38.ヴァイト
「主様、ヴェイン。来たよ」
宿の扉をヴェインが開くと、ぶんぶんと振る尻尾が見えるヴァイトが立っていました。
あれ幻覚じゃないですね、本物ですね。
銀色のもっふもふの塊が揺れているのは視覚にダイレクトアタックしかけてきますね、眼福です。
「改めてよろしくね、主様。僕はヴェインと違って魔法は得意じゃないけど、腕っぷしはヴェインより強いよ」
すでにヴェインが誰かに負けるところを見たことがありませんが、それより強いとは…
兄弟揃って規格外なんですね。
「ええと、よろしくお願いします。」
「主様は獣人に偏見ってある?」
「ないですよ、わたしの世界にはいませんし」
むしろ好きです、もふもふ。
わたしずっとマンション住まいでペットは飼えなかったんですけど、動物は大好きなんですよ。
「そ、じゃあいいか。僕ちょっと制御が下手で、尻尾とか出ちゃうんだよね」
耳は常に出てるしそこ気になります?と首を傾げると
「尻尾は弱点にもなりうるから普通は出しません。ヴァイトがおかしいんです」
親切なヴェインの補足が入った。
ヴァイトは強いから弱点丸出しでも大丈夫とかそういうことでしょうか?
「主様、ヴァイトもついてくることですし、そろそろお話しします」
おそらくヴェインのように黙ってはいられない性格のヴァイトがぽろっと漏らすならば、というあたりでしょうか。
人畜無害そうなその笑顔が少々胡散臭いのでうっかり漏らすとかはなさそうですけどね。
「待っていましたよ」
苦笑とともに二人に顔を向ける。
「なるほど、ヴェインは口下手だもんね。じゃあ僕たちの故郷の話からしようか」
ヴェインがすっと目を逸らすので、わたしはやっとヴェインが黙っていた理由を知ったのでした。
え、口下手なだけですか?
なんかこう、気持ちの整理がみたいな弱弱しい顔してましたよね、さっき。
「僕たちの故郷は獣人の王が治める獣人のための国、リオネル王国というところだったんだ」
過去形で述べられることにぴくりと反応してしまう。
「ええ、亡国となりました。数年前のことです、4大大国のうちのひとつであるヘンドラー公国に滅ぼされました」
そのヘンドラー公国というのはギルドやオークション、そしてこの街の地下で行われていた賭場を取りまとめている商人の国。
もともと大国ではあったけれど、ここ数年で更に力をつけ、周辺の小国を滅ぼしては吸収しているとどこかの街で聞いた記憶がある。
おそらくわたしに聞かせる言葉は吸収ではあったけれど、実際は略奪だったんだろう。
「僕たち獣人は、再び安寧の地を作るために情報を収集している。時に奴隷に身を窶し、時にギルドで冒険者となり。」
「なるほど、そういうことでしたか。」
もともとすべての獣人がリオネル王国の国民だったわけではないでしょうが、獣人が奴隷になりやすくなったのにはギルドかオークション、つまりヘンドラー公国とやらが関わっているのですね。
だから書物では差別のような言葉が見当たらなかったわけです。
最近の考えならばフロレンティア王国であまり普及していなかったのも頷けます。
ヴェインを連れていても問題はありませんでした。というかむしろ好意的ですらありました。
美形ですからね。
「ではフロレンティア王国では緑の精霊の街にしか住めなかったというのは…?」
「あれはフロレンティア王国の苦渋の策です。ヘンドラー公国との関係を悪くしないために形式上取った措置です」
そもそも獣人の血の相性的に、フロレンティア王国では緑の精霊の街でないと生活しづらいんだそうで。
え、ヴェインは連れまわしましたよね?
