42.聖女活動
自分の立場を護るため、そして手段を持つのに見殺しにすることができないという打算と下心のもと行うこの治療行為を、わたしは"聖女活動"と呼んでいる。
感謝されたいわけでもないので、ヴァイトには治療院の前で止まってもらいます。
扉の前で、(この建物の人々に"癒し"を)と祈れば一件目終了です。
「さて、ヴァイト。次へ行きましょう」
「え、もう終わり!?」
「はい。あ、休憩が必要ですか?確かに走り続けていますものね」
「違う違う。僕は大丈夫。主様って規格外なんだね」
それあなたに言われたくありませんよ。
ちょうどドアから転がるように飛び出してきた治療院の看護師に微笑みかけると、ヴァイトはその場を離れてくれた。
だってあの看護師のセリフは十中八九、『聖女様万歳!!』ですから。
経験則です。
他にも『奇跡だ!』とか『!!』とかのパターンはありますけど。
第二都市でもヴェインに集めてもらった方々を纏めて癒したので、ヴァイトもそれを見ていたはずなんですけど。
「主様あの時はもう少し時間かけてたよ」
「ああ、そういえばお話もしましたね」
イメージアップのために集まった方にお話しをすることもあります。
呼びつけておいて数秒で終わってさよなら、では印象がよくない気がして。
それに"聖女様"と話すのは嬉しいそうなので。
と言っても名前を名乗ったり「リンと呼んでください」とお願いするくらいです。
ちなみにそのお願いが叶えられたことはほぼない。
子供たちくらいですね。
「あれが準備時間なんだと思ってたよ」
「準備時間は本来不要なんですよ」
ヴァイトが驚いてくれてなによりです。
そして次々と治療院を巡り、"癒し"パフォーマンスを披露したのでした。
宛がわれた家に戻ったのはもう夕方で、門の前には悲し気な騎士たちが佇んでいました。
出発した瞬間に振り切りましたからね、追いかけようという気概すら沸かなかったでしょう。
「ごめんなさいね、急ぎでしたから」
「いえ、我々の力が及ばず申し訳ありません」
と頭を下げる彼らはこのままこの家の護衛をするそう。
ヴァイトに置いて行かれるような人の護衛は不要ですが…
さすがにそれを伝えるのは酷ですし黙っておきましょう。
「おかえりなさいませ、聖女様」
前庭を超えて扉をくぐると使用人たちが出迎えてくれる。
居心地の悪さを感じつつもにっこりと笑顔を返しましょう。
「ヴェインは戻っていますか?」
「はい、お部屋を整えていらっしゃいます」
多分人が潜む場所がないかとか、そういうのを調べています。
宿でもいつもやってますからね、ここでもやっているのでしょう。
ヴェインも過保護です。
「ヴァイト、部屋を見に行きましょうか」
「うん、そうしようか」
普段通り話すヴァイトにぴくりと眉を跳ね上げる家令。
不思議に思って覗くと『聖女様に対して不敬が過ぎる!!』とお怒りのご様子。
そういえばヴァイトってわたしのこと言葉では敬わないですね。
主様、とは呼んでくるのに。
もしかして犬的序列の中でわたし下ですか?
と考えて、いえキャラですね。と結論付けました。
"命令"に悶えて喜ぶ人がわたしを下に見ているはずありませんでした。
ただ自分の望むようにわたしを誘導はしてますけどね!
家令の案内で主寝室へ向かう。
その途中で図書室や食堂などの説明も受ける。
うん、広すぎます。王族の離宮とかそういうものかもしれませんね、ここ。
ですが本でいっぱいの図書室があることは素直に喜びましょう。
滞在中に読む暇があるかはわかりませんが、転移すればいつでも本を借りることができます。
「ヴェイン、入りますよ」
一言声をかけて(屋根裏とかに潜っていたら困りますし)扉をひらくと、かなり広い寝室でした。
巨大な天蓋付きベッドに大きなソファとテーブル。
広い浴室に、衣裳部屋まで。
ずらりと並ぶ衣装とそれに合わせる宝石の数々に眩暈がした。
このお金国庫からでてるんですよね?
