33.買い物
翌日、わたしは街の方に随分歓迎されていました。
これはこれで居心地が悪いのでぜひ間をとっていただきたい…!
宿はリュカさんが手配してくださいましたし、お金もなんだか沢山もらいました。
いつもならこういうのは受け取りませんが今回はいいでしょう。
迷惑もたくさん被りましたから。
街に出て買い物です。
「質の良い金属や宝石のほうが沢山力を籠められますよ」
とヴェインに教えてもらったので高い宝飾品を買いあさります。
見た目はもはや何でもいいです。
質が大事、デザインは二の次!
ガレス家に貰ったお金は全部使っちゃうのです。
借りが残っているみたいで気分が悪いですから。
「あの、主様」
「なんですか?」
なんだかおずおずと発言するヴェインに首を傾げる。
「これは全部力を籠めるために買いましたよね?」
「そうですね」
「今まで一度も主様がご自分のお買い物をされている場面を見ていないのですが」
「そうでしょうね、ないですから」
食べ物や服はもちろんのこと、下着まで買い与えてくれていたのは他でもないヴェインです。
何をいまさら?
逃げていた身でしたしこうして買い物すること自体初めてなんですけれど。
なんだかショックを受けた顔をしているのが面白いです。その顔初めて見ました。
「ヴェイン?どうしました?」
「好きな物があれば仰ってください、何でも買います」
なんだかやけにキリっとした顔で、わたしの手を引いて露店の方へいくのはいいのだけれど。
「待ってください、必要ありませんよ。」
「アクセサリには興味がないですか?では服なら?お菓子なら?」
焦ったように矢継ぎ早に聞かれるが、どうしてしまったのだろうか。
「あの、ヴェイン、本当に必要ありませんから。」
今は旅をしているのに余計なものを買う必要ありますか?
何にショックを受けているのかよくわからないですが、人通りの多い道を逸れて少しヴェインを落ち着かせましょう。
「強いて言うならヴェインが一向に説明してくれない主従の契約についての本が欲しいです」
「ああ、そうでしたね。それは探す予定でした。」
思い出してくれてうれしいです。
「ですがそうではなく…!!」
「なんですか?よくわからないのではっきり言ってくれませんか?」
いまいち理解できないのですけれど、ヴェインを視るとろくな目にあいませんしここは頑張って説明していただきたいところ。
「主様は欲しい物がないのですか?」
質問に質問で返されていますが大事なことなようなのですっぱり答えましょう。
「とくにはないですね」
まずわたしの背では子供用のワンピースしか着られない。
この世界の人の背は高く、大人用の服を着ると裾を引きずる。
だから服に対しては各街の精霊の色を着る、程度のこだわりしかない。
他の国に行けばまた違うのかもしれませんけれど、今は。
次にお菓子、だけれどわたしはもともとそこまで甘い物が好きなわけではない。
貰えれば喜ぶけれど自分からどうしても欲しいと強請るほどではない。
宝飾品なんて着飾る必要のない今は不要。
とするとあとは本くらいのものだけど、本なら山ほどある。
ヴェインが暇つぶしにどうぞとよく買ってきてくれるから。
ということで特には、と説明したらやっぱり複雑そうな顔をする。
なんですか、言いたいことがあるならはっきり言ってくださいよ。
そもそも最後に街をゆっくり歩いたのはヴェインと行動を共にする前で、その頃はお金を持っていない上に稼ぐ術すらなかったんですから。
「な、なにか好きな物はありませんか?」
どうしてそんなに焦っているのか、いつもと違って随分真剣な顔をしている。
「そうですね、以前は本を読むのが好きでしたけど…もともとわたしあまり趣味がないのですよ。この世界は少し娯楽がすくないですね」
好きだった音楽も小説も、何もないのだから欲しい物が思い浮かばないのは仕方がないことだと思うのですよね。
「も、もしかして主様の世界が文献と違う…!?」
思いつめた顔でぶつぶつと何かを呟いていますね。
うーん、これは長くなりそうです。
仕方がないので目についた本屋にヴェインを押し込み、わたしは店員さんに欲しい本を尋ねることにします。
「すみません、獣人の生態についてとか、主従の契約についてとか詳しくわかる本はありませんか?」
「せせせせ聖女様いらっしゃいませ!!それでしたら表には出ていませんので少々お待ちをッ!!」
見慣れてしまいましたがこういう方多いんですよね。
急に背筋を伸ばしてブートなキャンプっぽくなる方。
申し訳なくなりますし普通にしていただきたいんですけれども。
わたしただの歩く空気清浄機ですよ?
