32.レオンハーク
リュカさんが食糧を届けてくださったりしたので快適に過ごして3日。
きちんと力が戻ったことはお伝えしたので、今はわたしが街へ入れるように働きかけてくれているようです。
「ガレスさん、ここの浄化が終わったので一旦キーエンの街に戻ります。」
「そうか、いつでもここへ来てくれ。お前の憂いは俺様の子供たちが払っている。しばし待て」
「はい、ありがとうございます!」
リュカさんにハクから話を聞いてくると告げ、わたしはヴェインと共にキーエンに戻ってきました。
「お、どうだった?」
口角を上げて笑いかけるこの美人こそハクことレオンハークさん。
目の前に転移して驚かせてやろうと思ったのに全く動じずにこの顔です。
むっとして思わず掴み掛る勢いで詰め寄ります。
「なにが!絶対使える、ですか!!」
「でも使えただろ?」
けらけらと楽しそうに笑う姿は到底貴族には見えないです。
擬態すごいです。凄まじく美人です。むかつきます。
反省はしてくれなさそうなので諦めて溜息。
「リュカさんが心配していらっしゃいましたよ。戻ってきて欲しいとも。」
「ああ、解っている…が、今は無理だ」
一瞬だけ見せたその真面目なお顔は間違いなく責任ある人の顔。
本当にこの方ガレス家の長男なんですね。
「リュカさんとお話だけでもしませんか?わたしなら一瞬で行き来できますし」
何も知らずに公爵の代理をしているリュカさんが可哀想です。
「聖女様を移動手段のように使うわけには参りません」
貴族の顔で拒絶されて思わず一瞬つまってしまったけれど。
「ハク、あなたのおかげでガレス家がわたしに協力してくれました。そのお礼ですよ、受け取りやがれです」
問答無用で胸倉を掴み、転移。
一瞬でしたし見られていませんよね?
「チッ話を聞かねえ聖女サマめ」
なんて悪態をつかれたけれど無視です。
美しいけれど明らかに男娼の服のままリュカさんの前に立つことが嫌でしょうそうでしょう。
ちょっとした嫌がらせです。
「あ、兄上…?」
「あー…久しぶりだ、リュカ。」
「そ、その姿は一体…」
呆然とするリュカさんも見られてわたしの気持ちも晴れやかです。
そうでしょうそうでしょう、お綺麗ですよね。
お化粧もされていますし、豪奢ではありますがすけすけの衣装きてらっしゃいますもんね!
この兄弟よくもわたしを騙しやがりましたね。
これくらいの仕返しは許してほしいです。
「私は今この格好で諜報活動中だ」
その恰好で貴族らしく振舞ってもさまになっているのが誤算でしたけど。
やっぱり美形ってずるいですねえ。
「…もしや、第二王子の?」
「ああ、詳しくは言えないが…それまで家をお前に任せる」
「わかりました、兄上」
びしっと敬礼するリュカさんもやっぱり軍人さんっぽいなあとぼんやり考えたあと、思ったよりも互いのダメージが少なそうなことにほんの少しだけ引っ掛かりを覚えたのでした。
もう少し狼狽えてくださいよ。
とここまで考え、わたしは違和感はあったものの掴み切れていなかった勘違いにようやく気付いたのでした。
「…ランプレヒトさんは味方ですか」
思わず苦々しい口調になるのは許してほしいです。
わたしのことを害したいわけではなさそうでしたが、それでも第一王子の側だと思っていたのですよ。
結構なこともされていましたし。
いつか蹴ってやろうと思っていたのに。
今リュカさんは「第二王子の」と言いました。第二王子の存在なんて知りませんでしたよ。
「お、気づいたか。勘のいい聖女サマだな」
にや、と口角を上げる顔はもうハクだ。
公爵家のレオンハークさんの顔ではない。
リュカさんはまだ首を傾げているので、確かにレオンハークさんのほうが公爵に向いているのかもしれない。
貴族って魑魅魍魎が蔓延る魔窟なんですよね?偏見ですけど。
「ハクはもう帰っててください」
お仕事ならばおそらく詳しくはわたしにも話してくれないでしょう。
公爵家の証とやらと一緒にさっさとお帰りください。
今思えばハクの首輪は偽物だったのでしょうね。
確認なんかするわけないじゃないですか。やれやれです。
知らない国の知らない継承争いにいつの間にか巻き込まれていたようで、本当に腹が立ちます。
ランプレヒトさんがわたしの力を一時的に使えなくしたのもガレス家を表立って引き込む理由付けをするためだったんでしょう。
赤騎士の隊長であるベネディクトさんがいる限りガレス家は表立って第一王子に歯向かえなかったでしょうし。
つまり、ランプレヒトさんは第二王子派だったわけです、最初から。
気づいたわたしに嬉しそうに笑うと、転移させようと手を伸ばしたわたしの手をぎゅっと握る。
「イイ子の聖女サマにはもう一つ、これをやろう」
おそるおそる手を開くと、そこにあったのは宝石のついた指環でした。
「…ヴェイン、これはなんですか」
残った指環をまじまじと見つめる。
正直疑いの目で見ますよ、ハクからもらう物を警戒してしまうのは仕方ないですよね。
「"結界"の御力がこもった指環ですね。前聖女様のものかと」
前の聖女様の命でも入っているのかと怖くなったわたしでしたが、そういうことではなく。
単純に数回使える魔道具らしく、わたしでも作れるそうだ。
アクセサリに魔法を込める魔道具は普通に流通しているそうで、聖女の力でも同じように作れるらしい。
それは便利ですね。
そういえばルーリアの街で売られていたやたら高い値段のついていたあれらでしょうか。
「でも稀少ですよね、これ」
だって前の聖女って何年前です?
