37.賭場
「おやおや聖女様、このような場所になんの御用で?」
下卑た笑顔がオークション会場の商人にそっくりだったので、ここがその系列だと早々にあたりをつけた。
「散歩してたら見つけてしまいました。」
適当に嘘をつきつつ見学はできるか聞いてみます。
「どうぞどうぞ、面白くはないかもしれませんがねえ」
なんて笑うが目は鋭いままだ。
もう少し表情は隠したほうがいいと思います、このヴェインを見習ってもいいと思いますよ。
わたしのこと騙して連れてきたのにしれっとしたこの顔みてくださいよ。
「で、なぜここへ連れてきたんですか」
ため息交じりに聞けば、「弟がいます」と爆弾を投げられた。
「…そういうことは早く言ってください」
小さくやりとりし、案内を申し出た男に必要ないとお断りをいれる。
「自由に見て回ってもいいですよね?ここって違法なんでしょうか?」
と無知を装えばあからさまに嫌そうな顔で、かつ渋々に自由に見て回る許可を得た。
もちろん違法ではありません、治外法権ですからね。
しかし後ろ暗いことをしている自覚はあるんですね、わたしが来ると嫌そうな顔をするので。
ここは地中に広がる施設のようで、いくつかある開けた場所で戦いが繰り広げられている。
「なるほど、どちらが勝つか賭けるんですね?剣闘士のシステムですか」
かつて地球でもいたるところで行われていたというあれですね。
「100回勝つと解放されるので奴隷とは違いますよ」
たしかにそれならば奴隷はいないのでしょうね。
周りを見てみても、普通そうにみえる人が多い。
あくまで娯楽の一つとして確立してしまっているようだ。
競馬とかそういう感覚でしょうか、男性が多いようです。
「勝てなければずっと?」
「いえ、娯楽として確立するためには入れ替えが必要なので、本当に解放されていますよ」
弱いものは弱い者同士当たるので全く勝てない人、というのは存在しないらしい。
それならば問題はないのでは?と首を傾げると、大部分は。という。
「100回目の相手は固定です」
ちょうど、ほら。
とヴェインが指さす闘技場にちょうど出てきたのは、銀の長い髪を翻す美しい青年だった。
彼に勝てば晴れて解放です、と言っているけれどそれどころじゃないです。
ついでに彼に勝てないとここのスタッフとして半永久的に働くことになりますとか言っていますけど、そちらでもなく。
ああいえそれも大事なんですけれど。
あれがだれかなんて聞くまでもなくこのヴェインと瓜二つだ。
「双子ですか?」
「そうですよ。双子の弟です」
「遠目では全く同じ顔なんですが」
「瞳の色が少し違います、弟は灰青色です」
区別がつきそうで安心しましたが、その弟はなぜここにいるのかという疑問は晴れていませんでしたね。
「弟は好きでここに居ます、が…主様を見ればおそらく」
熱のこもった目で見るのをやめてください、うっかり理解してしまいましたが、双子故に同じかもしれないんですね。
ヴェインとしては弟にここから出てほしいとかそういうことでしょうか。
「まだ詳しくは言えませんが、弟はここで情報収集をしています。」
「…じゃあいつかあなたの首輪もハクと同じだったってこと教えてもらえるんですね」
じとっと見れば苦笑で返された。
「たいしたことじゃないんですけど、俺の気持ちの問題です」
なんて普段見かけないような弱弱しい笑顔を向けられてしまえば、わたしはもうそれ以上は言えませんでした。
***
ヴェインの弟の試合を見届けたあと、彼と面会が叶いました。
といっても彼はここで働いている、いわば賭場側の人なのですぐに招いてもらえましたけど。
「ひさしぶり、ヴェイン」
あまり笑顔を見せないヴェインと違って懐っこい笑顔をしますね、より犬っぽいです。
ですが、こちらを見た瞬間目が変わったのがわかりました。
わかりたくなかったですね!
「そちらは…聖女様だね。僕はヴァイト」
どろりと熱の篭った瞳で見つめられ、思わず数歩後ずさります。
が、それをヴェインに阻まれました。
「は、離してくださいヴェイン、わたしはこれ以上」
従者とやらを増やす気はありませんよ!と叫ぼうとしたのを遮られる。
「お願いします、主様。主と慕うべき方が見つかったのに契約できないとあれば、我々は渇望しそのまま死にます」
絶対嘘だ!!…と思うのですが確信が持てません。
でもさすがにわたしもヴェインを疑いますよ、こと獣人の習性に関して言えば!
