30.ガレスの森
ヴェインが逃げてきたここはもうガレスの森に当たるらしい。
いつの間にかぐるっとガレスの街を迂回してここまで来てくれたことには感謝しかない。
目を瞑っていたので気が付きませんでした。
しかし道中何度も黄色いのと赤いのに邪魔されています。
そのたびにわたしの魔法で足止めしてヴェインが走ってくれているのですが。
とはいえ下っ端のかれらはあまりやる気がないらしく。
例えばさっき出会った黄魔導騎士団であれば、
「あ、聖女様こんにちは。」
「うわあ小さいですねえかわいいですねえ」
なんていってほわほわした雰囲気を出してくるだけ。
「あ、じゃあ一応命令があるんで、ちょっとすみませんね」
なんていって形ばかりの魔法を使ってくるけれど、当てる気がないのはわたしでもわかるほど外す。
黄魔導騎士団はこんなかんじでちょっと緊張感が少な目。
今対峙している赤騎士団も
「お、聖女様だぞ!」
「よーしお守りするに相応しいのは我らだとお見せするぞ!!」
と気合を入れて剣を振ってくるけれど、全部ヴェインに返り討ちにされている。
適当に相手をすると、
「俺らじゃ勝てないっすね、さすが聖女様が見初めたお方!」
みたいにヴェインを褒めて去ってゆく。
彼らに関しては第一王子が洗脳してるかもとか少し警戒していただけに拍子抜けしました。
やる気を出されても困りますが、これはこれで腹が立ちますね。
わたしたちが一生懸命逃げているのが馬鹿みたいです。
「それにしても邪魔なんですよねえ」
「そうですね、鬱陶しさは覚えます」
精神的には随分やられます。
何せ数が多いんですよ。
隠れつつなので少しずつしか進めず、あと少しという距離に焦れてしまいます。
焦っても仕方がないのですが、警戒も迎撃もヴェイン任せなので申し訳ないです。
しかし肝心のランプレヒトと第一王子に会っていないのは僥倖です。
暴言がぽろっと出そうなんですよね。
わたしは聖女ですからね、だめですよ気を付けないと。
「主様、おそらくガレス様の住居の周辺にはガレス家の者がいるでしょう。かれらは近寄ることが許されていますから」
「そうでしょうね…うーん、大声で呼べばガレスさんも気づいてくれるでしょうか…」
「出来る限り時間を稼ぎますので、主様だけでもガレス様とお会いしてください」
はあ、と二人で気の重い溜息を吐き、覚悟を決めます。
「ごめんなさい、ヴェイン。迷惑をかけていますね」
「主様に頼られているのはとても嬉しいですよ」
にっこりと嬉しそうに微笑むヴェインにうっかり目を奪われる。
これだから美形は!
顔がにやけそうになるのでぐっと奥歯を噛みしめ、先へ進む。
ようやく辿り着いたこのあたりは普通立ち入りを禁じられている聖域にあたる場所。
最上級精霊の住居の周辺からは招かれない限り侵入できないので、ガレス家以外の人にはもう会わない。
ほっと息を吐くと、ヴェインがわたしを隠すように立つ。
ずらりと揃いも揃って眩しい赤い髪。待ち伏せもせずに堂々と待っていたらしい。
「よくいらっしゃいましたね」
荘厳な城のような建物がおそらくガレスさんの住処。
その入り口をふさぐように立つのは当然ガレス家の方々。
1人を除いて初対面だ。
ええと、名前は忘れたけれど赤騎士団の隊長さん、次男だったはずです。
彼には小さく目礼し、その隣の人を向く。
一番偉い人のようだったので。
「初めまして。わたしガレスさんに会いにきたんですけど」
こんなご挨拶をシュルツの街のマリアさんに見られたら冷たく睨まれそうですね。
ですが邪魔されているのはこちらですしマナー云々は無視しますよ。
「ええ、心待ちにしていらっしゃいますよ。私は公爵代理でベネディクトの兄です。リュカ・ガレスと申します」
代理と言えど正真正銘の公爵様でした。
ベネディクトさん(でしたか、すっかり忘れていましたが!)と違ってかなり嫋やかな方に見えますね。
「信じていただけるかはわかりませんが、我々は第一王子殿下の命でとりあえずここには来ましたが、貴女様の邪魔をするつもりはありません」
今千里眼は使えませんが…
嘘を言っている顔にはみえません、たぶんきっと、多分!