「そうでしょうね。前聖女様が亡くなったのは数百年前でしたし。家宝の類かと思いますが」
そういう価値のあるものをほいほい渡すのをやめてほしいです、ハクめ。
「…かわりにわたしのが力を込めたものをかえしましょう、そうしましょう」
「それがよろしいかと」
今までお世話になった方の分も作りたいし、ガレスの街では適当にアクセサリを見繕うことにしましょう。
「で、リュカさん。わたしガレスの街には入れますか?」
「明日までには何とかできるかと。」
頼もしいお返事だったので、このままリュカさんに顛末でもお話いただきましょう。
***
わたしがガレスさんの住居に籠っていた3日間。
ガレス家の方々はベネディクトさんを中心に赤騎士団を内部から説得。
…といっても「第一王子は我らの敬愛すべき聖女様を害そうとされている」
「我々を騙しているのだ!」
みたいな簡単な言葉でよかったそうだけれど。
第一王子の人望がなかったのか、さすがに聖女を追いかけまわすのに疑問を感じていたのか。
ガレス家の方に人望があったのかもしれませんね。
どれが正解かはわかりませんが、ともかく赤騎士団は第一王子に反旗を翻し、一時的にガレス家の預かりとなったそうです。
第一王子は「聖女を護るのはこの第一王子率いる赤騎士団しかありえぬ。傍に居る獣人に騙された憐れな聖女を救うのだ!」
みたいにして最初はまとめ上げていたらしい。
けれど、わたしがヴェインを頼っているのも、ヴェインが赤騎士を退けていたのも目の前で見たわけだから、説得は簡単だっただろう。
もしかするとこれを見せるために道を誘導されていたのかもしれない。
ランプレヒトさんならできそうですし、そのほうがスムーズですから。
いくらヴェインが規格外だとしても、転移さえ使えないならわたしたちはガレスさんの住処を目指すしかなかったのだから誘導は簡単だったでしょう。
心底本当の敵でなくてほっとしました。
もし本当の敵だったなら、と考えると確かにはじめから詰めは甘かったです。
ロゼの街でも、キーエンの街でも。
彼が本気を出せばわたしなんて簡単に捕えられたでしょう。
「ヴェインは気付いていたんですね?」
「はい」
通りでランプレヒトさんにはあんまり敵意出さなかったわけですよ!
余裕を醸してるんだなと勝手に解釈してましたけど安全だったんですね、教えて下さいよ!
「はあぁぁぁ…そうですか、むう…こうも掌の上感を出されるとむかつきますねえ」
むす、と頬を膨らませればヴェインがふふ、とほほ笑む。
わたし貴方にも怒ってるんですからね!
「あれ、でもキーエンの街でウルさんには怒ってましたよね?あれも危険はなかったですよね」
わたしですらわかったくらいウルさんにやる気はなかったですよ?
「主様に触れようとしたので」
うわ沸点低い。
「そ、それだけ…?」
「"それだけ"ではありません。俺の認める人間以外には触れさせるわけにはいきません」
「そ、それは今のところ誰ですか?」
「いません」
秒殺ですよ怖い。
もしかしてさっきのハクは転移していなければ危なかったですか?
「もちろん次はありません」
だそうです。
リュカさんがわたしのことを少し憐れみを持って見ている気がします。
獣人に騙されたという部分は嘘ではないのかもしれないな…とか呟いているの聞こえてますよ!!
じとっと見れば、こほんと嘘くさい咳のあとまとめの一言です。
「第一王子は王都へ送り返しました。しばらくは謹慎になるでしょうし、これで廃嫡にもなるでしょう」
巻き込んで申し訳ありません、とリュカさんに謝られたのは複雑でしたが、
「あなただけのせいではありませんし」
と許しておきます。
わたしが本当に辛かったのは初めの一か月だけでしたから。
それもランプレヒトさんは不本意のようでしたし。
わたしが恨むのは第一王子だけで良いのでしょう。
なんだかんだで旅は楽しかったと自信をもって言えます。
「ランプレヒトさんには詳しく話を聞きたいところですけれど」
「申し訳ありませんがそうしてください」
眉を下げるリュカさんは計画の全てを知るわけではないのだから謝らなくていいのです。
リュカさんも策士だと思いましたけど、その上を行くランプレヒトさんとハクがおかしいのですよね、多分。
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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