50.ランプレヒト
ティターナさんと楽しく3日を過ごしてお別れした後。
もちろんすんなり魔王に会いに行くつもりはありません。
今日こそランプレヒトさんに色々聞かなければいけないと思います。
と、いうことでささっと転移です。
早朝ですしまだお休みかもしれませんが関係ありません。
ええ、明らかにここは私室ですし時間ミスったなあなんて考えましたが関係ありません!!
「ヴァイト、起こしてください」
計画通りみたいな顔をしておきましょう。恥ずかしいので。
「この人もう起きてるよ、主様」
ベッドへ向かうヴァイトを目で追うと、むくりと起き上がるランプレヒトさん。
「…すみません。状況の説明をお願いします、聖女様」
にっこりと笑ってはくれているけれど、戸惑いも感じられる。
冷静でいてくださってよかったです。
下手したらわたしたち暗殺者でしたね、これ。
それにしてもなんだか雰囲気が違いますか?
「突然ごめんなさい。聖女について一番詳しいのは貴方ですよね?お話しを聞きたくて」
今の彼にふてぶてしい態度をとるのは違う気がしたので普段通りでいきましょう。
聖女らしく、謙虚さを忘れずに。
いきなり私室に飛び込んだ無礼はできれば忘れてください。
「ああ、そうでした。教育をさせていただく時間すらありませんでしたね」
ほんの少し、その表情に滲んでいるのは後悔ですか?
ええと、もしやこの方、本当にただただ誰かの命令のせいであの態度でした?
『許されぬことをしてしまったのだから、せめてお力にはなれるといいのですが』
って、あれ?
あれれ?
少しくらい彼自身の態度だと思っていたんですけれど。
だとしたらかなりの演技派だったということになりますね。
「えええ…」
思わず声が出てしまいました。
ヴェインにすら不審な顔をされています。
もちろん彼が敵ではないとはもうわかっていましたけど、"敵ではない"くらいだと思っていたんですよ。
でもこれは、そんな易しいレベルではなく…?
もしかして第二王子とも意見が相違している可能性がありますか?
あの嫌な方法での囲い込みは王子の独断ですか?
「あの、ランプレヒトさん。もしかして、本当に聖女に対して敵対する気持ちとか…」
「ありません。私は神官長です、この世界で誰よりも聖女に対して真摯でありたかった…!」
『漸く直接お話しを聞いていただけるチャンスが…!』
ですか、そうですか。
「わたし本当にあなたのこと敵だと思ってたんですよ」
はふう、とため息交じりに零すと泣きそうな笑顔で返された。
これはきちんと確認しなかったわたしにも落ち度がありそうですね。
敵と決めてかかったのはわたしで、話を聞こうともしなかったのもわたしでしたから。
「ともかく聞きたいことが山ほどあります。今日お時間はありますか?」
とても忙しい人でしょうし、数日待つつもりはありましたが。
「何よりも貴女を優先します。」
きりっとした顔で即答されました。
ここは"聖女"の権力をうまく使うことにしましょう。
ランプレヒトさんは聖女のわがままを聞いてくださるだけですから。
「ありがとうございます。急に来たのはわたしなのに…では準備を待ちます」
ので、その、服を着てください。
寝起きに押しかけて本当に悪かったと思うのですが。
けれどこの世界では上半身裸で休むのは普通ですか!?
それともランプレヒトさんが意外と裸族なんですか!?
