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39.主従の契約

「ありがとうございます、主様。俺も黙っていてすみませんでした」

ヴェインの犬…いえ狼耳が垂れていてかわいいです。

悔しいことにとてもかわいいです。


「いえ、いいです。わたしがこうなるとわかっていて黙っていてくれたのでしょう?」

一応ヴェインはこれを告げればわたしがヘンドラー公国と敵対するとわかっていたのでしょう。

それで黙っていてくれたのは嬉しいですが、それならば最後まで黙っていて欲しかったです。


「ヴァイトは俺より狡猾なので…」

いえヴァイトの所為にしたいようですけれど、ヴァイトに無理やり引き合わせたのあなたですよね。

この街に来た時点でもう決まってましたよね。

いえ、もしかしたらヴェインを癒した時には既に、でしょうか。



だとしたら後悔はしませんけれど。



「ごめんね主様。僕どうしても主様にちゃんと契約してほしくて」

欲しいものは全部手に入れないと気が済まないんだよね、と囁いたのがばっちり聞こえてしまったんですけれど、わざとですね。

とんだ狼共です。



「やり方は簡単だよ、僕たちの血を舐めて『すべてを受け取ります』って言えばいいんだ。」

うっとりとわたしの目を絡めとる視線にやっぱりやめたいという気持ちが湧いてきます。

『すべてを』って本当に言わなきゃいけないんです?



逃げられないんですけど。

ヴェインに"転移"を渡したのは早まったでしょうか。



「はあ…やりますよ…」

2人からの熱の籠った視線にもうすっかり観念し、彼らの手を握る。

牙なんてないけど…と少し躊躇えば、2人は自分の手の甲にかぷりと牙を立てる。



どうぞとばかりに差し出された滲む血を舐めとると、なぜかふわりと花のような香りがした。



「私、スズ・クジョウはヴェイン・シュヴァリエ、ヴァイト・シュヴァリエ両名の差し出す全てを受け取ります」

その宣言と共に、わたしの左右の手の甲それぞれに痣のような模様が浮かぶ。

どちらも花のようだけど、ヴェインが握る左手とヴァイトが握る右手の模様は異なる。

「…これは?」


「完全な"主従の契約"の証ですよ、主様」

「そ、僕たちのものっていう印だよ、主様」

嬉しそうにわたしの手の甲にそれぞれキスを振らせてくるのだけど、待ってほしい。


「わたしがあなたたちのものなんですか!?」

主ってわたしじゃないの!?

けど()の側に模様が出るわけないですよね、え、確かにどちらがどちらって聞いてません。


「うーん、そうなんだけどそうじゃないんだよね」

「互いに唯一という印ですので」

それぞれ首を晒してくれてそちらは納得できた。

彼らには同じ模様が首をぐるりと一周している。

というか2人ともずっと首の詰まった服を着ていましたしもともとありましたね?


これを首輪と見るなら一応わたしが主…なのでしょうか。



「…もしわたしに好きな男性ができたりしたら…?」

たしか以前伴侶のようなものとは聞きましたね。

あの時は勝手に四六時中銀狼が侍るから恋人に嫌がられるんだと納得しましたけど。


こんな所有印のようなものがつくならそれどころじゃないですよね。

これ消えないんですか?

「相手の男が俺たちの存在を受け入れられない限り婚姻は難しいでしょうね、主様」

嬉しそうに笑うヴェインが甲にキスを降らせる。

そろそろ舐めまわされそう。



「…じゃあ相手が受け入れてくれるならいいんですね?」

無理だろうなと思いつつ一応確認です。


「たとえ閨だろうと僕たちついていくけどいい?」

半分舐めまわすようなキスをしながら器用に微笑むヴァイト。

そろそろふやけちゃいそうなので離してください。



無理じゃないですか。

そんな男が二人もいる時点で恋人なんて絶対無理じゃないですか。



そんなことだろうとは思ってましたけど。

覚悟はしていました。この二人に気に入られてしまった時点で。

諦めとも言います。



けれど、一つだけ言わせてくださいね。



「そういうことは先に説明してください。」

と。



「これからはお風呂のお世話もするからね!」

「もちろん排泄の世話もしますよ」



しれっと恐ろしいことを言わないでください!

「ま、待ってください。トイレはだめです、お願いですからやめてください」

流石に目が潤むのは仕方がないですよね、トイレですよ!?

成人の排泄のお世話って必要ですか!?


「それはご命令ですか?」

「め、命令です!トイレには一人で入ります!」

ヴェインに促されるまま発言すると、一瞬甲の痣が鮮やかに紅く染まった。


同時にかれらの首の模様も紅く染まったように見えた。

以前ヴェインに命令した時も包帯越しに光っていたのはこれでしたか。

「うん、いいね、命令されるって。最高の気分だよ、ありがとう主様」

ちゅっと音をたててヴァイトに頬に口づけられる。

「風呂は世話しますからね」

反対の頬にヴェインが口づけを落とす。


しまった、と慌てて

「お風呂もだめです!」

と付け足す。いいわけがないですよお風呂なんて!


「ですが先ほど『トイレ()()』と。その言い方ですと他はいいということになりますが」

「…命令の取り消し方法を教えてください」

「無理だよ、主様。"命令"ってすごい強い効果を持つんだ。撤回はできないよ。」



にこにこといい笑顔のヴァイトと、穏やかな笑顔のヴェイン。

この顔から察するに、撤回ができないというのは嘘ですね。

でも撤回の方法は教えてもらえないそうなので慎重にことを運ぶ必要があります。

命令すれば教えてもらえるんでしょうけれど、どうすれば上手く言えるかわからない以上それは避けたいです。


本当なんなんですか!?わたしなにか悪いことしました!?



つまり完全な"主従の契約"は主側にもかなり制約がかかるってことですね。

一方だったときはなかったのに。

わたしにいいこと一つもない契約じゃないですか。




これまであまり触れてこなかったのに、べたべたと触れるようになったことも変化でしょうか。

こまめに転移して振り払うしかなさそうですね。





その夜、お風呂にもベッドにもべったりな双子に早速辟易したのは言うまでもない。




「これは()()()なんですが」

絞り出すような声に流石に二人はびくりと肩を揺らす。

「適度な距離は保ってください」

不機嫌に告げたことが功をなしたのか、その後ゼロ距離でのスキンシップはなくなったのでよしとします。




狼の姿でなら枕にも布団にもしますけどね。







ご閲覧、評価、ブクマなどありがとうございます。

とても励みになります。


毛色は違いますがよかったらこちらもお願いします。完結済みです。

『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着(あい)される』

https://ncode.syosetu.com/n6804fq/

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