51.ジルヴェスター
ランプレヒトさんは、「2時間ください、辞めてきます」と走っていかれたのでその間に気になっていた第一王子に会いに行きましょう。
本当に2時間で辞めれるんでしょうか、絶対引き留められると思うのですけれど。
もしそうなったらわたしの我侭で引き抜いてやりましょう。
去り際に「この者になんなりと!」と置いて行った騎士の方に、第一王子について訪ねると案内してくださるそうです。
罪を犯した王族は王城から外れた塔に幽閉されるらしく、その塔の見える場所まで案内してもらうことにしました。
ヴァイトはお留守番です。
罪とか罰については国で決まりもあるでしょうし、わたしが口を出す必要はないでしょう。
ですが、まともに話したことがないので一度くらい、という興味です。
何がしたかったのか、暇つぶしに聞いてみようと思っただけです。
塔の見える場所にたどり着いたので、ヴェインと2人で塔の内部へ転移しました。
きちんと騎士の彼には「しばらくしたら戻りますから!」と告げましたし大丈夫でしょう。
たぶん。
最上階だと教えてもらったので、そこへ転移したのですがどうやら居心地は悪くなさそうなお部屋です。
よかったです、あからさまな牢屋とかじゃなくて。
しかし窓には鉄格子が嵌められていますし、扉が見当たりませんね。
幽閉という言葉がぴったりです。
逃走は難しそうですね。
「…聖女、か?」
突然現れたわたしたちを見ていたのはもちろん第一王子でしょう。
ですがこんな顔でしたか?
勝気そうな様子はもうなく、今は普通の…いえ、むしろ穏やかな顔をしています。
そういえば目が見えるようになってからこんなに近くで顔を見るのは初めてでしたね。
「突然ごめんなさい、ジルヴェスター殿下」
思わず非礼を詫びてしまいました。
突然の転移くらい許されるだろうと思ってのことでしたけれど、なんだか調子が狂いますね。
「もう王子ではないので好きに呼んでくれ。このような部屋で持て成しはできぬが…良ければ座ってくれ」
部屋に一脚しかない椅子に勧められる。
記憶にあった傲慢さや強引さはすっかり消えてしまっています。
『俺…は床でよいか』
とか考えているのですけれど、本当に愚かだという第一王子ですか?
わたしもよくは知らないですけれど。
あと床でいいわけないじゃないですか。
「ヴェイン、椅子を出してください。人数分。あとお茶もお願いします」
簡易の椅子を出してもらい、それに座ります。
温かいお茶を用意してもらってそれを出すと、おずおずとそれに手を伸ばす王子。
『温かいものは…久しぶりだな』
とかやめてくださいよ!!えっもしかして結構な処遇を受けていますか?
「その、それで…俺は聖女へ謝罪の機会を得られたと思っていいのだろうか」
わたしが驚いて黙ってしまったからか、控えめに口を開くジルヴェスター。
『もう演じる必要はない…のだよな?』
と考えているようです。
どいつもこいつも嘘だらけだったってことですか?
「もしかしてジルヴェスターさんはわざと愚かな振舞いをしていたのですか?」
「…その」
ちらりとヴェインを見る。そういえば初対面ですね。不安はごもっとも。
「このヴェインはわたしの従者です。安心してください。"主従の契約"をしています」
「ああ、それならば。第二王子には会ったか?」
にこりと笑う彼の言葉にわたしはなんとなくを察したのでした。
つまり、この王子は自分よりも優秀な弟にすべて譲るために愚かな振りをしていたと?
その弟に支えてもらう、でもよかったはずなのに。
そこにあったはずの葛藤なんかまでは知り得ませんが、その道しかなかったんでしょうか。
「…それで貴方は幸せになれるのですか?」
「俺の幸福よりも国の幸福を優先しただけだ、王族として。聖女には迷惑を掛けて済まなかった」
跪き頭を垂れるこの礼は、王族ならば決してすることのないものだっただろう。
通りで詰めが甘かったわけです。
いえ転移を入手できなければ逃げられませんでしたね。
ということはどこまでかは本気だったのでしょう。
「聖女を隷属するところまでは本当にやるつもりだった。そこまでせねば俺の力を悪用しようとする勢力の諦めがつかぬと思ったからだ」
だから許す必要なんてない、とでもいうつもりなのでしょうか。
この人は一人ですべての泥を被ってこの国を護るつもりですか?
