49.白の精霊
上機嫌なユーフォミアと見るからに不機嫌な双子と共に旅を再開です。
ユーフォミアに右手を封じられ、その少し後ろを双子が歩く形で落ち着きました。
いえ、よくわらかないうちに落ち着いたようです。
どうも彼らの睨みあいの中でそう決定したようですが、わたしには感知できませんでした。
謎です。流石魔王、なんでしょうか。
ユーフォミアはいくら初めて見る外だからといって必要以上にはしゃいだりはしていないようです。
もちろん嬉しそうではありますが。
というのも、自分の見た光景をそのまま相手に見せることができる魔族がいたそうで。
多分夢魔とかそういうのだと思うんですけど、その魔族のお陰で外の情報はきちんと把握しているようです。
更にはいつか来るはずの聖女との旅や生活を想定し学習を重ねたために知識は豊富。
聖女が何もできなくても何から何までお世話してあげられるほど、というのは本人談ですが。
更に更に生まれ落ちた瞬間にすべての最上級精霊からせめてもの祝福にと契約を受けるため、どんな魔法も行使可能。
魔王という名前は伊達ではなく魔力もわたしと違って世界で一番潤沢。
複数の魔法を同時に行使することなどわけない、とのことです。
これはヴェインを見て言っていましたけど。
いえヴェインだってすごいんですからね!
そんなに悔しそうな顔をしないでください、規格外の更に上ってだけです。
というわけで、足手纏いとか、戦力不足とかそういった理由でお断りすることができなくなった。
自己アピールがすごいんですよ、もうぐいぐいと。
ですがまだヴェインとヴァイトのように契約を交わしたわけではないから、どうにかなる筈、です。多分。
きっと、多分。わたしがなにか見落としていなければ!
「リン、足元には気をつけろ。このあたりはあまり整備されておらぬ」
耳元で囁きながら優しく躓いたわたしを支えてくれました。
こういうアピールが心臓が落ち着くたびに行われるために近いうちに心臓がおかしくなりそうですね。
ずっと手を放さないし、ずっとこの調子なのです。
始終嬉しそうに笑顔を振りまく美形に絆されそうです。
「あ、あの、こういうのはヴェインとヴァイトがやってくれますから」
耐えきれそうにないので、せめてもう逃げられなくされた2人にやってもらおうと後ろの2人を振り返ろうとすると。
ユーフォミアはわたしの視線から外れないように移動したようで、つまり目の前はユーフォミアの顔でいっぱいです。
ひえっ顔がいい。
「釣れないことを言わないでくれ。君は私の唯一だ。どうせなら好きになってほしい」
その上告白まがいの言葉を投げつけられる。
しかもわたしにだけ笑顔を向けるんです、この魔王。
道中出会う領民には、「魔王様おめでとうございます!」とか、「聖女様万歳!」とかの言葉をいただくので揃って手を振るほかありません。
けれどその時の魔王はこんなに笑顔ではないのです、せいぜい笑みを浮かべる程度。
それがこちらを向けば明らかに違う笑みになるのです。
しかも魔王引きこもってたくせに人気があるんですよ!!
なんでも政治的にも腕がよく、暮らし向きが向上したとかなんとか。
隙も弱点もなしですか!?
そんな領民に愛された魔王が長年の祈りが届き漸く外へ出られるようになった。
とあれば皆諸手をあげて喜ぶ、とのことらしく。
これは道中親切な魔族の方々が聞いてもいないのに教えてくださったんですけど。
『このまま慣例通り"聖女様"は"魔王様"と生涯を共にされるんですよね!』
と口々に言われては、内心首を傾げつつもにっこり微笑んで、あら、まあ、うふふ。って言うしかないです。
何故か彼らの中では決定事項なんですよ…!!
手回ししました!?
その慣例ってなんですか、そろそろ教えてくださいよ!!
わたし仮にも聖女なのに、"聖女"について知らなさすぎる…!
ランプレヒトさんあたりに一度きちんと訊ねるべきかもしれません。
彼は神官長らしいので、詳しいでしょう。詳しくあってください、お願いです。
ヴェインとヴァイトはずっとわたしを引き剥がそうと笑顔で何やらしていたのですが、魔王に歯が立たないらしくなかなか上手くいかないようでした。
本当何なんですか。
ちらりと小声で「本気を出せばあるいは」とか「それは主様に嫌われちゃうよ」とか聞こえたのは無視します。
「魔族領を更地にすればいいんじゃない?」とか「島ごと沈めるか?」とかそういう物騒なのは心の中にしまっておいてください!
案内が必要なのは確かなのでしばらくの辛抱ですけれど。
どうやら遠回りなんかをすることもなく、真っすぐ目的地に向かってくれているようなのでそこは安心しています。
フロレンティア王国と違って普通に街中に住んでいらっしゃる白の精霊さんの住処。
今までの方と違って本当に普通のおうちなんですけど…にやってきました。
魔王の住んでいたお城から徒歩で1時間くらいでした。
手をふったりお話しを聞いたりゆっくり歩いていたので実際はもっと近いのでしょう。
もっと長旅を覚悟していたんですけど。
魔王がちりん、と玄関のベルを鳴らすと、がばっとあいたドアから例のごとくお綺麗な女性が抱き着いてきました。
「先に魔族領に来てくれる子ってはじめてよぉ、かわいいぃぃぃぃぃ」
頬が擦り切れるほどにすりすりすりすりとエンドレスなでなでです。
挨拶もなしの第一声がこれってさすが精霊です。
そのままお屋敷に引きずり込まれました。
「ええと、スズ・クジョウです」
ひりひりする頬を、ようやく隣に立てたヴェインに魔法で冷やしてもらいながら自己紹介。
「スズっていうのね、可愛いわああああ」
自己紹介しただけでこれです。
ついでに額へキスされたので多分契約もしてくれたんだと思います。
「私はティターナ・アルブスよぉ、いつでも遊びに来てね」
ちゅっちゅっと顔中にキスされているのはなんの儀式でしょうね!!
