36.麗しの国
さて、わたしたちの次なる目的地はこのユミディーテ王国ではなく、その先の魔族領です。
4大国と言われているだけあってフロレンティア王国、ユミディーテ王国と他の2つの国はとても広いのでまだかかりそうですが。
まずは最上級精霊の残りお二方にお会いしておきたいのです。
魔法は使えたほうが良いとわかったことですし。
「主様、そろそろ最初の街です」
さすがに狼姿のヴェインに跨ったまま街に入るのは憚られるので手前で降りて歩きます。
国境越えとはいったものの門があるだけでなんの審査もないんですね。
「ユミディーテ王国は好戦的なことで有名です。俺から離れないようにしてください」
今までもそんなに離れていませんよねえなんて呑気に歩いていたらですよ。
さっそく囲まれました。
これぞ異世界って感じでしょうか。
「街が近いのにこれですか?フロレンティア王国って治安が良かったんですねえ」
囲まれたのなんて一度だけでしたしね。
「そこの獣人、俺たちと手合わせしろ!」
「うーん。思ってるのと違う」
思わず首をひねります。
これは治安が悪いというわけでもなく好戦的とも違い、つまりガレスの街の彼らのように脳まで筋肉なだけでは。
ただ言うことを聞かないと通してくれそうにはありません。
20人ほどで道を塞いできていますし、強引に突破するのは街が近いので避けたいです。
「ヴェイン、相手をして差し上げて」
その間にこの方たちに話でも聞きましょうか。
***
簡易の椅子に座り、ヴェインが用意してくれたお茶を嗜みながらわたしの護衛を申し出てくれた少年と話をしようと思います。
「初めまして、リンです」
「初めまして聖女様!さすがお強い護衛を連れていらっしゃるんですね!!」
ヴェインの戦いぶりをきらきらとみているので、この国では強さこそすべてみたいな教えでも浸透してますか?
「ユミディーテ王国では強ければ強いほど高い地位につけます」
あ、脳まで筋肉王国に決定しましたね。
「ですから生まれなどは関係なく、純粋に強さを求めます。もちろん弱いからといって迫害したりしませんよ!」
誇らしげに胸を張る少年は正義感に溢れているようだけれどわたしはすでにこの世界に奴隷が居ることも、彼らの辛さも知っている。
「奴隷は、この国では全面禁止です。行商が入り込むことすら不可能です」
わたしの懸念を伝えると胸を張って告げる少年。
「そうなんですか?どうやって?」
「実は僕たち国境警備隊なんです」
こうして国境をパトロールし、不審な行商は取り締まっているそうだ。
ついでに強い人を見かけたら戦いをふっかけるようです。
そこは趣味らしいですし無理強いはしないそうなのでよしとしましょう。
さきほどのも断ってもよかったそうです。
わたしが日和ったのが悪かったんですね。
ですが普通に怖かったですからね!?
ヴェインやっておしまい!と思ったのだって仕方がないですよ。
「街にもたくさんの警備隊がいますから」
こういうのをすり抜ける悪辣なやつがいるんだろうとわたしは見ていますが、努力はすばらしいことです。
しかし街でも同じことが起こりますか?
ヴェインを連れるのが途端に嫌になったんですけど。
次回以降はさすがに断りますよ。
「もし聖女様がこの国を気に入ったら、お勤めの後はぜひユミディーテ王国へ!みんな歓迎します!」
なんの衒いもない笑顔にさすがにわたしもつられました。
『聖女様とお話しできるなんて光栄だな!けど僕もあの獣人の護衛と戦いたい…!』
と考えているようなのでお話のお礼にそれくらい叶えてあげましょう。
どうやらここでの足止めは一応の調査のようですし。
必要なことならばわたしも応じます。
ヴェインの力が及ばないなら無理にでも護衛としてついてきそうなのでそれを拒否するためにも必要だったということにしておきましょう。
「あなたもヴェインと戦ってみますか?」
去る前に聞いてみればうれしそうに破顔するのでヴェインには悪いですがもう一戦お願いしましょう。
***
うれしそうに手を振る彼らに手を振り返し、ようやく最初の街に入れたのでした。
余談ですがヴェインは相変わらず無傷ですべて勝利を収めていました。
ヴェインあなたほんとうに何者ですか?