ちなみにヴェインとヴァイトは寝るとき狼姿なのでよくわかりません。
***
ランプレヒトさんが手配してくださったので、待つ間朝食などいただいてのんびりします。
わたしのことを蔑ろにする雰囲気はもう微塵もありませんね。
兵士の方や給仕してくださった方々は始終申し訳なさげです。
程なくして見慣れた空色ローブ姿のランプレヒトさんがやってきました。
さっきはやっぱり寝起きだったからでしょうか?今は見覚えのある胡散臭い笑顔です。
…いえ、この笑顔はおそらく戦闘用のお顔なんですね。
城勤めはもしやかなり辛いお仕事なのでは。
もしくはここはランプレヒトさんにとってあまり素でいられない場所なのでしょうか。
「お待たせして申し訳「あ、いいですいいです。わたしが急に押しかけてるんですから」
平伏しそうだったのを制して座ってください、と向かいの席を指す。
ヴェインとヴァイトは頑なに座ってくれなかったので、それぞれ好きな場所に立っています。
ヴェインはわたしの斜め後ろ。
ヴァイトはランプレヒトさんの横辺り。
2人とももう少し穏やかな顔をしてくださいね。
「ランプレヒトさん、わたし魔王に会ったんですけれど」
という言葉に明確に顔を歪ませたので、わたしはやっぱりまずかったのかと内心焦りました。
先に言ってくださいよ、大事なことなら!!
「聖女様に本来お渡しする筈の教本をお持ちしました」
ずらりと並ぶそれに少々眩暈がしました。これ全部頭に入れなきゃいけない内容ですか?
あっ貴族教育の本もありますね。
「もちろんすべて差し上げますが、いつでも質問に来ていただいて構いません。今日のところは魔王との関係ですね」
一冊の本を手に取ると、該当のページを開いて見せてくれる。
「歴代の聖女様方はほぼ全て魔王と契りました。そうでない方はどこかの国の王族に嫁いでいますが、それは魔王が生まれたばかりだった場合のみですね」
流石の魔王も100年ほど経たなければ子供の姿のままですから。だそうです。
魔王の生態がちょっと謎です。
約200年生きているという今の魔王は16、7にしか見えない見た目だったのですが。
それで折り返しは過ぎているのですよね、老いるのがとても遅いのでしょうか。
「なぜですか?」
「手記が残っています」
別の冊子をぱらぱらと見せてくれる。
日本語で書かれた手記ですね、これ。
さすがにこれに嘘はないでしょう。
明らかに日本語が母語の人間の書き癖ですから、真似しようと思って真似できるものではないはずです。
ランプレヒトさんが読めるのだろうかと首を傾げると、
「神官になるためには聖女様の書く文字を読めることが最低条件です。」
と教えてくれました。解読できれば良いそうで、話せるわけではないそうです。
「ここですね」
いくつか見せてくれたものによると、『魔王の境遇を不憫に思って』とか『魔王が熱烈に求愛してきたので』などが多いようです。
少々達筆すぎて読みづらいですがおそらくそんな感じのことが書かれています。
他には『魔王が可愛かったから』、『魔王を愛した』なんかもないわけじゃないですが。
どうやら他に求愛してきた人がいても、魔王の力の前には敵わず勝手にあきらめていった殿方が多かったようです。
それにがっかりして魔王に靡いたなんていうのもありました。
どの魔王も押しが強かったんでしょうねえ…わたしが知る魔王を思い浮かべてつい苦笑する。
「つまり魔王にとってのわたしはヴェインやヴァイトにとってのわたし、と似たものなんですね?」
2人を見るとすっと視線を逸らされるのでまあそうなんでしょう。
血とか匂いとか言っていましたよね。
そして押しの強さも魔王並みでしたからね。
それを見て苦笑するランプレヒトさん。
「御嫌でしたか?」
「魔王が、ですか?嫌とかではないんですけど…」
「ああ、聖女様は断れない方ですか」
そうですね、押しに弱いタイプです。
それにしてもこれだけの書物を頭にたたき入れて都度適切な判断を下すのは不可能では…?
きっと今までの聖女も知識を提供する役割の人が居たに違いありません。
全員が全員頭の回転がよかったわけではないでしょう。
ということは、です。
「ランプレヒトさん、わたしの旅に同行してくれませんか?」
初めてのスカウトです。もうこれ以上下手を踏むわけにはいきません。
最大の下手を踏んだあとに気付くなんて愚かですけどね!