と見れば、「強い個体は問題ないです」とのことです。
規格外はどこまでも規格外と覚えておきましょう。
しかしギルド等の元締めであるならば確かにあまり敵対したくないのでしょうね。
フロレンティア王国は間違いなく最も広い領土を有す大国ですが、女神様と精霊のご加護に頼っている国なのでおそらくさほど強い国ではないのですよね。
ギルドやオークションは治外法権だとシュルツの街でウィルさんが悔し気に言っていました。
表立って所属国とはしていないけれど、みんなが知っている裏の元締めがヘンドラー公国ということですね。
やくざかな。わたしの敵と位置付けてよさそうです。
「で、貴方たちはその中でどんな立場ですか?わたしのお勤めに付き合っていていいのですか?」
そんな大切な情報収集というお役目を放り出してまでついてきてもいい旅ではないと思うのですよね。
正直一人旅でもいいわけですし。
ヴェインのいる旅の快適さを知った以上手放すのはとても惜しいですけれど。
「心配しなくても僕たちは中枢ではあるけど中心じゃないし、主を得たらどうなるかなんてみんな知ってるから大丈夫だよ」
にっこりと笑うヴァイトは嘘を言ってはいないようだ。
一応覗きますか?ヴェインと同じ匂いがするので嫌なんですけど。
『僕たちの心配をしてくれるなんて噂通りの聖女様なんだなあ、かわいい』
でした。ヴェインより視やすいですか?
噂とか知りたくない単語も拾ってしまいましたけど。
あとかわいいってつけないとだめなんですかね?
どいつもこいつも…ええと、これは聖女らしくありませんね。
どなたもかわいいかわいいって!
勝手に頬が熱くなるのでやめてくださいよ!
「銀狼は僕たち獣人の中でも特別なんだよ。能力は高いし頼りにもされてた。けど全部主ができるとひっくり返るんだ」
主様第一になっちゃうからね、と笑うけど他の人はそれでいいわけがないと思う。
「ほかの獣人の方に申し訳ない状況だということですね」
能力が高いというのだからこの二人はきっと主力だったのではないでしょうか。
不本意ですがその2人を戦線離脱させてしまったのであればわたしも何か協力しなくてはいけませんね。
「違う違う。みんな祝福してくれるはずだよ」
そのあたりの感覚がまだわからないので他の方に会って慎重に考えなければいけませんね。
「主様、中心人物はヴィーです」
黙っていたヴェインが躊躇いがちに口にする。
「…では兄妹というのは嘘ですか?」
そう予想はしていたのですけど。
「いえ、片親が同じなので兄妹ではあります。亡き女王がヴィー…ヴィヴィアンの母君でした」
つまり異母兄弟。
リオネル王国は女王の治める国で、その王配がこの双子の父上。
で、女王の正当な娘であるヴィーが次の女王となるべく、もしくは女王として動いているとかそういうあたりですか?
ハクといい"奴隷廃棄場"はいい隠れ蓑になりうるわけですね。
「主様の考え通り、俺とヴィー、父の首輪は偽物でした。けれど病気は本当でした。命の恩人であることに変わりはありません」
他の獣人たちも本当に奴隷にされていました、ヘンドラー公国に。
と続けられる悔し気な言葉。
わかっています。
「別にあなたたちを嘘つきとか詰るつもりはないですよ。」
と笑えば、2人はいつの間にか強張っていた顔を少し緩めてくれました。
ばかですね、嫌いになんてなりませんよ今更。
それに、わたしが聖女として振舞ったことが何か役に立っていたならそれでいいのです。
ところで王配でしかないこの双子の父上は不倫…?浮気…?でこの双子を設けたんでしょうか、少しあの穏やかな御父上に疑惑が…
「あ、なんか要らない想像してるね、主様。獣人は強いほうの性質が子供に出るんだよ。女王陛下は金猫っていう銀狼より上位種だからね。けど銀狼も希少種だから、女王陛下の信頼の厚い侍女に産ませたんだよ。まあそれが僕たちの母親だけど」
本当に人とは性質が違うようで驚く。
愛より計算で動くんでしょうか?この二人を見る限り完全に本能というか自分の望みに沿って動いているようにしか見えませんけど。
「だから、あの時ヴィーの後押しがあった以上、俺たちはヴィーに見放されたようなものです」
「え?」
たしかにヴィーはやっちゃえ、と親指を立てていた気がしますが。
あれって見放されてたんですか?
