幕間2.ルーリアの街の人々2
ルーリアの街の奴隷斡旋屋視点です
「お久しぶりです、あの…」
ある日突然、おずおずと入店されたのは、聖女様だった。
あの日奴隷たちをすべて癒して街を逃げるように出立された。
見間違えるはずのない艶やかな黒髪に、小さなお体。
鞄と少しの物資をお渡しすることしかできず、随分悔やんだものだ。
聖女様がもたらしてくださった"癒し"は、最上級ポーション以上に効果があり、数人看取ることすら覚悟していたのにそれすら治してしまわれた。
「お久しぶりです、聖女様。私ジュリウス・シュミットと申します。あの時は名乗りもせず失礼いたしました」
深く頭を下げれば、慌てて首を振られる。
「あの時いただいたこの鞄、とっても役に立っているんです。高価なものだったのではないですか?」
従者か護衛の獣人の男が持つ鞄は、確かにあの日差し上げたものだった。
お役に立てたのか、と実感できこちらのほうが嬉しくなる。
「いえ、その鞄程度…貴女が治してくださった従業員の命に比べれば軽いものです」
確かに大容量の鞄は高価ではあるが、何人もの命と比べれば微々たるものだ。
「でも、うれしかったんです。だから、これをお礼に差し上げたくて今日は来ました」
差し出されたのは大きな宝石の付いたネックレスだった。
なんだろうかと首を傾げつつも受け取る。
「"癒し"の力を込めました。」
しっかり受け取るのを確認してから言うとは聖女様もお人が悪い。
「い、いただけません!」
この反応を予測していらっしゃったのか、「ではお願いがあります」と苦笑しつつ返される。
「この箱に入っているのは、首輪を外す程度の"転移"を込めた宝石です」
青いほうが"転移"、そちらの赤い石のものは"癒し"です、と説明をくださるが、それはつまり。
「その役目を私にお与えくださるのですか!?」
聖女様が不法奴隷に心を痛めているのはよくわかっていましたが、まさかそのお手伝いをさせていただけるとは!
はっきり仰らなくともわかります。
この宝石を使って"奴隷廃棄場"を無くせと、そう仰せなんですね!
我がシュミット家史上最高の誉れに思わず立ち上がってしまい、聖女様を驚かせてしまった。
「ヴェイン、思っているのと違います」
「そうでしょうね、認識の齟齬ですよ」
謙虚でいらっしゃる聖女様らしく、このようなお願いは申し訳ないと思われていたそうだ。
滅相もない。彼女はこの誉れがいかに価値あるものかわかっていらっしゃらないらしい。
末代まで語り継がれることになるが…聖女様には黙っておこう。
きっと今以上に委縮されてしまうだろう。
「ええと、引き受けてくださるようでうれしいです。で、そのためにこれを使ってください」
気を取り直したようにもう一つの箱を渡される。
そこには初めにいただいたネックレスと同じものがずらり。
「ま、まさか…!」
「必要、だと思ったので…使ってください。」
過剰なほどのお心遣いに思わず涙が溢れてしまったのは仕方がないことだった。
聖女様の御心に添えるのであれば、ポーション程度こちらで手配することは当然と思っていたのに。
聖女様の微笑みがひきつってみえるのはきっと視界が歪んでいるからだろう。
「ヴェインあなたこうなるの解っていましたね?」
「さあ、なんのことです」
楽し気に見えるやりとりに、私はほっとした。
あの時お会いした聖女様はどこか張り詰めていらっしゃって、心配で仕方がなかったのだ。
あの日からご無事を祈らなかった日はなかったが、聖女様が心を許される方ができたようで、心から安堵した。
「シュミット様…あれ、聖女様?」
聖女様と話していた応接間の扉を静かに開けて入ってきたのは
「ベン…?」
聖女様が"奴隷廃棄場"を解放した後に雇った少年だ。
よく気づきよく働くので助かっている。
「この方が何人か雇ってくれたんですよ。けど俺たちのことより、聖女様はちゃんと食べてますか?」
こちらを見て嬉しそうに微笑む聖女様に頬が熱くなった。
どうやらその顔で分かってしまうほどに、聖女様は私に感謝してくださっているらしい。
大したことをしたつもりはなかったが、その笑顔を見られただけで自分のやったことが誇らしく思える。
「食べていますよ。メリーは元気ですか?」
「ああ、元気だよ。」
「よかった。お二人にもこれをお渡ししておきますね」
「うわ、すげえ宝石!こんなのもらえねーよ!」
思わず素の言葉遣いが出てしまっているのを咎めることはできなかった。
驚くのも無理はない。私も驚いて声が出ないのだから。
聖女様はもしかして少々世間知らずが過ぎるのでは…!?
と思わずヴェインと呼ばれていた獣人を見れば、ひょいっと肩を竦められた。
どうやらその通りらしい。
お傍にいるなら止めろ。止めてくれ。
こんな家宝どころか国宝級の宝石をばら撒いてはいけない…!
「盗まれちまうって!」
慌てて首にかけられたネックレスを外そうとするベンの手をそっと掴む。
「それは大丈夫ですよ。ヴェインがなんとかしてくれたらしいので」
「ええ、主様がお渡しの際に契約の魔法が発動するようにしてあります」
さらっと言っているが規格外の能力だ。
いったいどんな魔法を使えばそんなことができるんだ?
というか魔法を使ったのか?それすら感知できなかった。
おそらく聖女様はよくお分かりでないのだろう。
「だから大丈夫ですよ」
と軽く笑っていらっしゃる。
しかしこのような男が聖女様の傍にいるならば、きっと安心だろう。
あの時のようにずっと警戒されているよりも今の笑顔のほうがずっといい。
願わくば、この笑顔をずっと守って欲しい。
直接言えるわけがないから、そっとヴェイン殿を見て目礼をしておいた。
軽く頷いてくれたので、きっと伝わっただろう。
私はできる限り聖女様の御心をお護りできるよう、励むことにしよう。
この街の"奴隷廃棄場"は我がシュミット家の総力をもって必ずどうにかします。
そっと心に誓い、次の場所があるから、と手をふる聖女様を見送ったのだった。
「聖女様がお元気でよかったです」
ベンがほっと胸をなでおろしているようで、出会った時の話を詳しく聞いてみたくなった。
「そうだな、お前も世話になったのであれば聖女様に託されたことを手伝ってくれないか?」
「もちろんです!」
「それにしてもあの男何者だ…」
「聖女様とお似合いでしたね!」
いやそういうことではなく、と言いかけたが今はそれでいいだろう。
ベンには少し、聖女様の話を聞かせてもらおう。
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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