王族の矜持なんてわかりもしませんが、気に入りませんね。
自己犠牲なんて自己陶酔と紙一重だとわたしは思うのですよ。
「はあもう顔あげてくださいよ、ジルヴェスターさん。」
「あ、ああ。」
立ってくれそうにはないので、わたしが手をとって立たせてあげます。
ヴェインはわたしから触れる分には嫌そうな顔をするだけなので一旦放置です。
危険はないでしょう、こんなところに幽閉された人。
「仕方がないのでわたしが助けてあげます。」
だってわたし、聖女ですから。
「は?いや、必要ない。俺はここで死ぬと決めたのだから」
その意思の強そうな顔を見て、わたしも決めました。
わたしがあなたたちの思い通りになると思ったら大間違いなんですから。
貴方が嫌がるのならば、わたしは貴方を助けます。
それで、ぜんぶ許してあげます。
「わたしも貴方をここから出そうって決めました」
「俺の為だというのならば本当に必要ないのだ。このことは王族で決定したことでもある。」
ということは、王様も第二王子も知ってるってことですか?
それじゃあランプレヒトさんは…ううん、知っている感じではななかったですね。
「直系の王族しか知らぬから本当に誰にも言わないでくれ」
言いませんよ。言いはしません。
戸惑うジルヴェスターさんを無理やり連れだしてもいいのですが、ここは一応。
「でも今日は戻ります。次にわたしが来るまでに、どうしたいか考えておいてください」
希望くらいは聞いてあげることにしましょう。
「い、いやだから俺はここで」
「それは却下です。絶対出します。だってわたし聖女ですから」
にっこり笑ってわたしはジルヴェスターさんの前から姿を消したのでした。
本当はもう少し話を聞きたかったのですが、ヴェインが「誰か来ます」と耳打ちしてきたので仕方がなかったのです。
それに、考える時間も必要でしょう。
「ただいま、ヴァイト」
「おかえり~」
わたしが居なければ座ってくれるのですけど。
立ち上がってお茶の準備を始めるヴァイト。
「どうだった?」
にこっとした笑顔で聞いてきますが、多分内容は理解していますよね?
「ヴァイトとヴェインはどこまで情報の共有ができるんですか」
小さく聞けば、少し驚いた顔をされた。
バレてないとでも思っていました?
「見聞きしたことは全部、かな」
ということは息が合うのは元々ですか。
考えまで共有できるわけではないのですね。
「わかっていて置いて行ったのですけど。」
「あ、そうだったんだ?ちょっと主様のことなめてたかも」
えへへってかわいく馬鹿にされました。
ちょっとむかつきますが待機している騎士や侍女の視線もありますし大人しくしておきましょう。
それがなければ蹴っていましたからね!
***
ぴったり2時間でランプレヒトさんは戻ってきました。
「辞めてきました!」
と清々しい笑顔を見せてくれます。
え、よく許可がでましたね?
「あとのことは知りません。勝手にすればよいのです」
だそうなので、もしかすると大騒ぎかもしれません。
ランプレヒトさんがそれで良いのなら、尊重しましょう。
万一このことで何か起こるときは、その時に手を貸すことにしましょう。
「じゃあ行きましょうか。準備は必要ですか?」
手ぶらですし必要ですよね?
というつもりで聞けば、なんと彼は先ほど聞いた中でも特に空間魔法が大のお得意だそうで、鞄などは不要だそうです。
「では行きましょうか」
再び魔王の元へ。
今度はあなたの好きにはさせませんからね!
ランプレヒトさん、頼りにしてますからね!!




