44.舞踏会
まだ日の高いうちから何をされるのかと思えば、お風呂で洗われて香油を塗りたくられ、全身マッサージされた後服を纏い化粧を施され髪をいじられ…
と大層ご丁寧に準備をしていただいたのでした。
着替えて終わりじゃなかったんですね。
そんなに磨いたって美女に生まれ変われるわけではないと思うんですけど…
ただ用意されていた服はとてもかわいいので少し気分は上がりました。
美しい青を基調とした生地に、花などの模様が刺繍で描かれています。
チューリップかスズランのような花に見えないこともないですが、地球と同じ植物ではなさそうです。
それに、透ける素材の布が幾重にも重ねられ、最後にヴェールを被れば完成です。
ヴェールは夜と屋内用だそうで、ほぼ顔見えてますけどね。
細い金の細工などで縁や裾が飾られているのもとても美しいです。
「つかぬことをお伺いしますが、この衣装はどなたがご用意してくださったんでしょうか」
「王太子殿下からの贈り物でございます」
この言葉で楽しい気分が沈みましたけどね!
王太子、つまり王子にいい思い出がないんですけれど。
いえ、先入観をもつのはいけませんね。
ヴェインとヴァイトにもふさわしい装いに着替えてもらい、いざ出陣です。
わたしの髪の色に合わせたのでしょうか、黒い軍服のような正装に身を包む2人。
直視が憚られるほどの眩さにどうかわたしが霞みますように、とか祈っていたら。
「主様、とてもお綺麗ですよ」
「うん、すっごい綺麗、主様」
わたしなんかよりに遥かに美しい美形にとろけるような笑顔でほめられ、ぶわっと顔が火を噴いた。
「な、な…にを。からかわないでください」
ヴェールで見えないといいけれど、きっと耳まで真っ赤でしょう。
「その照れた顔、初めて見たよ。かわいいね」
「ですがそのようにかわいらしいお顔、俺たち以外には見せないでくださいね」
ぐっと口を寄せられ、ふわりとヴェールの布越しに感じる吐息にかくんと力が抜けてしまった。
そんな情けない姿の私を嬉しそうに2人は支えている。
なんですかこれ!!
突然の恋人面やめてくれません!?
わたしの心臓がもちませんから!!
***
半分放心しながら馬車にゆられ王宮へ到着し、昨日の謁見の間とは違う煌びやかな会場へ案内されました。
お金ってあるところにはあるんですよねえ。
強いスパイシーな香りも漂ってきています。
ちょっと記憶が飛んでいますが大丈夫、なはずです。
「主様、お手を」
「僕にもね」
2人に両手を取られ、がっちり掴まれたまま会場入りです。
美形を侍らせる悪い女に見えないか心配になってきました。
どちらかというと連行されているんですけども。
身長差すごいですし、かの有名な宇宙人のあの感じに見えそうな気もします。
ここの方は知らないでしょうし通じないと思いますけど。
入場の瞬間からわっと歓声があがり、帰りたい気持ちでいっぱいになりつつ笑顔キープです。
キープできてます?
古い教会などで見たことがある、巨大な輪の枠に小さな明かりがたくさん灯されたシャンデリアのような光源がとても眩しいです。
おそらく魔道具なのでわたしが地球で見た蝋燭の灯りよりもずっと強くてちかちかします。
だからヴェールが必要なんですかね。
まずは王様にご挨拶です。
「お招きいただきありがとうございます、グスタフさん」
本当、いつから用意してやがりました?こういうのを避けるために行先を誰にも告げずに行動しているのに。
「聖女様、お待ちしておりました。息子を紹介させてください」
グスタフさんに促されてずいっと出てきたのはやはりとても煌びやかな方でした。
20歳くらいの美青年です。
王家ってやっぱり美しさが必要なんでしょうか。
金糸のような髪を低めの位置で1つに纏め、鮮やかなエメラルドの瞳は宝石よりも美しい。
なんて表現されるんでしょうね、きっと。
整ったお顔立ちも引き締まった体つきも、彼を構成する要素すべてが美しいです。
さすが脳筋王国、王族といえど華奢ではないようです。
双子のお陰で美形慣れしていてよかったです。
表情を変えずに済みますから。
「はじめまして、聖女様。私はゲオルグと申します。」
「ゲオルグさん、初めまして。この素敵なドレスをご用意してくださったのはゲオルグさんだとお聞きしました。ありがとうございます」
軽く裾を持ってちょこっと膝を折れば、嬉しそうな笑顔を向けられました。
危険な笑顔ですね!!すごい美形!!
「よくお似合いです。聖女様の美しい黒髪にはきっと青が映えると思っていたのです」
ひええ、こういうストレートな賛辞に返す言葉辞典をくれませんか!?