意を決して視てみたものの
『聖女様が主様だなんて興奮するなあ、ちいさくてかわいい』
『主様が震えていらっしゃる、かわいい』
前者はヴァイトさん、後者はヴェインですが思考回路一緒!!結局真偽がわかりません。
が、今無理に契約をする気はない…ですね?
ですよね?
体もびくともしないしヴァイトさんが握る手も動きませんが。
いざとなれば転移で逃げましょう、戦術的撤退です。
しかしヴェインに転移の指輪渡しましたね、無意味ですね。
退路はないようです。
あっこれ詰んでます?
「ええと、ヴァイトさんはここを離れていいのでしょうか?」
穏便に説得する方法でなんとかやってみましょう。
徒労に終わる気もしますがそれはそれです。
抵抗したという事実が大切なのですよ、わたしの心の平穏的に。
「もちろん貴女が主になってくれるならこんなところすぐにでも辞めるよ」
にっこり笑みを深めるヴァイトさんから手を引き抜こうと必死にひっぱりつつ話を続けます。
びくともしませんが。
「そ、そうはいってもお仕事でいるならばすぐは難しいですよね?ね?」
「予め僕の主様が見つかればすぐに辞めると伝えてあるし問題ないよ」
もしかして情報収集ってあなたの主となる人のですか?
いえ、さすがにそれだけではないでしょうけど、それもしっかりメインなんでしょうね!
「と、ところで主の共有なんてあるんですか!?」
なったものの取り合いとか喧嘩とかするなら断る口実になります。
「双子ですからね、イレギュラーもあり得ます」
ヴェインが少々面白そうに答えてくれるけれどこの状況を楽しんでいるようで何よりです。
「前例はないんですね!?」
ということはどうなるか不明ということ、そんな博打ごめん被りますよ。
そのあたりをうっかり読まれたのか、先手を打つように畳みかけられる。
「ないねえ、けど大丈夫だよ。ヴェインは僕の半身だ。仲良くできるよ」
「ああ、ヴァイトは俺の半身だ。共に主様を大切にしますよ」
同じ顔でそして同じようにうっとりと微笑まれ、これ以上何も言えなかったわたしの敗北が決定しました。
この笑顔は一緒なんですね、背筋が嫌な感じにひやりというかぞくりとします。
ヴェインのような存在は一人で十分なので増やしてたまるかとかついさっきまで思ってたんですけどね。
そもそも押しの強いヴェインから逃げるのは無理でしたよね。
できるなら最初からこんなことになってませんものね。
「はあ…わかりました、ヴェインと同じ状態でよいなら受け入れます」
半分契約の状態にせめてしてもらいましょう。
いつか…いつか反故にしてやりますから!!
わたしが敗北を口にした瞬間、ヴァイトは結局びくとも動かなかった手にそっと唇を押し当て、
「僕はヴァイト・シュヴァリエ。貴女へ忠義を捧げます」
と囁いた。
ヴェインの時のように牙で傷つけられた甲がピリっと痛むと、滲む血をじっとりと舐められた。
その感覚に背筋がぞわっと震えたのは仕方がないと思う。
わたしの震えに気付いたのか、嬉しそうに目を細めてもう一度傷口に唇を押し当てた。
これで完了。
「ヴェイン、宿はどこ?ここすぐに辞めてくるから先に戻っててよ。これ以上主様をこんなところに居させたくない」
あ、ヴァイトもしかしてヴェインより過保護ですか?
ヴェインは穏やかに笑い返すと、何かメモを渡したようです。
宿の場所でしょうか。
準備していたこととかに気付くと殴りたくなるのでスルーします。
「では戻りましょうか、主様。ここまで付き合っていただきありがとうございました」
「え?えええ?」
わたしの意見は一切聞かないヴェインに抱き抱えられて賭場を後にしました。
いえ、ここではできることもなさそうですし仕方がないですが、完全にヴェインに誘導されましたよね。
「せめて戦う方々の怪我くらい治してあげたかったです」
「ああ、ギルドの奴隷より厚遇されているので不要ですよ。上級ポーションも支給されますから」
「じゃあ本当にヴァイトと会わせたかっただけですか!?」
しかも詳しくは説明せずに、無理やり働かされている感だしてましたよね!
いえもちろんそうは言いませんでしたけど勘違いさせる気はありましたね!?
「そうですよ、主様。貴女は本当に警戒心があるのに騙されてしまわれるのですから」
ふふ、と微笑むのやめてください。
愚かでかわいいなあみたいな顔ほんっとうにむかつきます!
日本人の警戒心なんて知れてますよ平和な国なんですから!
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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