さすがにこれって獣人標準ではないですよね?
ヴィーがそこまで強かったら惚れてしまいますよ。
「ヴェインはこの国のことをどれくらい知っていますか?」
「主様よりは詳しいですよ、お任せください」
わたしの手を絶対に離さずに握りこみにぎやかな街を歩きます。
随分人が多く、案の定わたしよりかなり背が高い方々ばかり。
これはそろそろわたしがこの世界では子供サイズだということを受け入れたほうがよさそうですね。
「服は目立ちますか?」
観察するまでもなく、ここの人たちとは服装が全く異なります。
今着ているお上品な長袖のワンピースは少し浮いていますね。
視線を集めているのはおそらく聖女だからというだけではないのでしょう。
『聖女様おかわいそう、服を差し上げようかしら』
とか聞こえますので。
歩く人々は長袖で長い裾ではあるものの薄い生地のようで涼し気です。
あとはヴェールを纏う方が男女問わず多いのですが、確かに直射日光が刺さるのでその対策でしょう。
水路が張り巡らされているせいか、からりとしているせいか、気温としてはさほど暑くは感じませんが。
聖女だということは見たらわかると思いますが、せめて服装くらい浮かないようにしたいですよね。
「そうですね、気候にも合いませんし、必要ですね。その前に宿をとりましょう」
ヴェインは迷いなく道を進み、やがて宿に到着しました。
「宮殿ですかこれ」
美しい青の建物は、インドやトルコの建築に少し似ていて、美しいタイルで彩られています。
「ここがこの街で一番良い宿です」
来たことがあるのか、一度も迷うことなく辿り着きました。
「そうですか、部屋は普通でいいですからね!」
これを言わないとヴェインは勝手に一番いい部屋とか取るんですよね。
少しは節約してください。
たとえフロレンティア王国からお金をもらっていても。
しかし聖女とわかるや否や一番の部屋に、しかも無料で通されたので最低限の滞在で済ませなくてはいけなくなりました。
「なれませんねえこういうの」
贅沢をする聖女だとか思われませんか?イメージ大丈夫です?
「もう主様を追いかけるような不届きものはいないですし一緒に買い物にいきますか?」
そういえばそうでした、追われてたから買い物はヴェインに任せていたのでした。
「そうですね、行きましょうか。」
フロレンティア王国のように街で色を変える必要もないようですし、ここで買い込めばあとは買わずになんとかなるでしょう。
と、服屋で買い込んでその場で着替えさせていただいたあと、改めてこの街を観察します。
確かに獣人が普通に歩いているのは見かけるし、踊り子たちや吟遊詩人なんかが娯楽を提供している。
ぎすぎすしている風でもないし、平和に見える。
ところどころで喧嘩しているようにみえるけど、それは日常茶飯事らしく止める必要もないらしい。
怪我のないようにやっているルールありきの試合らしいので。
「もう少し人通りの少ない場所を歩きましょうか」
二つほど道を逸れればすぐに雰囲気が変わる。
ギルドはこの街にもあり、そのあたりは賑わっている。
今はお金に不安がないのでヴェインに働いてもらうこともないからそこはスルーでよい。
けれど、ギルドがあるなら奴隷はいるのでは?
と思い、ギルドの様子を伺うことにした。
「ふーむ、ないですね」
フロレンティア王国にはあった、"奴隷の貸与依頼"がそもそも貼られていない。
「本当にいないんでしょうか」
あの少年の言う通り、奴隷は。
「主様、形が違うのですよ。この国では」
そっと囁くようにヴェインが告げるので、それを説明するように促す。
「こちらです」
とヴェインはギルドを出てすぐの細い道をどんどん進んでいく。
住居が立ち並んでいるようだけれど、人の気配があまりない。
「このあたりには人は住んでいませんよ。」
建物のように見えているそれらはすべてガワだけの張りぼてらしい。
「地下に目的地があります」
オークションでもやっているのかな?と思いついていけば、そこは巨大な賭場でした。
「ねえヴェイン、何も事前説明なくこういうところに連れてくるのはどうかと思うんですけど」
「説明しても行くっていうじゃないですか」
それもそうですけど心の準備とかあるんですけど。
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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