だから嫌いなんですよこういう場所!
「まあ、そのようにお褒めいただけるなんて大変嬉しく思います」
うふふ、と微笑みながら首を少し傾けます。
こ、これで大丈夫でしょうか。
ちらりとヴェインを見れば少しだけ目で頷いてくれたので多分大丈夫です。
「もしそのドレスをお喜びいただけたのなら、私と踊っていただけませんか?」
と手を差し出されたところで、わたしはがつんと殴られたような衝撃を受けたのでした。
そうですよね、だって今日、"舞踏会"ですもんね。
踊る会ですものね、踊るに決まってますよね?
ええ、もちろん日本人のわたしが踊れるわけがありません。
踊れたとして、この場に相応しい踊りは不可能でしょう。
社交ダンスとかを習っていない限り。
もちろんわたしは習っていませんし、はるか昔高校の授業でダンスをやったのが最後…あ、いえ友人の結婚式の余興が最後でしょうか。
どちらにせよこの場に相応しい踊りではありません。
どうお断りしようかと思案しかけた時、すっと前に立ってくれたのはヴェイン。
「申し訳ありませんが、主様を我々から離すつもりはありませんので」
こちらから表情は見えませんけれど、もう少しうまいこと言ってください!!
どんな顔をしているのか想像することすら怖いんですけど。
ほらゲオルグさんも、「なにこいつ?」みたいな顔してますよ!!
「王子様が相手でも僕たちの大切な主様を預けるわけにはいかないんだよね」
ヴァイトは詰襟を少し捲り、ちらりと首の痣を見せたようだった。
どうやらそれを見て苦笑するゲオルグさん。
「なるほど、気が付かず失礼いたしました。では聖女様、舞踏会をぜひお楽しみください」
ゲオルグさんは一礼すると呆気ないほど速やかに下がった。
これでようやく挨拶を終えたことになったらしい。
ところでなるほどってなんですかね。
この首輪にわたしが思っている以上の意味と効果がありますか?
「あ、いけない。グスタフさんにお願いがあったのです。」
色々あって忘れかけていましたが、折角グスタフさんと直接お話できるのだからお願いしようと思っていたことがあったのでした。
「なんでしょうか、なんなりと」
思い出したのが去ろうとした寸前でよかったです。
「まずこの場でわたしに贈り物をくださったみなさまへお礼を申し上げたいのです。」
「それはぜひ。このあと時間を取ります」
二つ返事で引き受けてくれて助かりました。
これでお礼を言って回らずに済みます。欲を申し上げるならばできるだけ早くお願いしたいですね。
「ありがとうございます、もうひとつ、世界中へ…できる範囲で構いませんが伝言をお伝えいただきたいのです」
「伝言…ですか?」
怪訝な顔をするグスタフさん。
そうですよね、今までわたしから何か発信したことはありませんでした。
目立つの嫌いですし。
「ええ、『聖女はヘンドラー公国を訪れない…かもしれない』とお伝えください」
にこりと微笑み、呆然と立ちすくむグスタフさんを置いてわたしたちは一旦壇上を降りたのでした。
追及とかされたくなかったので。
その後のホールで双子の番犬は女性に触られるのすら嫌がるので大変でした。
「綺麗な御髪に触らせていただいてよろしいでしょうか?」
とか
「お飲み物をどうぞ!」
とかそういうの全部ブロックですよ。
わたしが命令してるって思われたくないんですけど!
感じが悪いじゃないですか!!
男性のダンスの誘いに至っては噛みつくんじゃないかっていう勢いでお断りするのでわたしが困ってしまいます。
いえ、ダンスは踊れないのでお断りしてもらえること自体はいいのですけど、その言い方が。
変な噂にならなければよいのですが。
聖女は美形の護衛を侍らせて人に触れさせないようにしている、とか。
いえこれ事実ですね、ただの。
***
終了間際、みなさんへお話しの機会をいただけたので壇上へ立ちます。
わたしの滞在を伸ばすために終了間際にしたこと、少しだけむっとしていますけどね!
「みなさま、この度はわたしの来訪に合わせてたくさんのお心遣いをいただきありがとうございました。
ささやかですが、わたしからみなさまへ"癒し"をお礼としてお返しします」
いつものように、胸に左手を乗せるポーズをとり、この会場内すべての人々を"癒す"。
どうも健康な人にも一定の効果があるらしく、幸福な気持ちに包まれるらしい。
わたしにはわからないんですけど。
わっと沸いた拍手や歓声を受け、一礼したあとようやく帰路につけたのでした。
用意されていた馬車には乗らず、ヴェインに抱えられて。
そのほうが早いし楽です、ありがたいです。
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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