので、主にもリスクは生じるけれど魔族ならば誰でもできる方法らしい。
そして、心臓部である魔石を自分の体の一部にすることで言葉を理解できるようになるそうだ。
「あれ、ではもしかしてヴェインとヴァイトは『日本語を理解できますか?』」
指環を外して話しかければ、こくりと頷かれた。
この"主従の契約"は血を媒介にしているのでもしやと思ったらできるのですね。
再び指環を嵌める。
だってわたしにはこの世界の言葉はわかりませんし、しかもヴェインとヴァイトもわかるだけで話せないようなので。
あんまり役にはたちませんね!
「ありがとうございます、ランプレヒト。この調子でどんどん教えてもらえると助かります。わたしはこう見えて押しにも弱いし騙されやすいです」
「そのようですね、少々認識を改めます」
きりっと顔を引き締めてくれたので、頼りになりますね。
これからはきっと、ヴェインもヴァイトももっと色々と教えてくれることでしょう。
わたしが強く望みますから。
夜も更けてきましたし、今日のところはこれでお開きにしましょう。
明日の朝はお味噌汁が飲みたいですね。