一応彼はフロレンティア王国における要職に就いているようなのでダメ元でしたけれど。
「聖女様がお望みならすぐにでも」
即答でした。
「軽い!」
「この国に関しては私も少々失望しておりまして。願ったり叶ったりですよ」
へにゃりと眉を下げるランプレヒトさんに、苦労しているんだなあと憐憫の気持ちさえ生まれました。
「ヴェイン、ヴァイト。あなたたちはどうですか?」
従者だということをきちんと守ってくれるので、話を振るまで口を開かない彼らが今はこちらを穴が開くほど見ているので仕方がなく話を振ります。
「…主様がそれをお望みならば」
斜め後ろからは絞り出すような肯定の声。声質が全く肯定していません。
「けど足手纏いになるんじゃない?」
明らかにただの人間には無理、と切り捨てるヴァイト。
心底嫌そうですね!わかってましたけど!
「だって貴方たちわたしに情報をくれないじゃないですか」
少しむくれて言うと、珍しく2人が慌てている。
「聖女様、主従の契約を交わされているのでは?」
怪訝そうなランプレヒトさんの疑問は尤もで、主従とか言っているけれどわたしには今のところ彼らから情報を引き出す術がない。
「そうなんですけど、扱い方を教えてくれないんですよ。」
いえ、手段はあるんでしょうけれど、方法を知らないのです。
ちらりとランプレヒトさんはわたしの手の甲を見た。
ええ、この模様がある限り彼らの主はわたしであるはずなんですよ、それはわかっています。
「では少々私のプレゼンを聞いてくださいね」
ランプレヒトさんはすらすらと彼を連れる利点を示してくれます。
それはわたしというよりもヴェインとヴァイトを説得するための。
まずわたしに嘘は今後一切つかない。口約束が不安ならば隷属の魔法を使ってもかまわない。
それはわたしが嫌ですが契約の魔法くらいは使ってもいいかもしれませんね。
互いの安寧のために、ですが。
そして移動面で獣人の2人に劣ることはない。
ランプレヒトさんは魔法に長けており、人にしては異例で、すべての種類の上級精霊と契約をしているそうだ。
移動の魔法は赤の精霊の管轄でしたっけ。
こういう便利系の魔法が得意なようです。
最後に戦闘面での献身はあまり望めないが、その代わりにすべての知識を差し出すと約束する。
自分の身くらいは自分で護れるそうです。
"主従の契約"についても詳細をご存知だそうで。
「つまりパーティの役割としては"賢者"ってところでしょうか」
RPGの役割に当てはめてみただけですけれど。
ヴェインは魔法使い兼移動手段でヴァイトは剣士です。
え、魔王?魔王は魔王です。
「採用です、ランプレヒトさん。ぜひわたしの力になってくれませんか」
両手を思わず包むように握ってしまい、ぽかんとするランプレヒトさんと目が合う。
「自分で言っておいてなんですが、宜しいのですか?」
「いいですよ、わたし実は"千里眼"という力も使えるのです。貴方が後悔し、わたしに害を為す気がなく、
そして持てる力をわたしのために揮おうとしていることはわかっています」
にこりと微笑めば、くしゃりと顔を歪める。
だって、ずっと『聖女様の傍でお役に立ちたい』って思っているようだったので。
もしかするとそれが彼の夢だったのかもしれません。
「聖女様、私は…いえ、そのような秘密を聞いてしまった以上隷属の魔法を使ってください」
がばっと跪くランプレヒトさんにわたし大慌てです。
「い、いえそこまでする気はないですよ。では今から黒の最上級精霊のところへ魔王に案内してもらうんですが、それについてきませんか?そこで契約はしましょう。」
貴方の御心のままに、と指先に口づけられ、思わず頬が上気した。
忘れるようにしていましたけれどこの人も顔がいい…!
い、いえスカウトに顔は関係ありませんから!!