「後押しとも言うよ。銀狼の性質はきっと嫌って程わかってたと思うし。」
彼らの中では済んだ話のようで、わたしが今いくらいってもどうやら効果はなさそうです。
濁した言葉の中にはきっとかれら家族の内情があるのでしょう。
プライベートな部分まで踏み込む気はないのでこの話はここまでにしておきましょう。
けれど、そういう事情なのだったらわたしも何か手伝いたい、と思うわけです。
だってもふもふパラダイスですよ?
そんなの無条件で応援したいじゃないですか。
あわよくばその国に住みたいです。
「ではヘンドラー公国には入りません、と宣言しましょう」
にこりと笑顔で告げればヴァイトがきょとんと瞳を瞬かせる。
「聖女であるわたしがその国を避けるとなれば、多少なりとも影響はあるのではないですか?」
"澱み"が浄化されなければその"澱み"からは魔物が生まれる。
国としても早く浄化してほしいはずなのです。
そんな国民を人質にとるようなことしたくありませんけど、ね。
後回しにするくらいなら許されるでしょう。
いつかは行きますよ、多分。
「それは主様の誘拐などの危険が浮上します、反対です」
ヴェインが止めてくれるけど、わたしだってあんな商人の国積極的には行きたくありません。
売られそうですし。
お断りです。
「ヴァイトとヴェインが護ってくれるんですよね?」
と笑いかければ、初めて会った時のような懐っこい笑顔でヴァイトが笑う。
あ、これいい予感しませんね。
「それなら主様も"契約"してくれないと難しいね」
満面の笑み、胡散臭いですヴァイト。わざとですね!?わたしが慌てる姿で喜ばないでください。
「確かにそうだな」
ヴェインも乗っかってますけど嘘ですね、わかりますよ!!
これがチャンスとばかりに言ってますが、こちら側の契約は必要ないはず、です。
わたしが知っている条件であれば、ですけれど。
「なぜですか?あなたたちは既にわたしの居場所がわかるのですよね?」
契約について詳しくないわたしでは不利でしょうけど抗戦しますよ。
「完全な契約と成れば危機も察知できるようになります」
まずいです、非常に。
さっきまで大人しかったヴェインが急にぐいぐいと。
「主様を巻き込んではいけないと思っていましたが、俺たちの味方をしてくださると言うなら全力でお守りしなければ」
さすが主様は聖女様ですね、ときらきらした目で見るのをやめてください。
「傍から離れなければいいお話ですよね?」
「それだと不十分かな、僕たちの力も半分くらいしか発揮できないし」
「今でも十分に強いですよ、大丈夫です」
これは本音です。あなたたちが負けるところとか想像がつきません、すでに。
「万一の時に護り切れなければ俺たちは死ぬしかなくなります」
そのすぐ死ぬっていうのやめてくれませんか!?
しかも悲し気な顔と共に!
どこまで本気かわかりませんけど!
「ですが主様がヘンドラー公国に喧嘩を売らないと仰るなら俺たちもこのままで良いと言いますよ」
あくまで!わたし自らがそれを選んでいるという風にしたいんですね!
もしくはわたしから望んだという事実が契約に必要ですか?
わたしが大人しくヘンドラー公国にも行くというなら必要のない措置だ、と。
これは最初から、もしかするとヴェインが反対したところからそう運ぶつもりでしたね。
わたしは罪悪感が嫌いな偽善者。
打てる手があると知りながら無視することはできない。
つまり。
「…契約の方法をおしえてください」
と、折れる他なかったのです。
二人の思う壺だろうと。
ところで貴方たちわたしの知らない方法で意思の疎通ができていますね?
獣人の独自の方法なのか双子限定なのかわかりませんけど。
打ち合わせの時間なんてなかったのにこの運びですからね!
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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