幕間3.後始末
ランプレヒト視点です
私が第一王子に初めて会ったのは彼が10歳のとき。
既にあの傲慢で権力を勘違いした性格はできあがっており、私の一家は早々に見切りをつけた。
これに関しては申し訳ないとも哀れだとも思う。
きっときちんと矯正すれば少なくとも幽閉などにはならなかった。
その時5歳だった第二王子はそれを反面教師にでもされたのか、めきめきと才覚をあらわしていた。
何を学ばせてもすぐに習得し、教わった以上の成果を出される方だった。
誰が見ても王に相応しいのはアルフレッド殿下のほうだった。
私は家と陛下の命で、秘密裡に第一王子の側近をしながらアルフレッド殿下とも時間が許す限り交流した。
いずれ第二王子の側近に正式に着任するために。
自慢ではないが、私にもそれほどの実力があった。
アルフレッド殿下はあの第一王子と血が繋がっているだけあり、清廉潔白な性格ではなかったが、為政者としてはすばらしい人材だった。
そして10年、第一王子の側近をしてきたときに転機が現れたのだ。
「ランプレヒト、父上たちがしばらく国を空けるらしい。その間、俺に全権限をお委ねくださったのだ!」
正直陛下方の正気は疑ったが、あれは最後通牒でもあったのだろう。
10年間、公爵家の令嬢と勝手に婚約破棄したり権力にものを言わせて国民を断罪したりと好き勝手やってきたのだ。
極めつけが、聖女召喚だった。
あの馬鹿は、代理だというのに王に就かなければ許されない儀式を無断で行った。
必要な準備などすべてすっとばして。
私は反対したかったが、父にも陛下にも泳がせろと言われたので従わざるを得なかった。
しかし、それでは召喚された尊い身はどうなる?
「なあランプレヒト、聖女とはすばらしい力を有すのだろう?」
嫌な笑顔だった。次の言葉は想像がついたが、あえて無視した。
「ええ、女神の泉にて稀有な能力を授けられるはずです」
いつものように張り付けた笑顔で答えたはずだ。
「何?召喚してすぐは使えぬのか?」
何を学んできたのか、初歩の初歩すら知らないのか。
そして一人の人間の命を我々の世界の事情で振り回すという事実をなんら理解していない。
それに不快感を覚えつつ、一層深く笑顔を作る。
「そのようですよ。書物によると」
その書物はお前が読むべき書物のはずだが読んでいないのだろうな。
「そうか、ではその間にお前は隷属の魔法の準備をしておけ。」
「…は?」
「隷属だ。聞こえなかったか?聖女には力を得次第俺の道具になってもらう。」
この馬鹿ここで殺してやろうかと思わず殺気が漏れかけたのを慌てて仕舞う。
これを、野放しにしろといった私の父や、陛下にまで思わず悪態を吐きそうだった。
何を考えている?聖女の隷属?
もちろん実行するわけがないが、その発想だけでも歴史に残るほどの馬鹿だ。
表面上は従っているため、仕方なく実際の準備も進めておく。
やつの手駒は私だけではない。
アルフレッド殿下には、「聖女様の様子、しっかり報告してね。僕楽しみではあるんだ、聖女様って」と無邪気に笑われた。
あれは気に入ればしつこいだろうな。
違う意味で聖女には同情せざるを得なかった。
せめて、とこっそり自分の手の者を混ぜた護衛を準備したはずだったのに、どこで捻じれたのか。
いや、少し舐めていたのだ。
ジルヴェスターは弱いが洗脳のような力を持っていた。
王族特有の能力らしいが、それが露出すること自体が珍しく、この男が数々の愚行を重ねても尚王太子であり続けたのもその能力の影響が大きい。
うまく使えば間違いなく稀代の賢王と称えられただろうに。
能力は普通の騎士なら間違いなくかからない程度の弱いものだが、あろうことか聖女の護衛に破落戸をあてがったのだ。
というか、知らぬ間に破落戸をお抱えの騎士にしてやがった。
私に相談せずに、という時点で悪いことをしている自覚はあったはずなのだが。
聖女様から直接ありえぬ訴えを聞くまで全く知らなかったのはこちらの落ち度だった。
心底申し訳なく思う。
言い訳をするならば、行方を眩ませた彼女の捜索のほうに手一杯だったのだ。
「聖女は傲慢で強欲な性格である。お役目にも否定的だったため逃げぬようにしっかりと監視し、間違いなく城に連れ帰るように」
とジルヴェスターは洗脳したらしく、前代未聞の監視と待遇で女神の泉まで1月も放置してしまった。
聖女様は行く先々で"善い行い"をしてまわっていたために国民たちには口々に褒めそやされて好かれていて。
その様子を第一王子にも第二王子にも報告したが、それぞれ
「そんなことはどうでもいい、早く捕獲してこい」
「おや、それは詰まらない。本当に聖女様なんだね」
だったので絶対に王族には渡さぬようにしようと誓った。
だから第二王子から命じられた4人の護衛を付ける話と隷属の魔法の話を同時に聞かせた。
うまく警戒を抱いていただけたようで、牢から消えていたのを確認した時には心底安心した。
もちろんあれは逃す準備をしていたのだが、ご自身で逃げられたならそれでよかった。
その後の研究がうっかり成功してしまったり、それがどこからか王族に漏れた時は本気で研究結果とともに命を断とうとも思ったが。
結局それは叶わなかった。
浅ましくも直接謝りたいと望んでしまった。
そして叶うことなら私自身がお役に立ちたかった。
そう、欲深くも願ってしまったのだ。
それが叶わぬことが心底無念でならない。
彼女を王位争いの材料にした父と陛下を、私は許さない。
せめてこれ以上彼女に迷惑を掛けぬよう、目を光らせることしかできないだろう。
レオンハークには、
「あの人多分お前のこと敵だと思ってるぞ」
と言われたしあの顔はその通りなんだろう。
味方だとわかったあとでもこちらに笑顔を見せてくださることはなかった。
というかそれはアルフレッド殿下のせいだ。
聖女様の姿を見た瞬間、「あれは…想像と違うね。とてもいい、欲しい」と呟くとその手腕を最大限に発揮し、彼女が嫌がる囲い方をしたのだから。
折角一度は謝ることができたのに、あれはきっと私とレオンハークも加担したと思われただろう。
いつか本当に許してもらえる日は来るだろうか。
隣に立つことが叶わなかった私のかわりに、あの獣人に託すしかない私は、せめて祈るしかないのだ。
どうか聖女様の行く先が幸多く穏やかなものであるように、と。
私怨も込めて、第一王子の所業を余すことなく報告した上に罰も提案しておいた。
きっとこれまでの私の労に報いてくださる気があるならば採用されるだろう。
食事はパンと水、そして洗浄の魔法で丸洗い。
同じ一月、体感して反省するといい。
その絶望と苦しみを味わったまま、幽閉塔で一生を過ごすと良い、とそう思う。
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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