「…今は信じます。ああ、そうです、ヴェインあれ…」
折角ですしハクに貰ったやつ、彼らに尋ねましょう。
すぐさま取り出してくれたガレス家の紋章だという狼の模様が彫られたプレートのようなもの。
これはドックタグのようなものでしょうか、何かすらわからないんですけど。
「これをとある方に頂いたんですが、何かわかりますか?」
お見せした瞬間、「レオンハーク兄様!?」と叫んだのはベネディクトさんでした。
大きな声だったのでびく、としてしまったのをリュカさんが見て、ベネディクトさんを目で制します。
あ、強くてごつそうなベネディクトさんよりリュカさんのほうが力関係は上ですか。
まあお兄様ですものね。
「それをどちらで?」
「ええと…お話してもよいかは聞いていませんのでなんとも」
言うなとは言われていませんが、一応黙っていたほうがいいですよね。
「そうですか。それはガレス家の証のようなもので、数年前に行方不明になった私の兄が持っていたはずのものです」
というお言葉に思わず固まってしまった。
はい?あの人ガレス家の長男だったんです?
「今は便宜上私が長男でベネディクトが次男と言うことになっていますが」
えええあの人割と楽しそうに男娼やってましたよね!?
口も悪かったですしあれ貴族なんですか!?
「…転移が使えれば今すぐ飛んで胸倉掴んでやるところですよ」
小さく吐き捨てれば、ヴェインがちょっと笑っています。
役に立つどころか厄介な代物じゃないですか!
このままリュカさんに返しちゃおうかな。
「あくまで私は代理ですので兄には帰ってきて公爵を継いでほしいのですが…精霊様も居場所は教えて下さりませんし」
あの燃える様な赤い髪はしっかりガレスさんの加護の色だったのですね。
道理で艶やかで眩しくて美しい赤だったわけです。
あなた方のお兄様キーエンの街でやりたい放題ですよと言ってやりたい衝動に駆られましたがここは我慢します。
大人ですから。
「…事情があり今は無理ですが、後で必ず本人に話を聞いてきます。」
聖女的にはそう回答するしかないですよね、ここまで話を聞いておきながら「そうですか」なんて流すのはぽくありません。
「そう言われてしまうと我々は聖女様には逆らえませんね!」
嬉しそうに言うリュカさんに、またしてもやられた、と言う言葉を飲み込むことになったのでした。
この方たち王子に歯向かう建前が欲しかっただけじゃないですか。
いえこの状況ですし味方になってくれるというのは有り難いですけど!
つまり大事な跡取りの情報を掴んでいる"聖女様"を邪魔するなんてこれ以上無理!って言い訳したいわけですね。
おそらくですがただ『聖女様を大切にして差し上げるのは義務ですから』、ではあの王子が納得しないのでしょう。
していたらこうなっていませんしね。
ハクさんはこれを使えばガレス家の方が協力してくださるってわかっていたようですけど…
こんな手は使いたくありませんでしたよ!ばか!
「それで、事情とはどうされました?ランプレヒト殿の罠にでもかかりましたか?」
心底楽しそうに言うリュカさんに、わたしは今度こそ降参です。
頼れと言外に告げる彼らを、わたしは頼るしかなさそうです。
今は視ることができませんし、嫌なのですが。
力が使えなくなったという話をすると、かれらも予想していなかったのか、それともガレスさんの怒りか。
髪がめら、と燃えるように揺らめいた。
「そうですか、では必ず御力を取り戻して参ります。我々にお任せを」
恭しく、一糸乱れぬ礼をすると、リュカさんを残して走ってどこかにいってしまった。
「私は聖女様のお世話をいたします、中にははいれませんけどなんなりとお申し付けください」
ということだったので、遠慮なくリュカさんは置いて、ガレスさんに会いにいきます。
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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