未だに何かを考え込むヴェインが少し心配ですが、無事目的の本を一冊もってきてもらいました。
「申し訳ありませんがあまり詳しいことは載っていません」
とのことですが、初級の本でもいいでしょう、ひとまずは。
「ヴェイン、お金を払ってください」
鞄預けてるんですから。
「あ、は、はい。」
***
ヴェインが考え込んで使い物にならないので宿に戻ってきました。
わたしはさっきの本を読むことにしましょう。
――獣人について
獣人は種により特色が異なる。
例えば猫と犬の性質は全く異なり、それぞれに沿った対応が望ましい。
一部の古き血筋に遺る"主従の契約"については後述を参照すべし――
そもそも"主従の契約"っていうのが獣人のものなんですね、なるほど。
しかも一部の、と。つくづくヴェインは規格外なんですねえ。
――主従の契約
一部の古き血筋、狼の中でも銀の毛をもつ種にのみ可能な契約。
言葉と血によって互いを縛り、二度と離れることはできない。
しかし契約には必ず双方の同意が必要となる。
その相手は世界でただひとり、匂いによって判断されるとされている。
銀狼は主に定めた人物を決して裏切らず、一生添い遂げる。
さながら伴侶のように――
「…伴侶。伴侶ってかいてありますけどここ」
どういうことですヴェイン。
聞いていませんし同意もありませんでしたよね?
同意はなかったからもしかして"主従の契約"は成立していない…?
――喜び
主従の契約を結ぶと、銀狼は主の喜びを糧にする。
主の喜びが少ないと、力を発揮できず弱体化することもある。
また、主との距離(注:心身ともに)が開きすぎると死に至ることもあるため注意が必要――
「繊細!!繊細すぎます…なんですかうさぎさんより繊細なんじゃないですか?」
狼という強い見た目に反しての繊細な性質に思わず声が出ました。仕方ないですよね。
あ、うさぎさんの項目もありますね。
――兎の獣人について
非常に稀有な能力を持つ。
薬の調合をさせれば必ず期待以上の性能になる。
ただし発情期が多いためその薬をまず作らせる環境がなければ従業員には向かない――
「獣人は立場が弱いと言っていましたがこの本ではそんなことないですね。立場が弱くなったのは最近でしょうか」
いつかかれた本、とかの奥付がないのでわかりませんね。
"従業員"と書かれているのでかつてはうまく共存していたのでしょうか。
ひとまずうさぎさんより繊細な銀狼さんですけれど、もしかしてわたしのことを喜ばせたくて悩んでます?あれ。
どうも死活問題のようなのですけど。
「ヴェイン、あなたわたしが喜ばないと死ぬんですか?」
「死にません、弱体化はしますけど」
ばっと顔をあげてわたしの手元を見て頷いた。
「あと伴侶とかなんとか書いてありましたけど?」
「ああ、ばれてしまいましたね」
全く悪びれずに言うのでたちが悪いこのヴェイン!
「わたしとあなたは伴侶なんですか?」
「いえ、違いますよ。ようなものです。ただ離れては差し上げられないので…」
「あ、わかりました、なるほど。銀狼がぴったり傍にいる時点で恋人なんてできるわけないですね」
「そうでしょうね、結婚相手より深い繋がりを持ちますし」
伴侶ではないけれど、四六時中一緒にいるんです、他に恋人なんてできるわけない、と。
「聞いてませんよ…あともう一つ"同意"もありませんでしたよね?もしかして契約はされていないのでは?」
珍しく少し視線を泳がせるヴェイン。
え、本当に?
「あ、いえ。半分正解です。」
半分?と首を傾げると、どうやら完璧な契約には手順が足りていないらしい。
「主様が俺の血を舐めて"生涯の従者とする"と宣言すれば双方の契約になります」
「じゃあ今は…?」
「俺が一方的に主様と定めた状態です。実は主様に俺の居場所がわからなかったりきちんと命令ができないのはそれが原因です」
どおりで嘘つき放題だなと思っていましたよ!
「そうですか。全然聞いていませんけど」
むすっと呟けば、なぜか嬉しそうに微笑まれる。
「言いませんでしたから」
「騙しましたね?」
かといって完全な"主従の契約"をする気はまだありません。
そうしてしまうと最後、ヴェインから一生離れられなくなりそうですから。
…手遅れとかそんなことはないはずです、まだ間に合うはずです、多分。
「ええ、すみません。ですから、本当に御嫌でしたら死ねと命じてください、主様」
にっこりとほほ笑むヴェインを思わず睨む。
無理に決まっているでしょう。いえ、それがわかっての台詞だとは思いますけど!
飼い主として責任を持たなくてはいけないみたいですね、騙されたとはいえ!
それにもう手放せないのはこちらも同じなのですから。
まあいいませんけど。絶対。
解除の方法は…まあないでしょうけど。
それが見つかるまでは一緒にいてあげますよ。
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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