たっぷりの白金の髪は雪原のようで、瞳も同じく白色。
服装は何故か袴です。白檀のような香りもしますね。
いつかの聖女の影響でしょうか?
わたしがティターナさんを観察している間も無限にキスが降り注いできているのですが、全員ほほえましそうに見ているだけです。
線引きがよくわからないのですけれど、ヴェインもヴァイトもユーフォミアもこうして精霊といちゃついているときには何も言わないらしいのです。
ユーフォミアは道中の魔族からの握手の申し出でさえ邪魔してきたのに。
今こそ助けてほしいんですけど。
もちろん嬉しいんですけど!
少しお話がしたいので!
「ここの"澱み"がなくなることはないけれど、スズがいると全然ちがうわねえ」
ぽやぽやと嬉しそうにしているのはどうやらわたしの空気清浄機としての力が発揮されているからのようだ。
「よかったわね、ユーフォミア」
「ああ。これほどまでの力の聖女とは私は運がいい。私は歴代の魔王の中でも最も力が強いからな」
少し憂いを帯びたその表情は、多分嘘ではない。
けれど、きっと逆なんだと思う。
魔王の力が強いから、わたしの聖女としての力も強いのだ。
だとすると、聖女って魔王のために呼ばれるようなものなのでは…?
なんだか気づいてはいけないところに気付いてしまった気がするので脇によけておきましょう。
「あ、そうでした、ティターナさん。ユーフォミアの年齢を教えてください」
「ええと、確か前の聖女が眠ってすぐ産まれたから、もう200年近いかしら?」
理由も聞かずに唐突に質問してみたけれど、どうやら事実らしいです。
黒の最上級精霊にも聞きますけど。
真意じゃなくても少しの気持ちさえ視えないのは本当に不安です…あ、そうです。
白の精霊の管轄は"創造"じゃないですか。
翻訳指輪、作れるのでは?
「ティターナさん、魔族って言葉が違うんですか?」
「ああ、そうね。貴女には共通語で話しているでしょうけど、魔族の言葉もあるわ」
「獣人の言葉のような?」
「そうねえ、少し違うけれど…」
というのも、魔族って魔力を通した念話のようなものを使って会話できるらしい。
なんですかそれ。
つまりコンピュータ言語のようなものだと解釈しました。
かれらは何かの記号を発していて、それを言語として理解する魔石がないからわたしには言語に聞こえない、と。
獣人のはあくまで別言語だそうで勉強すれば習得は可能だそうです。
「わたしが魔族の言葉を習得する方法なんていうのは…」
「そうねえ、学習で習得するのは難しいわあ」
精霊の御力でなんとかなりませんかね、なりませんよね…
「なんだ、スズは魔族の言葉を解したいのか?変わった聖女だ」
嬉しそうに、うっとりと頬を撫でるのをやめてくださいいつの間に!
「そそそそうですね、分かった方がいいかなと思いました」
わたしの能力的に、とはまだ言いません。
「わかるようにしてやっても良いぞ?」
「え、本当ですか!?」
わかるようになれるんですね!!
確かにティターナさんも"学習での習得は無理"と言っていましたね。
もしや他の方法が?
とわくわくしてユーフォミアを見上げると、少し何か企んでいるような顔。
嫌な予感がしてちらりとヴェインを見ると、一生懸命首を横に振っている。
どうやら魔法で言葉を封じられているようで、ヴァイトもぱくぱくと口を動かして「ダメ」と伝えてくれている。
「ユーフォミア、わたしの従者である2人にひどいことをしないでください」
「ああ、気づかれてしまったか。余計なことを吹き込まれたくはなかったのだが」
指摘すればあっさりと2人にかけていた魔法を解いてくれた。
まったくなんの魔法だったのかわからないのが怖いですね。
「まあまあ今日はここへ泊って、ね?ルーリアにもロゼにもキーエンにもガレスにも自慢されてたのよお」
貴方は邪魔だから帰ってね、とユーフォミアに告げつつぷくっと頬を膨らませてこちらを見るティターナさんがとってもかわいいので二つ返事で許可しました。
魔王は自分のおうちへお帰りください、案内ありがとうございました。
「3日ほどここに滞在します、そしたらまたユーフォミアには案内をお願いしますから」
「む…まあ今は仕方あるまい。必ず来てくれ。でなければ私は…」
闇堕ち寸前ですみたいな空気やめてください!
わざと!ですよね!!
「わかっています、必ず行きますから。ちゃんと待っててください」
それでもわたしは安心させるように微笑んであげたのでした。
いえなんだかユーフォミアなら世界を"澱み"で覆うくらい簡単にやっちゃいそうだなと思ったのは内緒です。