何考えてるんですか。
はあ、とため息をついて宝飾品について尋ねると、なんと国中の有力者たちがこぞって差し出してきたらしい。
国庫は痛んでいないそうです。
この国に貴族はいないので、かれらが稼いだお金で買ったものなのでしょう。
益々明日の舞踏会はお礼を言うためにも参加を余儀なくされました。
仮病でも使ってやろうかと思ってたのですが。
夕食まではまだ時間があるそうなので、ヴェインの部屋チェックを眺めていた時でした。
(ヴェインって床板や天板からクローゼットの裏まで本当に隅々まで確認するんですよ)
「聖女様、少々よろしいでしょうか」
「なに?僕が聞くよ」
わたしが声を発する前にヴァイトが家令に話を聞きに行きます。
ここ扉を閉めると外の音が聞こえないんですね。
立派な防音設備です。
が、もしかしたらヴェインには聞こえていますか?
ぴくりと耳が動いたように見えました。
「主様、なんかお礼が山ほど届いてるって」
「お礼、ですか?」
「治療院から。」
"癒し"てまわった治療院から人がお礼の品を持って押し寄せているらしい。
「ああ、なるほど。不要なんですが…」
「僕が断ってこようか?」
「いいえ、行きます。」
従者を使って断るのは聖女らしくありませんからね。
渋々、しかし笑顔のままで玄関まで向かうと、広いロビーに数十人の人。
代表者一人にしてくださいよ…と言えるわけもないので
「こんばんは」とにこやかに挨拶するに留める。
どうやら体の治った人たちやその家族が、自分のまたは家族の持ち物で一番価値のあるものをこぞって持ってきているらしい。
いらない!!
聖女って旅をしているんだってわかってますよね?
「わたしに個人からのお礼は不要です。お気持ちだけいただきます」
穏やかに微笑みながら告げたのですが、どうやらそれでは気が済まないらしく。
困りましたねえ。
ふと、薄汚れた子供が明らかに摘んできたであろう花を抱えて所在なさげに立っているのが目に入る。
「素敵なお花をありがとう。これで十分です。みなさまの分も、このお花をいただければ他には必要ありません」
やりすぎかとは思いますけど全員に帰ってもらうためです、盛大に"聖女"になりきりましょう。
「こ、こんな…ごめんなさい、花で…」
しょんぼりと沈む子供に目線を合わせ、わたしは心からお礼を言う。
「いいえ、あなたのお陰ですよ」
感涙しながら殆どの方が去ってくれたのですから。
きょとんとする子供を撫で、静かになったロビーを見れば残っているのは同じように生花を握りしめてやってきた子供たちだけ。
彼らはわたしの振る舞いや意図があまり理解できなかったのでしょう。
ちょうどいいですね。
「ヴァイト、手伝ってください」
ヴァイトに指示を飛ばしつついつものように服を洗浄し、お湯で体の汚れを落とす。
この子たちは奴隷ではないようだけど、あまり身綺麗でもない。
家族の治療にお金がかかりすぎて家が貧乏とかですか?
「ごはんはしっかり食べられていますか?」
と聞けば、大きなおなかの音で返事をしてくれる。
うーん、かわいいですね。恥ずかし気な顔がなおよしです。
「ヴァイト、急ぎでこの子たちが食べられるようなものを買ってきてくれませんか?」
何度も走らせて申し訳ないのですけども。
二つ返事で走ってくれたヴァイトに感謝しつつ、かれらと庭に出ます。
こんな建物の中では緊張してしまうでしょうし、今もずっとぷるぷる震えていますし。
勇気を出して来てくれたんでしょうねえ。
ついでに使用人たちが困惑していたようなので引き離しましょうか。
庭も立派なこの家です、理解の早いヴェインが適当なテーブルと椅子を並べて簡単なガーデンパーティのようにしてくれます。
仕事が早い。
わたしとしてはピクニックくらいのつもりだったんですけど。
かれらが持ってきてくれた花を一緒に飾り終わったころ、ヴァイトが戻ってきた。
大量のサンドウィッチを抱えて。
それを子供たちと一緒に食べたのでした。
「ヴァイト、子供たちだけで帰すのは不安です。送って差し上げて」
「うん、任せてよ」
どちらかというと懐っこい顔のヴァイトにあとは任せ、わたしは気の重い夕食です。
…もう入りませんとは言えませんよね。
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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