35.出国
ガレスの街を出て一月ほど。
ついにフロレンティア王国の"澱み"は大方取り除けた。
王都の周辺は滞在していなかったのでおそらく残ってしまっているけれど、そこは第一王子のせいにして放っておきましょう。
気が向いたらやります。
本当長かったですし色々ありましたね。
今後はもう少し穏やかな旅であることを希望します。
今日は隣国である"ユミディーテ王国"へ入る予定です。
で、その国境にいるわけなのですが。
ずらりと並ぶ彼らはいったい何のつもりでしょうね。
初対面ですが煌びやかな衣装の年若い少年は、もしかしてもしかしなくても第二王子とやらでは?
隣に立っているのハク…レオンハークさんですし。
男性の恰好をされていますが男装の麗人にしか見えませんね、お綺麗です。
隣にはランプレヒトさんもいますね。
見送ってくれると思ってよいのでしょうか?
「聖女様、しばしお時間をいただけませんか?」
美しい礼と共にレオンハークさんが跪く。
「…仕方がないですね、少しだけですよ」
はあ、とため息を吐いて従ったのは、彼らが邪魔だったからです。
見事に国境ふさぎやがりまして。
あ、いえヴェインに頼めば狼の姿になってかれらの頭上を越えることは可能ですし、見えているので転移も可能ですが聖女らしくないので却下です。
仰々しくもここに集結しているのはどうやら国の偉い方や兵士たちのようで、下手な姿をお見せできません。
あと近隣の住民たちまで見送りに来てしまっているのです。
レオンハークさんかランプレヒトさんの手でしょう。
わたしが従うしかないのを理解し、いたずらっぽく笑うレオンハークさんは人目さえなければボディブローをきめたいところです。
いつバレたのかイメージを大事にしているのを見抜いているんでしょうね、この人。
本当に侮れません。
そういうところちょっと嫌いです。
促されるままに用意された椅子に掛けます。
お茶なんかも用意されていますね。
その後ろにヴェインが隙なく立っているせいで威圧感がすごいです。
ヴェインは人型でも大きいのですよね、この世界の方基準でも。
「改めまして今までのご無礼をお詫び申し上げます」
ランプレヒトさんがこの世界の一番深い形式の礼で謝罪してくるので、手が出せなくなりました。
「謝られたら蹴れないじゃないですか」
少しむくれて言えば、一瞬だけ悲しそうな笑顔を返された。
ええ、何ですかその顔。
見えないようにちょっと蹴るか踏むかしてやろうと思ってたのに。
そのまま説明をいただけるようです。
「我がフロレンティア王国はよほどの問題がない限り長子が王位を継ぐ決まりです。ですが、第一王子はあれでしょう?どうにかこちらの第二王子であらせられるアルフレッド殿下に継いでいただきたかったのです。」
「第二王子のアルフレッドです、聖女様。お初にお目にかかります」
丁寧に跪くまだ少年といえる彼は、第一王子よりもたしかにずっとまともに見えた。
第一印象ですがこちらのアルフレッドさんのほうが良いでしょうね。
まだ15歳くらいでしょうけど。
王陛下がおいくつかわからないですが継ぐのはまだ先でしょうね、さすがに。
「聖女様の御力が必要だったのは確かですが、本来召喚の儀式は王でなければできません。」
どうやら先日帰国したばかりの陛下が本来なら儀式をする予定だったところ、勝手に召喚した上に好き放題やったのが第一王子だそうで。
もう第一王子がバカだったということでいいでしょうか。
あ、もしかしてそれが原因でわたしの魔力の調子が悪いですか?
急いだとか手順が完璧ではなかったとか。
もちろん想像でしかありませんけれど。
「本日はその片付けに追われる両陛下の代わりに私がお詫びに参りました」
アルフレッドさんは恭しく跪いたまま、そっとわたしの手を取ろうとしたところでヴェインが間に入ってきた。
「触れるな」
とそれだけ告げたのに少し驚いた表情はしたものの、お咎めはないらしい。
せっかくなのでちょっと懲らしめてくださってもいいのに。
残念そうな顔を見られたようで、目だけで「無理です」と言われたようだった。
何故。
ちょっとこの王子に話を聞いてみたくなりましたけど無理でしょうね。
折角何か知っていそうなのに!
「兄が随分と聖女様にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。今後何かあれば我がフロレンティア王国が貴女様の後ろ盾になります。なんなりとお申し付けください」
上目遣いできらきらとした目にやられそうになりましたがぐっと堪えます。
少年らしい愛らしさを持った美形なんですよ、彼も!
なんですか、王族ってやっぱり美形に生まれてくる宿命でもあるんですか?!
金の髪に紫の宝石のような瞳って完璧に王子様のカラーリングじゃないですか。
「いえ、後ろ盾は結構です」
丁重にお断り申し上げようと思います。
今後この王家には関わらないほうがいいと思いますし。
と思っていたのに。
「そんな!聖女様の旅が終わりましたら是非改めて歓待させていただきたいのです!どうか我々の国をお嫌いにならないでください!」
この王子も多分見た目通りの純真さはないですね。
思わず白目を剥きそうになりました。
誰がいつこの国が嫌いだといいましたか!!
王家の後ろ盾を受けないことを国の好き嫌い云々にすり替えないでいただきたい。
このための民衆ですか畜生です。
不安そうにざわつくのを止めてください。
「この国のことを嫌いになるわけがないじゃないですか。みなさんにはとてもよくして頂いたのですよ」
と、こう言うしかなかったのです。
満面の笑みで、「ではこの国をぜひ故郷だと思ってくださいね、今までの分も併せて準備しておきますから!」
なんて言われたので「ありがとうございます」と微笑むほかありませんでした。
この策士共めと心の中で盛大に罵らせてください。
「聖女様、もっとあなたとお話ししたいのは本当ですよ」
『とてもかわいい聖女様、兄上には勿体ない』
本音が知りたかったのですがまたこのパターンですか!
やはり王子ともなると本心の様なものは奥底に仕舞うものなんでしょうね!
どいつもこいつもちょっと背が低いからってすぐにかわいいって!!なんなんです!!
20代後半だって言ってるじゃないですか。いえ言ったことないですけれど。
ええ、自爆です、顔が赤いのは放っておいてくださいお願いです。
ヴェインも威嚇しないで。
ともあれこれで悪いのはぜーーーんぶ第一王子で、国としては聖女を支援したかったんだよ、という体はとれたでしょう。
きっとほかの国にもそれは示したかったはずですから。
「ちゃんとわたし解っていますよ、ほかの国で話したりしませんしご安心を」
と囁き笑いかければ、初めてランプレヒトさんとレオンハークさんは今度こそ申し訳なさそうな顔をしたのでした。
その顔が見られただけで満足ということにしておきましょうか。
「ヴェイン、行きましょう」
「はい、主様」
もう話は終わりとばかりに、ヴェインの背に跨ります。
「せめてこれを」
と慌てて駆け寄ったランプレヒトさんに押し付けられた小さなポーチには隣国の通貨が入っているそうです。
これくらい受け取ってあげますか。
仕事の正当な報酬だと思いましょう。
「ではまた」
集まってくださった民衆にはきちんと手を振り、ヴェインとわたしはフロレンティア王国を後にしたのでした。
色々文句は言いたいですけれど、禍根がなくなったのでよしとしましょう。
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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